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スクールロイヤーは「教育行政の守護者」に!?~方針転換した日弁連意見書の誤った法解釈の提言~

神内聡スクールロイヤー・兵庫教育大学大学院教授
(写真:イメージマート)

スクールロイヤーに関する日弁連の方針転換

スクールロイヤーはいじめや保護者対応などの学校の法律問題を扱う弁護士として注目されていますが、法令で定まった定義があるわけではありません。そのため、これまで論者によって様々なスクールロイヤー像が提示されてきました。

その中でも日本弁護士連合会(日弁連)が2018年に公表した「『スクールロイヤー』の整備を求める意見書」(2018年意見書)は、裁判ではなく紛争の初期段階から、子どもの最善の利益の観点から学校に継続的に助言する弁護士を「スクールロイヤー」と定義し、実務上もこの立場に立ったスクールロイヤーが各地で広く導入されていました。

2018年意見書は、学校の法律問題は教員・子ども・保護者・住民等の多様な当事者が存在し、利害関係も複雑であることや、学校と保護者が対立したとしても子どもは日常的に学校に通う立場にあることから、スクールロイヤーが学校側の代理人として関わることに反対していました。

ところが、つい最近ですが、2024年3月に日弁連はスクールロイヤーに関する新たな意見書として、「教育行政に係る法務相談体制の普及に向けた意見書」(2024年意見書)を公表しました。新しい2024年意見書では、スクールロイヤーを「(学校の)助言・アドバイザー業務又は代理・保護者との面談への同席等の業務を担う専ら教育行政に関与する弁護士」と定義しており、学校側の代理人として保護者対応に積極的に関わるスクールロイヤー像が示されました。つまり、日弁連はスクールロイヤーの在り方について、完全に180度方針を転換したことになります。

また、この意見書が公表されたのとほぼ同時に、文部科学省も新たな通知を発表し、スクールロイヤーを「専ら教育行政に関与する弁護士」と定義し、スクールロイヤーが学校や教育委員会の立場に立った代理人として直接保護者等とやりとりをすることが適切な事案があることを示しています。

このように、日弁連と文科省が連携して、スクールロイヤーは「専ら教育行政に関与する弁護士」、すなわち教育行政のために活動する弁護士という、見方によっては「教育行政の守護者」とも受け取れるスクールロイヤー像が確立することになりました。

法解釈を誤った法律家団体の意見書

しかし、下記に説明するように、2024年意見書が示すスクールロイヤー像は、法律の専門家である弁護士団体が作成した意見書でありながら、法解釈上明らかな誤りを含んでいるという、にわかに信じがたい内容の意見書になっています。それだけでなく、「これで面倒な保護者対応は弁護士にやってもらえる」と、スクールロイヤーに期待を抱いている学校関係者に対して、誤解を生じさせかねません。

筆者も弁護士の一人であり、強制加入団体である弁護士会に所属して弁護士活動を行っていることから、所属する団体の批判を行うことは難しい立場にありますが、一方では大学で研究活動を行っている教育法の研究者でもあります。

2024年意見書は教育法の研究者としては看過できない問題を含んでいることから、教授の自由が保障されている立場から本記事を執筆することにしました。

「専ら教育行政に関与する弁護士」の規定は学校教育法施行規則には置けない

2024年意見書は第一項で、スクールロイヤーを「専ら教育行政に関与する弁護士」と定義した規定を学校教育法施行規則に設けるように提言しています。これは、スクールカウンセラーなどの外部人材が同法施行規則で規定されていることなどがその理由です。

しかし、これは法体系上も法解釈上も明らかな誤りです。なぜなら、学校教育法は公立学校だけでなく私立も国立も含めた、全ての学校を対象とした「学校運営」に関する法律であって、そもそも「教育行政」に関する法律ではないからです。実際に、学校教育法には施行規則も含めて、「教育行政」という文言は一度も出てきません。

一般に教育分野の法律は、教育行政に関しては学校教育法とは別の「地方教育行政法」(地方教育行政の組織及び運営に関する法律)が所管しており、法体系としては、学校運営に関する事項は学校教育法で、教育行政に関する事項は地方教育行政法で、それぞれ規定することになっています(学校教育法で公立学校のみに適用される条項は、「教育委員会」などの語を用いて区別しています)。

そのため、教育行政に関与する職種や機関は学校教育法ではなく、地方教育行政法で規定されています。

例えば、学校評議員と学校運営協議会という、2つの職種・機関がありますが、この2つは似て非なるものです。学校評議員は学校運営のみに関わる職種であることから、学校教育法施行規則に規定されており、公立だけでなく国私立学校も導入できます。それに対し、いわゆるコミュニティスクールと呼ばれる学校運営協議会は教職員人事等の教育行政に関与する機関のため、地方教育行政法に規定されており、こちらは法制度上は国私立学校は導入できません。

