殺人事件で死刑判決を受けて脱走した男の逃亡劇を描く映画『正体』が公開される。横浜流星が演じる主人公・鏑木が日本各地を逃亡中に出会う1人で、彼に恋心を抱く酒井舞役が山田杏奈。次世代の演技派として藤井道人監督から白羽の矢が立ち、純朴な若い女性が変化していく姿を見せている。『ゴールデンカムイ』などで高い評価を受け続ける中での想いを探った。

芝居の重厚さがエンタメになっていて

――「藤井組にはいつか参加したいという思いがずっとあった」とコメントされていますが、藤井道人監督のどの辺の作品をご覧になっていたんですか？

山田　『新聞記者』や『ヤクザと家族』からほとんど観ています。質の高い作品をものすごいペースで撮ってらっしゃって、どういう現場作りをされているのか。藤井さんご自身はどんな方なんだろうと、ずっと思っていました。

――役者として「出たい」と思わせるものもありました？

山田　芝居的な意味でもそうですし、藤井組に限らず新しい監督との出会いで、どういうものが生まれるのかは、いつも楽しめるように挑んでいます。

――社会性がありつつエンタメとして成立している作風は、杏奈さんに合っているのでは？

山田　そうだったら嬉しいです。ジャンルとしてサスペンスは好きで、よく拝見していて、そういう要素と芝居の重厚さをもってエンタメになっている感じは、本当にすごいなと思います。

気持ちに寄り添う演出をしてもらいました

――実際に現場で、藤井組ならではと感じる演出や進め方はありました？

山田　気持ちにしっかり寄り添う演出をしてくださいました。芝居に集中できる進め方をいつもされているように感じました。

――何か意外なことはなかったですか？

山田　たくさん撮ってらっしゃるので、現場では決まった画があって、決まった撮り方でサクサク進めている……と勝手に想像していたんです。そしたら実際は時間を掛けて、芝居にしっかり向き合う撮り方をされていて。だからこそ、良い作品をいくつも生み出せるんだなと思いました。

当事者になる前は日常生活を明るく演じて

――今回演じた舞は“普通の子”ということですが、杏奈さんが演じる役の中では珍しいテンションではなかったですか？

山田　若いですよね(笑)。高校を卒業する日から始まって、完成した映画を観て、若さが思ったよりちゃんと出ていたので、安心しました。

――お父さんに「えーっ、マジ？」とか「さーせん、後でね」とか言ってたり、イマドキなノリでした。

山田　舞は私自身より明るい人だと思います。今日を生きる、今を生きる、みたいな感じがすごくしました。桜井と名乗った鏑木と出会ったことで、舞自身が大人になって、自分の人生と向き合っていく役でした。

――鏑木と出会うまでは普通の日常を送っていて。

山田　映画を観ている人と同じように、事件をテレビの中だけの話と捉えていたところから、自分が当事者になっていく。その中での変化が描かれるので、日常生活のところは本当に日常らしく演じられればいいなと思いました。ニュースを見ながら「怖いんですけど～」とか、みんなが言っているような感じで。

――杏奈さんも誰かとニュースを観て、そんな話をすることが？

山田　あります。「また熊が街に出たんだ」とか。

頭が追い付かないだろうなと思いました

――桜木に恋をしてウキウキしているのも、普通の女の子っぽかったですね。

山田　現場で藤井さんやスタッフの皆さんがずっと、「舞がかわいい」と言ってくださいました(笑)。恋している女の子のかわいい感じが出ていたら良かったです。

――かわいさを出そうとしたんですか？

山田　かわいさと言うより、そこも若さですね。たとえば桜井さんが笑ってくれたり、しゃべってくれたり、ひとつひとつが舞の喜びになっている。そういうところを出せるように意識しました。

――もしかしたら逃亡犯かもしれない……と疑念を抱いてからは、頭が追い付いてないように見えました。

山田　桜井さんが「僕はやってない」としゃべっているのを舞が撮るシーンがあって、当事者でなかった舞が目の前でその熱量を見て、どんどん引き込まれていく。そこが舞が考え始めるシーンだと藤井さんに言われて、私も舞がどう捉えているのかを考えました。この人は本当に無実なのか。今まで見てきた桜井さんは何だったのか。舞の気持ちを想像すると、やっぱり頭が追い付かないだろうなと思いました。

拒否する選択にはならないかなと

――そのうえで、直接の描写はありませんでしたが、舞は桜井＝鏑木の頼みを聞いていました。彼を信じたからでしょうか？

山田　それもあったと思いますし、あの時点ではきっと、自分が安易に撮った動画のせいで大変なことになってしまって、「これはマズい」という気持ちが大きかった気がします。今まで接してきた桜井さんを、そこで拒否する選択にはならないかなと。

――演出なのか自然に出たものか、鏑木役の横浜流星さんのたたずまいが誠実で、気持ちが引っ張られた面もなかったですか？

山田　確かにそうですね。舞は逃亡中の鏑木だと知らずに接していて、私も気づくと、介護施設で働く好青年という印象が自然と強くなっていました。

逃げてきたことと向き合う気持ちに

――他に特に覚えているシーンはありますか？

山田　終盤で、他の人たちと同じように桜井さんと1対1で面会をする場面で、舞の成長が見られたと思いました。あの日以来会ってなくて、舞がどんな気持ちになるんだろうと、すごく考えました。

