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AIを駆使して「ガザ攻撃」の実態を暴く、ピュリツァー受賞ジャーナリズムの新たな手法とは?

平和博桜美林大学教授 ジャーナリスト
2024年ピュリツァー賞受賞のニュース速報写真、ガザ避難民キャンプ空爆(写真:Anas al-Shareef/ロイター/アフロ)

AIを駆使してピュリツァー賞をとる。そんな事例が特別なものではなくなっている。

ガザ攻撃における2,000ポンド(約907キロ)の大型爆弾が、イスラエルが「安全」と称した南部に多数使用されている――そんな実態を衛星画像などのAI分析で明らかにしたニューヨーク・タイムズ。

そして、黒人が多く居住するシカゴ南部で、黒人女性の「行方不明事件」が警察によって放置されてきた実態を、開示された警察の内部文書のAI分析で明らかにした地元のNPOメディア「シティビューロー」と「インビジブル・インスティテュート」。

AIを活用した報道は、2024年のピュリツァー賞最終候補45件中でも5件、1割超に上る。

見えていなかった現実を、AIを活用したジャーナリズムで明らかにする。その新たな手法とは?

●12メートルのクレーターを探す

2,000ポンドの爆弾は、着弾した地表に直径約40フィート(12メートル)のクレーターを残すことがある。この事実を利用して、ガザ南部の衛星画像に表示されるクレーターを見つけるために、物体検出AIアルゴリズムを学習させた。

ニューヨーク・タイムズで画像解析による調査報道を担当するイシャーン・ジャヴェリ氏は、ピュリツァー賞を受賞した調査報道の手法について、2023年12月22日のXへの投稿で、そんな説明をしている。

2024年5月6日に発表された同年のピュリツァー賞のうち、国際報道部門はニューヨーク・タイムズによるイスラエル・ハマス戦争の一連の報道が受賞した。

受賞対象となった報道の1つが、2023年12月20日に公開した、8分34秒の動画だ。

動画は、イスラエルが、ガザの住民に「安全」だとして移動を呼びかけた南部地域に、2,000ポンドの大型爆弾(マーク84)を相次いで投下していた実態を明らかにしている。

この爆弾を投下した際にできるクレーターの直径は約40フィート、そしてその殺傷範囲は半径3,000フィート(約914メートル)に及ぶ。戦争が始まって以降、米国はイスラエルに対して、この2,000ポンド爆弾を5,000発超供与しているという。

その実態を検証するために、ジャヴェリ氏が使ったのは、本来は採掘などで利用される衛星写真のAI分析システム「ピクテラ」だ。

衛星写真の中で、すでに2,000ポンド爆弾の空爆によるものと判明している40フィート級のクレーターを範囲指定し、次々とAIに学習させる。

AIが空爆クレーター画像のパターンを学習したところで、2023年11月16・17両日に撮影されたガザ南部の最新の衛星写真を3回にわたって分析させ、まず計1,643件のクレーターを検出したという。

その結果を整理し、分析した写真と、それ以前の航空写真を人間が目視で確認した。検出結果が今回の爆撃でできたクレーターか、給水塔や物陰などがAIによってクレーターと誤認されていないか――。

それらの点を検証し、最終的に今回の紛争の爆撃によるとみられる208件のクレーターを特定したという。

ただ、ジャヴェリ氏は、こう述べている

このAIの分析は、規模を伝えるには役立つが、地上の爆弾の被害範囲で直面する現実を描写することはできない。

●黒人女性の行方不明事件

もう1件のAI活用は、地域報道部門を受賞した、いずれもシカゴ南部を拠点とするNPOメディア「シティビューロー」記者のサラ・コンウェイ氏と「インビジブル・インスティテュート」のデータディレクター、トリナ・レイノルズ=タイラー氏による「シカゴの行方不明者たち」だ。

シカゴ南部は黒人居住者が集中していることで知られる。この報道で取り上げたのは、少女を含む黒人女性の行方不明事件に対する、シカゴ警察の極端になおざりな捜査姿勢だった。