また、スクールカウンセラーをはじめ、学校教育法施行規則で規定されている職種は公立だけでなく私立や国立の学校でも導入できるように、法律上の定義も公立だけでなく私立・国立の学校で共通する定義になっています。つまり、法制度上はスクールカウンセラーなどの職種は公立と私立で区別されていません。

ところが、今回日弁連の意見書が提案するスクールロイヤーの定義は「専ら教育行政に関与する弁護士」であり、専ら教育行政に関与する職種です。それにもかかわらず、意見書では地方教育行政法ではなく、学校教育法施行規則に位置付けるよう提言しているのです。これは教育法の基本的な法体系に反した提言と言わざるを得ません。

もっとも、地方教育行政法にスクールロイヤーを「専ら教育行政に関与する弁護士」と定義した規定を置けば、今度は一部の私立や国立の学校で既に導入されているスクールロイヤーが法制度上のスクールロイヤーから除外されてしまいます。

もちろん、スクールロイヤーを何も公立学校に限定した職種にする理由も必要もないし、私立や国立の学校のスクールロイヤーを除外する理由も必要もないわけですから、そもそもスクールロイヤーを「専ら教育行政に関与する弁護士」と定義すること自体が妥当でない、ということになります。

スクールロイヤーは「専ら学校運営に関与する弁護士」と定義すべき

元々、スクールロイヤーを「専ら教育行政に関与する弁護士」と定義したのは文部科学省が令和4年に実施した「教育行政に係る法務相談体制の整備等に関する調査」であり、これはあくまでも調査レベルでの便宜上の定義にすぎませんでした。また、2022年に文部科学省が公表した「教育行政に係る法務相談体制構築に向けた手引き(第2版)」でも、スクールロイヤーを「専ら教育行政に関与する弁護士」と定義しているわけではありません。

筆者は実務家としてだけでなく、研究者としてもスクールロイヤーの調査を続けていますが、研究調査の結果では、実に様々なスクールロイヤーが既に存在しており、その業務も教育行政に関わる事項だけに限られない多種多様な内容であることが判明しています。したがって、日弁連がスクールロイヤーを「専ら教育行政に関与する弁護士」に限定することは、先行する研究調査や学術文献を全く無視したものであり、研究者の立場からは到底容認することはできません。

筆者自身はスクールロイヤーの多様な現状を鑑みれば、あえて法制度上定義する必要が本当にあるのかどうか疑問に思うところがありますが、スクールカウンセラーをはじめとする他の職種と同様に学校教育法施行規則にスクールロイヤーを位置付けるのであれば、スクールロイヤーを「専ら学校運営に関与する弁護士」と定義して学校教育法施行規則に規定すべきだと考えています。前述のように、学校教育法は学校運営に関する法律だからです。

実際に、一口にスクールロイヤーと言っても、顧問弁護士と同様に委任や業務委託に基づいて学校と関わる弁護士もいれば、任用や雇用に基づいて学校設置者の組織内の人間として学校と関わる弁護士もいます。教員や部活動指導員、学校評議員など、弁護士以外の立場で学校と関わる弁護士もいますし、子どもオンブズパーソンのように、第三者的立場から学校と関わる弁護士もいます。

スクールロイヤーの業務内容も、助言やアドバイザー業務といった典型的な業務だけでなく、代理人ではなく仲介者・オブザーバーの立場で保護者面談に同席する、教職員研修の講師を担当する、校則の見直しや法教育の授業を担当する、働き方改革にも関わるなど、学校運営に関するありとあらゆる事項にスクールロイヤーが関わっている現状が既に各地で存在していることから、広く「専ら学校運営に関与する弁護士」と定義するほうがスクールロイヤーの実情に合致します。

また、この定義であれば、公立だけでなく私立・国立のスクールロイヤーも法制度上含まれるし、スクールロイヤーの担当業務は学校設置者との間の取り決めで、それぞれの学校の実情に応じて多様に業務内容を設定することができます。

専ら教育行政のための弁護士が、本当に現場の教師のための保護者対応を代理できるのか?

