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南シナ海を中国・核ミサイル原潜の「聖域」にするな 米駆逐艦が人工島12カイリ内に

木村正人在英国際ジャーナリスト
中国の埋め立てが進む南シナ海・南沙諸島のスビ礁(2015年5月)(写真:代表撮影/ロイター/アフロ)

「航行の自由作戦」

在日米軍横須賀基地に配備されている米海軍のミサイル駆逐艦(イージス鑑)「ラッセン」が現地時間の27日午前、中国が暗礁を埋め立てている南シナ海・スプラトリー(南沙)諸島のスビ礁、ミスチーフ礁の人工島12カイリ(約22キロ)内で哨戒活動を行った。

米ミサイル駆逐艦「ラッセン」(米海軍HP)
米ミサイル駆逐艦「ラッセン」(米海軍HP)

日米メディアが米国防総省高官の話として一斉に伝えた。中国はすでに南沙諸島のファイアリークロス礁で軍用機が離着陸できる滑走路を完成させており、スビ礁は3千メートルの滑走路を建設できる広さがある。

今年5月、米海軍の哨戒機がファイアリークロス礁やミスチーフ礁の上空1万5千フィート(4572メートル)を飛行。米国は中国に、領有権争いのある岩礁の埋め立てを即刻、中止するよう求め、中止しない場合は、人工島の12カイリ以内に哨戒機や軍艦を派遣すると警告してきた。

ミサイル駆逐艦「ラッセン」による今回の哨戒活動は、中国の「領海」主張を無効化し、新たな滑走路建設を牽制する狙いがある。

まずスビ礁とミスチーフ礁の場所と状況を確認しておこう。この2つは満潮時に水没する暗礁だが、中国が埋め立てて、人工島を造成している。国連海洋法条約は排他的経済水域(EEZ)内の人工島の設置と利用を認めているが、設定できるのは500 メートル以内の安全水域だけだ。

中国は人工島の「領海」主張

しかし、中国は人工島から12カイリの「領海」、その周囲にEEZのような「排他的権利」を主張している。

出典:グーグル・マイマップで筆者作成
出典:グーグル・マイマップで筆者作成

スビ礁(埋め立て面積395万平方メートル)

1988年に中国に占拠される。2014年7月から埋め立て開始。3千メートルの滑走路を建設できる広さ。砲兵隊200人を収容できる施設、ヘリポートあり。

ミスチーフ礁(同558万平方メートル)

フィリピンのEEZ内にある。今年2月初め、フィリピン軍の司令官が記者団にミスチーフ礁で浚渫作業を始めたことを明かす。中国海軍の基地をつくるとみられている。

今年1月、ミスチーフ礁の衛星写真(IHSジェーン提供)
今年1月、ミスチーフ礁の衛星写真(IHSジェーン提供)

米国務省のジョン・キルビー報道官は記者会見で、ミサイル駆逐艦「ラッセン」による哨戒活動への直接の言及は避けたものの、「国際水域において航行の自由の権利を行使しているとき、いかなる国にも相談する必要はない」との原則を強調した。

米ホワイトハウスのジョシュ・アーネスト報道官も「何十億ドルもの取引が世界の中でその地域を行き交っている。自由貿易の流れを守ることは世界経済にとって死活問題だ」との認識を示した。

エネルギーの生命線

中国にとって南シナ海は3つの大きな意味を持つ。まず、南シナ海は原油や天然ガスの海上輸送路(シーレーン)だ。第二に、豊富な海底資源が埋蔵されている。第三に軍事戦略上の重要性だ。

米エネルギー情報局(EIA)によると、2011年時点で南シナ海とタイランド湾を通る原油は1日平均約1400万バレル。世界の原油輸送量の約3分の1を占める。このうち90%以上がアフリカや湾岸諸国からアジア市場への最短コースであるマラッカ海峡を経由している。まさに原油輸送のチョークポイントだ。

