「AIドレイク」は削除されても「AIシナトラ」は30万件、AIフェイク音楽の裏側とは?
「AIドレイク」が削除されても、「AIシナトラ」は30万件。AIフェイク音楽の裏側とは――。
生成AIによるミュージシャンのフェイク楽曲が問題となる中で、その拡散の舞台の1つとなっているユーチューブと、音楽業界最大手のユニバーサル・ミュージック・グループの提携が、注目を集めている。
ユーチューブは声明の中で、従来の対策技術「コンテンツID」を拡張することで、ミュージシャンの収益確保をうたう。
4月にはドレイクとザ・ウィークエンドという人気ミュージシャンのAIフェイク楽曲が数百万回という視聴回数を集めたが、ユニバーサル・ミュージックの申し立てで間もなくユーチューブなどから削除された。
その一方で、ユーチューブでは今も、フランク・シナトラのAIフェイクがレディ・ガガなどの曲をカバーするコンテンツが、30万件近くも並ぶ。
爆発的に広がるAIフェイク音楽の裏側とは?
●コンテンツIDで対応する
ユーチューブは8月21日付の公式ブログで、AIに関するユニバーサル・ミュージック・グループ(UMG)との提携について、そう述べている。
コンテンツIDは、著作権者から寄せられた音声・映像の識別符号(フィンガープリント)を使い、ユーザーが投稿した動画を検証する仕組みだ。一致が見つかると、著作権者の設定に応じて、「視聴をブロック」「広告掲載による収益化」「視聴統計情報をトラッキング」の3択の対応を取る。
ユーチューブは、今回の提携にまつわる金額や、AIに対応したコンテンツIDについての具体的な説明はしていない。
だが、従来の機能に加えて、ミュージシャンらの楽曲をもとにAIが生成した楽曲を検知するために、こちらもAIを使った新たな仕組みを取り入れることになる。
ユーチューブの6月22日の発表では、生成AIツールに関連した動画の視聴は2023年だけですでに17億件に上っているという。
ビルボードの調べによれば、2022年の米音楽市場で、ユニバーサル・ミュージックのシェアは37.54%でトップ。次いでソニー・ミュージック(26.87%)、ワーナー・ミュージック(19.05%)の順となっている。
今回の提携では、ミュージシャンらが参加するワーキンググループ「ミュージックAIインキュベーター」を創設。ユーチューブが開発するAI関連のツールやプロダクトへのフィードバックを行っていくという。
ユーチューブの公式ブログは、このプログラムに参加するユニバーサル・ミュージックの12アーティストの名前を挙げる。
ブラジルの歌手、アニッタ、スウェーデンのグループ「ABBA(アバ)」のビョルン・ウルヴァース、米アーディスト、d4vd(デイヴィッド)、米プロデューサー、ドン・ウォズ、コロンビアの歌手、フアネス、米プロデューサー、ルイス・ベル、独出身の作曲家、マックス・リヒター、米プロデューサー、ラッパーのロドニー・ジャーキンス、米歌手でジョニー・キャッシュの長女、ロザンヌ・キャッシュ、米バンド、ワンリパブリックのボーカル、プロデューサーのライアン・テダー、米ラッパー、ヨー・ガッティ、そしてフランク・シナトラ・エステート(資産管理団体)だ。
●AIフェイクが歌う
AIフェイク楽曲は以前からある。ただ、それが大きな注目を集めたのは4月だ。
いずれもカナダ出身の人気ミュージシャン、ドレイクとザ・ウィークエンドのAIフェイク音声が、「ハート・オン・マイ・スリーブ」という楽曲を歌う動画が、ティックトックやスポティファイ、ユーチューブなどで、数百万回に上る再生を記録した後、削除されたという騒動がきっかけだ。
ニューヨーク・タイムズによれば、両ミュージシャンのレコード会社であるユニバーサル・ミュージックは、この時、こんな声明を出している。
その4カ月後の8月21日、ユニバーサル・ミュージックのルシアン・グランジ会長兼CEOは、ユーチューブとの提携に際して「AIは人間の想像力を増幅させ、驚くべき新たな方法で音楽の創造性を豊かにする。そして私たちはバランスをとる必要がある」と述べている。
