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戦慄KO劇はヘビー級新時代のプロローグか 〜WBC世界ヘビー級タイトル戦 ワイルダー対スピルカより

杉浦大介スポーツライター

Photo By  Ed Diller/DiBella Entertainment

1月16日 ブルックリン バークレイズセンター

WBC世界ヘビー級タイトルマッチ

王者

デオンテイ・ワイルダー(アメリカ/30歳/36勝全勝(35KO))

9ラウンド2分24秒KO

挑戦者

アルツール・スピルカ(ポーランド/26歳/20勝(15KO)2敗)

突然訪れた破壊的なノックアウト

戦慄のKO劇は第9ラウンドに突然訪れた。

このラウンドも2分を廻った頃、飛び込み様に左フックを振るった挑戦者のアゴにワイルダーの右が強烈なカウンターとなってヒット。もんどり打って倒れたスピルカはしばらく身動きが取れず、12668人が集まったアリーナはどよめいた。

「家族の元に戻れないほどに相手を傷つけたいとは思わない。僕たちは生命をかけてリングに上がるんだ。彼が大丈夫なことを願っている」

試合後にそう語ったワイルダーは、実際にスピルカの状態を気遣い、KO勝利が決まった瞬間にも派手な祝福パフォーマンスは行わなかった。

幸いにもスピルカの身体は問題なさそう。しかし、一瞬にして場内を興奮と懸念の渦に引きずりこんだワイルダーが、爆発的な破壊力を改めて印象付けたことは間違いない。まだ新年が明けて2週間ほどだが、このKO劇は今年の年間最高ノックアウトの有力候補であり続けていくのではないか。

良悪の両方が出たファイト

KOの瞬間までを振り返れば、ワイルダーが圧倒的に支配していたファイトというわけではなかった。

冷静さ、巧さも誇示した1年前のバーメイン・スティバーン(アメリカ)戦と比べ、この日の王者は明らかに力みすぎ。中間距離で左右のパンチが空を切るシーンが目立ち、ポーランド人挑戦者にやや不恰好なアウトボックスを許した。

バタバタした序盤を終えて、第4ラウンドに右を打ち込んだあたりから徐々にペースを掌握してはいった。しかし、続く第5ラウンドも相手の強引な攻勢に手を焼くなど、完全にペースを掴むには至らない。バランスが良くないため、軽いパンチを受けた際にふらつくように見えることもしばしばで、8ラウンドまで78-74、78-74、77-75というスコア以上に拮抗している印象だった。

「スピルカはよく戦ったよ。 左利きで、小柄な相手への対処にデオンテイは苦労していた。適応に少し時間が必要で、(ワイルダーが)ジャブを重視し始めたのは後半に入ってからだった。彼が距離を制圧し始めてからは、いずれ相手を捕まえるだろうと感じらるようになった。(KO弾は)破壊的なパンチだったね」

ルー・ディベラ・プロモーターの分析通り、身長、リーチに差があるのだから、ジャブと右ストレートを重点的に使えばワイルダーはもっとスムーズに勝てていたのではないか。それをしなかったがために、必要以上に苦しんだ。その一方で、盤石の戦術を良しとしないがゆえに、ワイルダーの試合はよりエキサイティングになるのだろう。

パワー、身体能力に加え、荒っぽさ、不安定さも備えたアメリカ人王者は、安定感抜群でも退屈だったウラディミール・クリチコ(ウクライナ)とは一線を画す存在である。

長所、短所の両方が見えたスピルカ戦。最新ファイトは、先の読めないスリリングなアトラクションとしての魅力をワイルダーがアピールした一戦でもあった。

フューリーと激しく舌戦

ワイルダー対スピルカ戦終了直後には、昨年11月28日にクリチコを破ってWBA、IBF、WBO新王者(IBFはのちに返上)になったタイソン・フューリー(イギリス)がリングに乱入してパフォーマンスを展開した。

「いつでもどこでも構わない。クリチコをまた破ったあと、おまえの裏庭ででもおまえと戦ってやるよ」

酒かドラッグで高揚しているように見えたフューリーはそうまくしたて、Showtimeのインタヴューを受けていたワイルダーと派手な舌戦を続けた。

この夜の主役へのリスペクトをまるで感じさせない見事なまでの悪役振り。WBA、WBO王者が会場のファン、テレビの視聴者に強烈な印象を残したことは間違いない。

プロレス的なやりとりを好きではないボクシングファンもいるだろう。ただ、傍若無人なフューリーのような選手が、クリチコ政権下でしばらく沈滞していたヘビー級の活性化を促す存在であることも事実である。

「盛り上げようとしてくれているんだ。あれがフューリーって男。彼みたいな選手がいるのはボクシング界にとって良いことなんだよ」

リング上ではフューリーを“まがい物”と呼んだワイルダーも、時間を置いた会見では笑顔でそう語っていた。

「(ワイルダー対フューリー戦は)ここしばらくで最大のヘビー級タイトル戦になる。そのためだったらイギリスにだって行くよ。実現が待ちきれない」

ワイルダーは目を輝かせるが、待望の米英ドリームファイトにたどり着く前に、まずは指名挑戦者のアレクサンダー・ポヴェトキン(ロシア)を下さなければいけない。微妙な内容だったスピルカ戦の後で、実力者ポヴェトキンとの対戦ではワイルダーがやや不利と予想する人も少なくないだろう。フューリーにしても、6月にも予想されるクリチコとのリマッチを突破できる保証はない。

ただ・・・・・・例え実現の確証はないにしても、ワイルダーの言葉通り、2人のスター選手の間に国境を越えたライバル関係が生まれようとしていることは、この業界にとって紛れもなくポジティブな動きである。

ヘビー級新時代へ

ワイルダー、フューリー、クリチコ以外にも、この日のセミファイナルでIBF新王者になったクリス・マーティン(アメリカ)、同日にイギリスで復帰戦を飾った元WBA王者デビッド・ヘイ(イギリス)、昨年12月19日にブライアント・ジェニングス(アメリカ)を痛烈にKOしたWBA暫定王者ルイス・オルティス(キューバ)など、多くの実力者がヘビー級に揃い始めている。

アンソニー・ジョシュア(イギリス)、ジョセフ・パーカー(ニュージーランド)といった楽しみなプロスペクトたちも腕を磨いている。彼らが徐々にでも潰し合いを始めれば、興味深いシリーズになる。様々なことが良い方向に運べば、現代ヘビー級が、マイク・タイソン、イベンダー・ホリフィールド、レノックス・ルイスらが席巻した時代以来の熱気に包まれても驚くべきではない。

タイソン、ルイスらも姿を見せた1月16日の会場の雰囲気は、アメリカ国内のヘビー級ボクシングが復活途上にいることを感じさせるに十分だった。

この日の熱気と痛烈なフィニッシュは、新時代へのプロローグか。時代を前に進めるべく、各プロモーターはファンを喜ばせる試合を提供し続けられるか。そして、各国のスター候補たちはリング上で期待に応えられるか。

いよいよ動き出した最重量級の行方から、今後しばらく目を離すべきではない。

スポーツライター

東京都出身。高校球児からアマボクサーを経て、フリーランスのスポーツライターに転身。現在はニューヨーク在住で、MLB、NBA、ボクシングを中心に精力的に取材活動を行う。『日本経済新聞』『スポーツニッポン』『スポーツナビ』『スポルティーバ』『Number』『スポーツ・コミュニケーションズ』『スラッガー』『ダンクシュート』『ボクシングマガジン』等の多数の媒体に記事、コラムを寄稿している

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