出典:米エネルギー情報局
出典:米エネルギー情報局

日本へは日量320万バレル、韓国への同240万バレル、台湾や香港へは540万バレルとなっている。日本は原油の99.7%を輸入しており、その約83%を中東に依存している。南シナ海で有事が発生した場合、マラッカ海峡を迂回してインドネシア中部のロンボク海峡を抜けなければならなくなる。

出典:同
出典:同

液化天然ガス(LNG)は11年に、世界のLNG輸送量の半分以上に相当する6兆立法フィートが南シナ海を通過した。このうち56%が日本へ、24%が韓国へ、19%が中国や台湾に運ばれた。東日本大震災の福島第1原発事故で日本のLNG輸入量が増え、12年上半期には世界のLNG輸送量の58%が南シナ海を通過した。

日本にとって南シナ海はまさに生命線になっている。

九段線

出典:米エネルギー情報局データをもとに筆者作成
出典:米エネルギー情報局データをもとに筆者作成

南シナ海の原油埋蔵量は推定で112億バレル、天然ガスの埋蔵量は推定で190兆立法フィートだ。中国は「九段線」で囲った南シナ海ほぼ全域の島嶼部や人工島の領有権、その周囲の「排他的権利」を主張、南シナ海の海底資源を独占する野望を隠さない。

出典:米国務省のマップを筆者加工
出典:米国務省のマップを筆者加工

1988年の南沙諸島海戦で中国海軍艦艇の砲撃でベトナム海軍艦艇2隻が撃沈され、1隻が大破。ベトナム兵ら約80人が死傷した。この海戦で中国はファイアリークロス礁やジョンソン礁などを手に入れ、その後、南シナ海の島嶼に強引に進出していく。

2009年5月、マレーシアとベトナムが国連海洋法条約に基づき、国連大陸棚限界委員会に南シナ海における両国の200カイリ以遠の大陸棚限界延長を共同申請。これに対し、中国は国連事務総長宛の口上書で「南シナ海の島嶼および近隣する海域と海底部分について争いのない主権を有している」と主張、「九段線」入りの地図を添付した。

「九段線」の主張を強化するように中国は南沙諸島の埋め立てを急激に進めている。米国防総省の年次報告書によると、中国は14年に5カ所の大規模な埋め立て工事に着手。同年12月には2平方キロメートルだった埋め立て面積は早くも4倍以上に広がっている。

オバマ米大統領は9月の日中首脳会談で、中国の習近平国家主席に軍事目的の人工島造成を中止するよう要請したが、習主席はまったく取り合わなかった。業を煮やしたオバマ大統領が今年5月以降、軍に待ったをかけていた人工島12カイリ内への駆逐艦や哨戒機の派遣にゴーサインを出したという。

人工島造成の狙いは

人工島造成の狙いは、南シナ海から米軍を追い払うことだ。

南シナ海の平均深度は1200メートル以上。海盆の平均水深は3500メートル、最深部は約5600メートルに及ぶ。中国は戦略ミサイル原潜を4隻配備し、潜水艦発弾道ミサイルを核抑止力の重要な柱にしている。

南シナ海から米軍を追い払えば、冷戦時にソ連が戦略ミサイル原潜をオホーツク海に潜ませたのと同じように、中国は南シナ海に戦略ミサイル原潜を自由に展開できる。海南島を出発した最新型の潜水艦が深く潜航し、台湾とフィリピンの間のバシー海峡を通って西太平洋に抜けることが可能になる。

資源問題はこうした軍事戦略の隠れミノに過ぎない。

(おわり)

参考:一般財団法人日本エネルギー経済研究所「日米エネルギー安全保障」調査報告書(2014年3月)

在英国際ジャーナリスト

在ロンドン国際ジャーナリスト(元産経新聞ロンドン支局長)。憲法改正(元慶応大学法科大学院非常勤講師)や国際政治、安全保障、欧州経済に詳しい。産経新聞大阪社会部・神戸支局で16年間、事件記者をした後、政治部・外信部のデスクも経験。2002~03年、米コロンビア大学東アジア研究所客員研究員。著書に『EU崩壊』『見えない世界戦争「サイバー戦」最新報告』(いずれも新潮新書)。masakimu50@gmail.com

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