――考えた結果、どんな気持ちだったと？

山田　自分自身が逃げてきたことに、ちゃんと向き合おうとしたと思います。桜井さんは逃亡はしていたけど、ひたすら自分の目的を果たそうとしていて、その姿にきっと感銘を受けたでしょうから。

――舞は東京で美容師になる夢を簡単に諦めたようでした。

山田　そこはイマドキな感じがしましたけど、「もう逃げないことにしました」という会話もありました。舞なりに自分の人生に決意する場面になっていました。

緊張感で背筋が伸びる感覚がありました

――最初にサスペンスが好きという話が出ましたが、たとえばどんな作品を観ているんですか？

山田　韓国の映画だったり、グロテスクでとことんドロドロした作品はよく観ます。

――自分もそういう作品に出たいと繋がりますか？

山田　単純に題材として好きなのと、犯罪や死が絡んでくると、人間がもがいている様子も多く出てきて。そこはお芝居として面白いなと思います。

――以前は好きな映画に『恋する惑星』、『オアシス』、『花様年華』などが挙がっていました。最近もアジア系の作品をよく観ているんですか？

山田　アジアに限らず、海外ドラマがやっぱり多いです。『エミリー、パリへ行く』や『ブリジャートン家』はよく観ていて面白いです。

――今回あまり絡みはありませんでしたが、山田孝之さんの作品をご覧になったりは？

山田　あれだけ出ていらっしゃるので、もちろんいつも拝見しています。お会いしたのは今回初めてで、いい意味で緊張感が漂っていて、こちらの背筋も伸びる感覚になる方でした。一緒にお芝居していてもそうですし、ご挨拶するときもいらっしゃるだけでも、ハッとなる感じがありました。

メイクで顔が全然変わると言われます

――最近はビューティー系の仕事も多いようですね。

山田　ありがたいことに、メイク雑誌や美容雑誌に呼んでいただくことがちょこちょこあります。メイクによって顔が全然変わると言われるので、メイクさんが楽しんでくださったらいいなと思っていて。顔を寄りで撮られることが多いので、それもひとつの表現として、ちょっとずつ興味が湧く気がします。

――もともと美容には気をつかっていたんですか？

山田　皆さんよりは全然やっていないと思います。日焼け止めを塗ったり、最低限のことはしてますけど、普段は自分でお化粧はあまりしません。だから、仕事でできるのは楽しい感覚です。たまに自分でメイクする機会に、「この前やってもらったようにしてみようかな」と思ったりもします。

――大人になっていくにつれて、そういうことにより興味を持ったり？

山田　仕事的に、自分でやるよりプロのメイクさんにやってもらう機会が圧倒的に多いので。しっかりするときはしつつ、基本大人になっても、このままなのかなという気がします。

後になってわかることかもしれません

――『正体』が公開されると今年も残り1ヵ月ですが、異常に暑かった夏はどう過ごしていました？

山田　お仕事はしていましたが、お休み期間もあって。ちょっと遠出したり、日焼けに気をつけつつ海辺に行ったり、夏らしいこともしていました。夜にバーベキューをしたり、友だちと花火をしたり、今年はわりと楽しめたと思います。

――いい感じの1年ということになりそうですか？

山田　お芝居と役に向き合う時間はすごくありました。それにしても、1年経つのが早いなと思います(笑)。

――自分の中で新境地が開けたりもしました？

山田　なかなか開けませんけど、後になってわかることかもしれません。公開されていろいろな声を聞いて、「このときの私はそう見えていたんだ」とか「やれて良かった」と思うことはあるので。『正体』もそうなったらいいなと思います。

――あと1ヵ月で、もうひと盛り上がりもありますか？

山田　私は1年の中で大晦日が一番好きなんです(笑)。実家に行って、年越しそばを食べて、存分に楽しんで、また来年に向けていいスタートを切りたいです。

撮影／奥野和彦　

Profile

山田杏奈（やまだ・あんな）

2001年1月8日生まれ、埼玉県出身。2011年に「ちゃおガール☆2011オーディション」でグランプリ。2018年に映画『ミスミソウ』で初主演。主な出演作は映画『ひらいて』、『彼女が好きなものは』、『ゴールデンカムイ』、『怪盗グルーのミニオン超変身』（日本語吹替）、ドラマ『荒ぶる季節の乙女どもよ。』、『17才の帝国』、『ゼイチョー～「払えない」にはワケがある～』など。ドラマ『ゴールデンカムイ－北海道刺青囚人争奪編－』（WOWOW）に出演中。映画『正体』が11月29日より公開。2025年2月1日から放送のドラマ『リラの花咲くけものみち』（NHK）に主演。

『正体』

監督／藤井道人　脚本／小寺和久、藤井道人　原作／染井為人　配給／松竹

出演／横浜流星、吉岡里帆、森本慎太郎、山田杏奈、山田孝之ほか

11月29日より全国公開　公式HP

凶悪な殺人事件の容疑者として逮捕され、死刑判決を受けた鏑木（横浜流星）が脱走した。潜伏し逃走を続ける鏑木と日本各地で出会った沙耶香（吉岡里帆）、和也（森本慎太郎）、舞（山田杏奈）。刑事の又貫（山田孝之）は沙耶香らを取り調べるが、それぞれが出会った鏑木はまったく別人のような姿だった。間一髪の逃走を繰り返す343日間。彼の正体と真の目的とは？