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いじめは犯罪? ~実は3種類ある法律上の「いじめ」~

神内聡スクールロイヤー・兵庫教育大学大学院教授
(写真:アフロ)

3種類ある法律上の「いじめ」

「いじめは『犯罪』だ」

「加害者は厳罰にすべきだ」

深刻ないじめが発生した際にはよく聞かれる声です。

実際に、いじめを犯罪として扱うべきだと主張する研究者も少なくありません。

なぜなら、「本来ならば『犯罪』に該当する行為なのに、学校の子ども同士で起きれば『いじめ』という言葉で置き換えられてしまうのはおかしい」という論理は、確かに一理あるからです。

では、法律上はいじめは「犯罪」なのでしょうか。

実は、法律上ではいじめは次のように3種類あります。

①いじめ防止対策推進法上の「いじめ」

②民事上の損害賠償責任が成立する「いじめ」

③犯罪に該当する「いじめ

いじめが成立する範囲としては、「①>②>③」の順になります。

結論から言えば、法律上は「全てのいじめが犯罪ではなく、いじめの中には犯罪に該当するいじめも含まれる」ということになります。

もっとも、後述するように、いじめ防止対策推進法28条1項1号の「重大事態」に該当するような、生命・心身・財産に重大な被害を生じさせるほどのいじめが「犯罪」とは異なる扱いになる可能性については、法律家はほとんど議論していません。

いじめ防止対策推進法上の「いじめ」

この法律でいじめが成立する要件はたった2つです。

(a)小学校、中学校、高等学校、中等教育学校及び特別支援学校に在籍する児童生徒に対して、一定の人的関係にある他の児童生徒が行う心理的又は物理的な影響を与える「行為」

(b)当該行為の対象となった児童生徒が「心身の苦痛を感じているもの」

この法律のいじめの定義は物凄くシンプルです。ある行為が、その対象になった子どもにとって心身の苦痛を感じるものであれば、法律上のいじめが成立するのです(ちなみに、(a)の要件にあるように、幼稚園・高等専門学校・大学などではいじめ防止対策推進法のいじめは成立しません)。

いじめのケースではよく「いじめがあったかなかったか(いじめの有無)」が争われますが、「行為」の存在と、被害者の「気持ち(心身の苦痛)」さえ確認すれば、いじめの有無は確認できるのです。

加害者の気持ちがどうとか、一般人がどう思っているとかは、少なくともいじめ防止対策推進法のいじめの成否には全く影響しないのです。

ところが、この法律を杓子定規に適用すると不都合が生じます。例えば、次のケースを考えてみましょう。

A君は大好きなBさんに告白したが、フラれてしまい、ショックを受けて学校に来れなくなってしまった。

Bさんの行為はA君の心身に苦痛を与えていますので、形式的にはいじめに該当します。

A君が「フラれて辛かった」と教師に相談したら、教師はいじめ防止対策推進法に基づいて、被害者であるA君を支援し、加害者であるBさんを指導しなければなりません。これは法律上の義務です。

でも、教師はBさんにどう指導すればよいでしょうか。

この状況は誰がどう考えてもおかしいと思いますよね。

このケースは極端な例ですが、次のようなケースは実際に学校では日常的に起きているものです。

CさんはDさんから「〇〇」と言われて傷ついて学校に行けなくなった。そこで、教師がDさんに事情を聞いたら、「Cさんが先に「〇〇」と自分に言ったから、言い返した。自分のほうが被害者だ」と回答した。

いじめではどちらが被害者で、どちらが加害者か判断しづらいことがよくあります。被害者と加害者がある時点から入れ替わっていることも少なくありません。

このケースではCさんとDさんはお互いに同じ行為をしています。しかも、先にやったのはCさんのほうです。しかし、DさんよりもCさんのほうが、より精神的に傷つきやすかったので、結論としては、法律上のいじめの被害者はCさん、加害者はDさんになります。

このように、いじめ防止対策推進法では、精神的にタフな子どものほうがいじめの加害者になりやすくなる可能性もあります。

(この他にも、いじめをはじめ、学校現場に法律を形式的に適用すれば、かえって不都合が生じるケースは、『学校弁護士 スクールロイヤーが見た教育現場』でたくさん紹介しています。)

損害賠償責任が成立する「いじめ」

一方、いじめで発生した損害を賠償するかどうかが争われる民事裁判においては、裁判所はいじめ防止対策推進法のいじめがあったとしても、直ちに損害賠償責任が成立するいじめには当たらない、と判断しています。

裁判所がどのような理由で損害賠償責任が成立するいじめに該当すると判断しているかは、争われた事案ごとに異なるのですが、少なくとも様々な事情と一連の行為を総合的・全体的に考慮し、「社会通念上許される限度を超えて客観的にも違法」と評価される行為や、「明らかに相手の心身に苦痛を与える意図と態様をもって行われた」と評価される行為などが、損害賠償責任が成立するいじめであると判断しています。

したがって、一般人から考えて常識的にいじめとは考えられないような行為に関しては、損害賠償責任は成立しないことになります。

犯罪に該当する「いじめ」と重大事態

では、犯罪に該当するいじめとはどのようなものでしょうか(厳密には、犯罪が成立するのは14歳以上の者で、14歳未満の者が犯罪に該当する行為をすれば触法少年として少年法上は別に扱われます)。

典型的なものは、暴行、脅迫、傷害、強要、名誉棄損、性犯罪といった犯罪に該当するいじめです。物理的・身体的ないじめは犯罪に該当しやすいでしょう(もっとも、後述するように、実際には加害者をどのように判断するかは非常に難しいです)。