ドレイクとザ・ウィークエンドのAIフェイクは、著作権侵害を理由に削除された。
だが今回の提携で「ミュージックAIインキュベーター」にも名前の挙がったフランク・シナトラの場合は、事情が違う。
グーグル検索からユーチューブ内を指定して「AI Sinatra(シナトラ)」と検索すると、29万件がヒットする。
トップはレディ・ガガのヒット曲「バッド・ロマンス」をフランク・シナトラのAIフェイクが歌うコンテンツだ。
シナトラのAIフェイクを巡っては、2020年5月、AI音楽ユニット「ダダボッツ」が、オープンAIが同年4月末に発表した音楽生成AI「ジュークボックス」を使って制作したコンテンツが、著作権侵害を理由としてユーチューブから削除された騒動がある。
だが、「ダダボッツ」側がユーチューブに異議を申し立てると、コンテンツは復活したという。そして、フランク・シナトラのAIフェイクの拡散は現在に至る。
「AIドレイク」と「AIシナトラ」は、何が違うのか。
●"スタイル"は保護されていない
AIフェイクは、ミュージシャンのオリジナルの音源を学習し、ユーザーの指示(プロンプト)によって「ドレイク風」「シナトラ風」のボーカルを出力する。
だが米著作権法では、「~風」というミュージシャンの"スタイル"は、一般的に保護されていないのだという。
国際法律事務所、ウィルマーヘイルのパートナーでハーバード大学ロースクール講師のルイス・トンプロス弁護士は、「AIドレイク」騒動をめぐる同ロースクール公式サイトの5月のインタビュー記事で、そう述べている。
「ドレイク風」「シナトラ風」の歌唱スタイルや音声は、ネット上のコンテンツ削除の際の根拠となる米デジタルミレニアム著作権法(DMCA)では、まず侵害とは見なされないのだという。
だが、問題となった「ハート・オン・マイ・スリーブ」はティックトック、ユーチューブからは確かに削除されている。またユーチューブでは、その著作権侵害の申し立てをしたのが、ユニバーサル・ミュージックであることも明示されている。
”スタイル”は保護されない。「ハート・オン・マイ・スリーブ」という楽曲そのものはオリジナルのようだ。ではなぜ、ユニバーサル・ミュージックは著作権侵害を申し立てることができたのか。
ネットメディアのヴァージやローリングストーンは、関係筋の話から、「ハート・オン・マイ・スリーブ」に数秒入っていた「プロデューサー・タグ」がポイントになった、と報じている。
ドレイク、ザ・ウィークエンドとの共作もある著名プロデューサー、メトロ・ブーミンは、自身が手がけた楽曲への刻印として、その中に米ラッパー、フューチャーらによる「If young Metro don’t trust you」といったフレーズを「プロデューサー・タグ」として入れ込むことで知られる。
この「プロデューサー・タグ」が「ハート・オン・マイ・スリーブ」の冒頭にあり、その数秒に著作権侵害が認められた、というのがヴァージ、ローリングストーンの見立てだ。
つまり、「ハート・オン・マイ・スリーブ」は、AIフェイクの楽曲としては、例外的に著作権侵害が認められたケース、ということになる。
著作権以外でミュージシャンの権利を守る手立てとして、著名人の肖像、氏名などの経済的利益・価値を保護するパブリシティ権がある。これは、カリフォルニア州などの州法レベルで認められている。
だが、時間がかかる訴訟が必要で、ユーチューブなどへのAIフェイク楽曲の即時削除請求には使えない、とトンプロス弁護士は指摘している。
●ユーチューブが提携する事情
ユーチューブはなぜこのタイミングで、ユニバーサル・ミュージックと包括的な提携をしたのか。
背景の1つとして、ユーチューブの親会社のグーグルは、この問題で中立的な存在ではない。
グーグルは「AIドレイク」騒動の翌月の5月10日、音楽生成AIの「ミュージックLM」を限定公開した。28万時間の音楽データアーカイブで学習したという。