今回の日弁連意見書はスクールロイヤーが学校側の代理人として保護者対応を積極的に担当することが示されているため、不法・不当な保護者対応で苦しんでいる現場の先生方にとっては朗報に聞こえたかもしれません。

しかし、注意しなければならないのは、「専ら教育行政のために働く弁護士が、現場の教員のために働くとは限らない」という点です。なぜなら、教育行政を担う教育委員会と、実際に保護者対応を担う担任教師の利害が一致しないことは日常茶飯事だからです。

理不尽な保護者の対応を、担任にとって顔も名前も知らない専ら教育行政のために働くスクールロイヤーに委ねることは、担任の知らないところで話が進んでいくことを意味します。しかし、スクールロイヤーは担任のためではなく、専ら教育行政のために代理人として活動するので、担任が望んでいたとおりに保護者との話が進んでいくとは限りません。このことは、担任の立場からすれば非常にリスクが高いことを意味します。

しかも、スクールロイヤーはその保護者の子ども本人と必ずしも会うわけではありませんが、担任は毎日学校で子ども本人と顔を合わせなければなりません。

スクールロイヤーが学校教育の実情に詳しい弁護士であり、現場の教員の立場を十分理解しているのであれば、担任の立場や目線を想像して対応してくれるかもしれません。しかし、前述のように、教育法の基本的な法体系が理解できていない意見書が弁護士団体によって公表される現状を踏まえると、弁護士に代理人として保護者対応を委ねることはよくよく慎重に考えたほうがよいように思われます。

露呈されたスクールロイヤーに関する知識不足と議論不足

日弁連が法解釈を誤った意見書を公表した背景には、スクールロイヤーをめぐる単なる法解釈上の争いを超えた利権争いが弁護士業界に存在することが推測されますが、それ以上に深刻な問題なのは、スクールロイヤーの担い手である弁護士団体自体が、教育法の法体系をはじめ、学校教育に関する知識が決定的に不足していることが露呈してしまった点です。

しかも、研究上の知見や学術調査を踏まえた議論がされているわけではなく、そもそも実際にスクールロイヤーを担当している弁護士がほとんど議論に参画できないまま、一部の弁護士だけで議論して意見書を作成した点が、今回の意見書の最大の問題でもあります。

筆者自身も意見書作成の過程の議論には一度も参加できませんでした。

保護者対応で弁護士を代理人として利用したい現場のニーズは理解できますが、現状では担任をする現場の先生方にとっても、弁護士である代理人と対峙する保護者の子どもたちにとってもリスクの高い、「専ら教育行政のための代理人」としてのスクールロイヤーが日弁連によって提言されているのが現実です。

なぜ保護者対応が大変になったのか、原因を究明すべき

結局のところ、「なぜ教員にとって保護者対応が大変になったのか」という原因をさして究明することなく、安易な外部人材の投入を目論んだ結果が今回の意見書です。

実際に、教員と弁護士の双方で仕事をしていると、保護者対応が大変になった原因は、一部の声の大きな人間や特定の立場の主張に影響されて安易に制定した法律や、エビデンスに乏しい主張や科学的に十分検証されているわけではない対処法があたかも当然のように含まれている各種のガイドラインにあることは否定できません。スクールロイヤーの相談案件でも、保護者対応で先生方に過大な負担がかかっている案件は、そもそも法律やガイドラインが現場の実情を無視して作られている点に原因があるケースがほとんどです。

日弁連は誤った法解釈に基づいて「専ら教育行政に関与する弁護士」をスクールロイヤーと定義し、保護者対応での代理人として投入することを提言するよりも、まずはこうした保護者対応の負担が増大した原因になっている法律やガイドラインを徹底して見直していくことこそ、提言すべきだと思います。

参考文献

神内聡(2022)「学校と弁護士の関係についての一考察―制度と形態に着目したスクールロイヤーの実態―」『兵庫教育大学研究紀要』61巻53-65頁

松原信継・間宮静香・伊藤健治編(2022)『子どもの権利をまもるスクールロイヤー : 子ども・保護者・教職員とつくる安心できる学校』風間書房

スクールロイヤー・兵庫教育大学大学院教授

スクールロイヤー。日本で初めて法曹資格を持つ教師として活動し、現在は教職大学院で「チーム学校」や外部人材の効果検証、教師文化、法教育等の研究活動を行う。また、教師の経験を活かし、学校現場に詳しい弁護士として様々な学校のスクールロイヤーを担当する。専門は学校経営論。高校では公共・世界史の授業や部活動顧問等を担当。東京大学法学部卒業、同大学院教育学研究科修了。専修教員免許(中学社会・地理歴史・公民)を取得。著書に『学校弁護士 スクールロイヤーが見た教育現場』(角川新書)、『スクールロイヤー 学校現場の事例で学ぶ教育紛争実務Q&A170』(日本加除出版)等。

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