しかし、「無視」「シカト」「LINE外し」など、心理的・精神的ないじめを直ちに犯罪と判断するのは非常に困難です。そのため、いじめ防止対策推進法が被害者に対して「心身の苦痛」を与える行為をいじめと定義し、心理的・精神的に影響を与える行為を法律上もいじめとして扱うことにしたのは、それなりの意義があるとも言えます。

ところが、問題は「重大事態」との関係です。いじめ防止対策推進法28条1項1号は、「いじめにより当該学校に在籍する児童等の生命、心身又は財産に重大な被害が生じた疑いがあると認めるとき」には、重大事態として学校又は設置者の下に調査組織を設置して調査する義務を課しています。

しかし、本来的には「生命、心身又は財産に重大な被害が生じた疑いがある」ほどの行為は、学校の調査ではなく、犯罪や触法行為として警察の捜査や調査の対象になり得る行為です。

こうした行為までもが、強制的な権限を持った警察ではなく、教育機関によって調査することにはどのような根拠があるのでしょうか。実はこのことは法律家でもほとんど正面から議論されていないのです。

そもそも、いじめ防止対策推進法自体も、23条6項で、いじめが犯罪行為として取り扱われるべき場合は、学校が警察と積極的に連携して対処するものとし、「生命、身体又は財産に重大な被害が生じるおそれ」があるときは「直ちに」警察に通報して適切に援助を求めなければならないとして、学校に警察と連携する法的義務を課しています。

実際に、文部科学省の調査統計である「児童生徒の問題行動・不登校等生徒指導上の諸課題に関する調査」によれば、いじめ防止対策推進法が施行された2013年から2019年までの間に「警察に相談・通報」した件数は、「生命心身財産重大事態」の発生した件数よりもはるかに多いのです。

ただし、23条6項は「身体」に対する行為を対象としているのに対し、28条1項1号は「心身」に対する行為を対象としている点には注意が必要です。

実際に、前述の調査統計によれば、「生命心身財産重大事態」でもっとも発生件数が多いのは「精神」に対する重大な被害であり、これは23条6項の警察と連携すべき対象となる行為に必ずしも含まれない可能性があります。

そうすると、「生命心身財産重大事態」の存在意義は、警察では対応できない「心身」に関するいじめを調査するためにあるとも言えますが、このことは教育機関である学校にとっては極めて負担が大きいとも言えます。

なぜなら、物理的・身体的ないじめに比べると、「心身」に対する心理的・精神的ないじめのほうが、事実の認定も判断もはるかに難しい上に、学校がそうした心理的・精神的ないじめを適切に認定し、判断することをサポートできる人材も非常に少ないからです。

スクールロイヤーが犯罪に該当するいじめに対応するケース

仮に、スクールロイヤーが犯罪に該当するいじめが発生した場合には、学校に対してどのように助言するでしょうか。

スクールロイヤーによっても様々な対応策があると思いますが、次のような対応が一般的だと思います。

(1)被害者と加害者との間に存在する事実を確認する。

(2)加害者の行為がどの犯罪に該当するかを確認する。

(3)犯罪の可能性があるならば、警察と積極的に連携し、重大な被害の発生を防止するように助言する。

(4)被害者が被害届を提出した場合の対応について助言する。

(5)加害者の年齢に応じて、少年法における扱いや今後の手続きについて助言する。

しかし、実際の実務で一番難しいのは(1)です。

前述のケースでも紹介しましたが、いじめでは被害者と加害者がある時点から入れ替わっている場合もよくあります。

複数の加害者の中でも、誰が主犯格で、どこまで関わった者を加害者と扱ってよいのか、判断に迷うこともよくあります。

被害者はいじめがあったと被害届を提出したけれども、加害者によって証拠が隠滅されたり、あるいはどうしても事実が確認できなくて被害者が納得してくれないこともよくあります。

結局、学校が法律上しなければならないいじめの初期対応において負担が大きいのは、このように適切な対応や判断が非常に困難ないじめのケースが日常的に発生しているにもかかわらず、教師や子どもたちに対してサポートできる人材が少ないからです。

しかも、実際はスクールロイヤーに対する研修がほとんど行われていないように、そうした人材を育成する動きは活発とは言えません。

確かに、学校は教育機関として子どもたちにできる限りのことをすることは大切です。

教師からすれば、いじめの被害者も加害者も自分が担当する児童生徒です。教師の力でいじめが解決できるならば、それがベストかもしれません。

私自身も弁護士と教師を両方経験しているので、弁護士として割り切って助言するのは簡単でも、教師としては判断に迷ったことはいくらでもあります。

しかし、一方ではいじめの中には「犯罪」に該当する行為が含まれていることも事実です。このことは、いじめには教育的対応だけでなく、場合によっては警察的・司法的対応も必要になることを意味しています。

いじめに適切に対応するためには、適切に対応できる人材を育成することが不可欠だと思います。

スクールロイヤー・兵庫教育大学大学院教授

スクールロイヤー。日本で初めて法曹資格を持つ教師として活動し、現在は教職大学院で「チーム学校」や外部人材の効果検証、教師文化、法教育等の研究活動を行う。また、教師の経験を活かし、学校現場に詳しい弁護士として様々な学校のスクールロイヤーを担当する。専門は学校経営論。高校では公共・世界史の授業や部活動顧問等を担当。東京大学法学部卒業、同大学院教育学研究科修了。専修教員免許(中学社会・地理歴史・公民)を取得。著書に『学校弁護士 スクールロイヤーが見た教育現場』(角川新書)、『スクールロイヤー 学校現場の事例で学ぶ教育紛争実務Q&A170』(日本加除出版)等。

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