メディアサイト「ニーマンラボ」の2024年5月9日付の記事によれば、この調査報道は、裁判所によって開示命令が出された2011年から2015年にかけての、数千件に上るシカゴ警察の警察官の不正行為に関する文書がベースになっている。

それらの文書を、200人の市民ボランティアが手分けして読み込み、内容によってラベル付けをし、「ジュディ」と名付けたAI(機械学習ツール)に学習させていった。

市民ボランティアは、地元であるシカゴ南部の状況を理解した上で、文書のラベル付けを行っていった。そのことが、単なるラベル付けのアウトソーシングとは異なる点だという。

この結果、黒人女性の行方不明事件について、シカゴ警察が家族の捜索依頼を無視するなどの、54件の不正行為が明らかになった。

レイノルズ=タイラー氏は「ニーマンラボ」にこうコメントしている。

AIは、どこを見るべきか、理解のために何を探すべきかの手助けをしてくれる。

●最終候補作45件のうちの5件

「ニーマンラボ」によると、今年のピュリツァー賞では初めて、応募作にAI使用の開示が義務付けられたという。その結果、約1,200件の応募作のうち、最終候補に残った45件のうち、5件がAIを使用していた、とピュリツァー賞理事会メンバーが明らかにしている。

最終候補のうち、AIを使用していたのはあと3件。

1つは、フロリダのローカル紙「ビレッジズ・デイリー・サン」による、ハリケーン被害に対する州当局の無策ぶりを明らかにした報道

さらに、いずれもブルームバーグによる、米政府による銃輸出促進が暴力を世界的に蔓延させたとする調査報道と、水利権に群がる企業が気候変動の影響を悪化させているとの調査報道の2件だという。

いずれも、記事の中で取材手法について説明をしているが、AIの利用方法についての具体的な言及はない。

「ビレッジズ・デイリー・サン」はハリケーンの犠牲者172人のデータベースを情報公開による資料や遺族への取材から作成し、被害現場の撮影にドローンを使用して、分析している。また、ブルームバーグも、前者の記事では銃器の輸出データなどの分析、後者の記事では中央カリフォルニアの井戸を含む土地所有情報や井戸の衛星写真などの分析を行っている。

これらの取材過程で、AIが使われているようだ。

●継ぎ目なくつながる

AIの活用は、2010年代から自動記事生成の「ロボットジャーナリズム」や、機械学習の調査報道への導入が進められてきた。

※参照:そのAIの動きに、あなたはついてこられるのか?/2018年、メディアのサバイバルプラン(その6)(02/03/2018 新聞紙学的

それらの手法が、ピュリツァー賞の受賞作や候補作といった最前線の優れた報道に、当たり前のように導入されている。

ガザへのイスラエル軍による2,000ポンド爆弾の使用を巡っては、やはりCNNもAI企業と連携して、衛星写真の分析による検証報道を行っている。

ピュリツァー賞発表2日前の2024年5月7日、米国政府はイスラエルによるガザ南端、ラファ攻撃本格化への懸念が高まる中で、2,000ポンド爆弾輸送の一時停止を明らかにした。

ピュリツァー賞から見えてくるのは、AIの活用と現場取材が継ぎ目なくつながっている、ジャーナリズムの現在地だ。

(※2024年5月13日付「新聞紙学的」より加筆・修正のうえ転載)

桜美林大学教授 ジャーナリスト

桜美林大学リベラルアーツ学群教授、ジャーナリスト。早稲田大卒業後、朝日新聞。シリコンバレー駐在、デジタルウオッチャー。2019年4月から現職。2022年から日本ファクトチェックセンター運営委員。2023年5月からJST-RISTEXプログラムアドバイザー。最新刊『チャットGPTvs.人類』(6/20、文春新書)、既刊『悪のAI論 あなたはここまで支配されている』(朝日新書、以下同)『信じてはいけない 民主主義を壊すフェイクニュースの正体』『朝日新聞記者のネット情報活用術』、訳書『あなたがメディア! ソーシャル新時代の情報術』『ブログ 世界を変える個人メディア』(ダン・ギルモア著、朝日新聞出版)

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