テキストで指示を入力すれば、それに合った楽曲を出力する、という生成AIだ。
オープンAIの「ジュークボックス」などと同様の、生成AIツールを開発し、提供する立場だ。
生成AIをめぐる各プラットフォームの競争激化の中で、同様のAIツールは相次いで投入されている。
メタは8月2日、やはり音楽生成AIの「オーディオクラフト」を発表している。
そしてユニバーサル・ミュージックは、生成AIが出力するAIフェイクへの批判とともに、生成AIの学習データとしてのミュージシャンたちの楽曲の使用にも批判を強めていた。
フィナンシャル・タイムズの4月12日付の報道によると、ユニバーサル・ミュージックは音楽ストリーミングを提供するスポティファイやアップルに対し、AI開発企業による楽曲のスクレイピング(収集)をブロックするよう求めていたという。
ユーチューブは、音楽業界との共存関係で成り立っているビジネスでもある。今回の公式ブログで「当社のほぼ全歴史において、ユーチューブと音楽は切っても切れない関係にあった」と述べている通りだ。
生成AIツールの提供側の立場であると同時に、生成AIで被害をうける音楽業界とも共存関係にあるわけだ。
その両方の立場の微妙なバランスが、ユニバーサル・ミュージックとの提携ということになる。
ただ、ユーチューブのコンテンツIDのAIフェイクへの拡大適用にも、懸念の声はある。
コンテンツIDが抱えてきた著作権侵害に関する誤判定の問題だ。
豪アデレード大学のセバスチャン・トムチャク講師は2018年1月、ユーチューブに公開した10時間の単なるホワイトノイズのみのファイルに、5件の著作権侵害の申し立てが出されたことを明らかにしている。
この仕組みが、著作物の複製などよりもさらに検知の難しいAI生成の楽曲をどのように判定し、どのような精度のものになるのか。
●AIを取り込む音楽業界
AIによるエンターテインメント業界へのインパクトは、ハリウッドの大規模ストライキでも明らかだ。
※参照:NetflixがAIマネージャーに年収1億円、ハリウッド俳優たちが震える理由とは?(08/07/2023 新聞紙学的)
AIフェイク楽曲の爆発的な広がりという点では、音楽業界へのインパクトは目に見えるものだ。
「AIドレイク」騒動の中で、ドレイク本人も、「ハート・オン・マイ・スリーブ」とは別のAIフェイクを取り上げて「もう我慢の限界だ」とコメントしていた。
AIフェイクが拡散しているのは上述のフランク・シナトラだけではない。「AI Taylor Swift(テイラー・スウィフト)」でユーチューブ内をグーグル検索すると、約120万件がヒットする。
トップに表示されたのは、テイラー・スウィフトのAIフェイクによるYOASOBIの「アイドル」のカバーだった。
一方で、AIを積極的に取り込む音楽業界の動きもある。
ほかならぬユニバーサル・ミュージックは5月23日、音響を通じた健康増進を手掛ける独AI企業、エンデルとの提携を発表している。
また、カナダのミュージシャン、グライムスは「AIドレイク」騒動の渦中の4月23日、自身の音声ファイルをAI楽曲の作成用のツールとともに公開し、その収益については折半する、と表明している。
ニューヨーク・タイムズの5月24日付の記事によると、この時点で1万5,000件を超す楽曲の作成と、300曲以上のストリーミングサービスへの配信が行われたという。
また、元ビートルズのポール・マッカートニーは6月13日の英BBCの番組の中で、AIによって古いデモ音源からジョン・レノンの音声を抽出し、「ビートルズの最後のレコード」として完成させたと述べている。
●AI音楽の民主化
テキストや画像などと同様に、生成AIの急速な広がりは、コンテンツ制作の民主化を加速している。
誰もが「AIクリエイター」となれる社会で、コンテンツの権利のバランスはどこに着地するのか。
(※2023年8月25日付「新聞紙学的」より加筆・修正のうえ転載)