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シリア人権監視団の最新統計に見るシリア内戦の死者数とその推移

青山弘之東京外国語大学 教授
(写真:ロイター/アフロ)

英国で活動する反体制系NGOのシリア人権監視団は世界人権の日(12月10日)に合わせて、「シリア革命」が開始されたとされる2011年3月15日から2020年12月9日までの117ヶ月間に確認された死者数が387,118人に達していると発表した。

この組織が発表するデータについては、龍谷大学法学部の浜中新吾教授とともに発表した「シリア人権監視団発表の死者数統計に潜む政治的偏向」(Synodos、2015年7月17日)において、死者数の内訳などにおいて疑義が呈されることを指摘した。こうした状況はその後も変わってはいない。とはいえ、同監視団が発表する統計は、シリア内戦への関心が低下するなかで、武力紛争の現況を知ることができる数少ない数値データである。以下では12月9日にシリア人権監視団が発表した最新の統計を紹介する。

死者の内訳

シリア人権監視団によると、2011年3月15日から2020年12月9日までに確認された死者387,118人の内訳は以下の通りである。

  • 民間人:116,911人(うち男性80,958人、女性13,804人、18歳未満の子供22,149人)
  • 武装諸派、イスラーム主義諸派(いわゆる自由シリア軍諸派):54,668人
  • クルド人民兵の人民防衛隊(YPG)を主体とするシリア民主軍の戦闘員(シリア人):12,811人
  • シリア軍離反将兵:2,630人
  • シリア軍将兵:68,049人
  • 国防隊、親政権民兵:52,391人
  • レバノンのヒズブッラー戦闘員:1,703人
  • シリア人以外の親政権・シーア派民兵(いわゆる「イランの民兵」):8,462人(うちロシア人傭兵264人)
  • トルコ軍将兵:202人
  • ジハード主義戦闘員(シリアのアル=カーイダであるシャーム解放機構(旧シャームの民のヌスラ戦線)など):27,772人
  • イスラーム国のメンバー:40,161人
  • シリア民主軍の外国人戦闘員:930人
  • 米主導の有志連合:不明
  • 身元不明者:428人

実際の死者数推計

シリア人権監視団によると、上記の統計には、シリア政府管理下の拘置所や刑務所での拷問で死亡したとされる約88,000人、シリア民主軍に従軍したトルコのクルディスタン労働者党(PKK)戦闘員3,200人以上、イスラーム国に拘束され行方不明となっている3,200人以上、捕虜となったシリア軍将兵および親政権民兵4,100人以上、武装勢力、イスラーム主義組織、イスラーム国、シャーム解放機構といった反体制派がシリア政府に内通しているとして拘束し、消息不明となっている1,800人以上は含まれていないという。

死亡確認がとれていないこれらの人々の数は合計で105,000人以上にのぼり、上記の387,118人と合わせた推計死者総数は492,118人となる。

なお、負傷者の数は2,100,000人以上、難民、国内避難民(IDPs)となった人の数は約13,000,000人(うち子供が数十万人、女性も数十万人)に達するという。

誰が殺したか?

シリア人権監視団は、死亡が確認された犠牲者のうち、民間人116,911人に関して、加害者別の内訳を発表している。加害者、つまり犠牲者が誰によって殺されたのかをどのように特定したのかは不明だが、内訳は以下の通りである。

  • シリア軍と親政権民兵(地上部隊)が殺害した民間人:45,845人(うち男性28,313人、女性6,574人、18歳未満の子供10,958人)
  • シリア軍戦闘機、ヘリコプターの爆撃が殺害した民間人:26,407人(うち男性16,653人、女性3,789人、18歳未満の子供5,965人)
  • シリア政府管理下の拘置所、刑務所で殺害された民間人:16,229人(うち男性16,040人、女性64人、18歳未満の子供125人)
  • ロシア軍の爆撃・砲撃で殺害された民間人:8,640人(うち男性5,233人、女性1,321人、18歳未満の子供2,086人)
  • 米主導の有志連合の爆撃で殺害された民間人:3,846人(うち男性2,161人、女性712人、18未満の子供973人)
  • トルコ軍の爆撃・砲撃で殺害された民間人:1,009人(うち男性686人、女性128人、18歳未満の子供195人)
  • トルコ軍国境警備隊が殺害した民間人:453人(うち男性330人、女性42人、18歳未満の子供81人)
  • シリアの反体制派(武装勢力、イスラーム主義勢力、シリア民主軍)が殺害した民間人:8,096人(うち男性6,106人、女性760人、18歳未満の子供1,230人)
  • イスラーム国が殺害した民間人:6,374人(うち男性5,430人、女性411人、18歳未満の子供533人)
  • イスラエル軍の爆撃・攻撃で殺害された民間人:12人(うち男性6人、女性3人、子供3人)

シリア人権監視団が公開したインフォグラフィア(2020年12月9日)
シリア人権監視団が公開したインフォグラフィア(2020年12月9日)

経年比較

この数値データを、シリア人権監視団の公表した統計に照らし合わせて経年比較を行いたい。

下のグラフは2011年から2020年末までの死者数の推移を表したものである。このグラフには2019年12月時点の死者数(379,180人)は記入されていないが、過去1年間に確認された死者数は7,938人に達した。そして、この数値を2018年12月から2019年12月までの1年間の死者数(2018年12月時点の死者数は368,856人)の10,324人と比べると、2,386人減少していることが分かる。グラフの曲線の変化を見ても明らかな通り、シリア内戦の戦闘は緩やかではあるが収束に向かっていることが明らかに確認できる。

死者数の推移(シリア人権監視団データをもとに筆者作成)。
死者数の推移(シリア人権監視団データをもとに筆者作成)。

なお、死者の内訳のうち、反体制派戦闘員、すなわち「武装諸派、イスラーム主義諸派」の変遷に着目すると、2018年12月10日の発表では66,180人だったものが、2019年1月1日時点では53,799人となり、12,381人も「減少」している(「シリア・アラブの春顛末記:最新シリア情勢」2018年12月10日および2020年1月4日を参照)。今回の発表でその数は、54,668人と増加しているが、2018年12月10日時点の数値まで「回復」はしておらず、シリア人権監視団が「武装した民間人」である「革命家」と「民間人」そのものの死者数を恣意的に操作していることが分かる。

東京外国語大学 教授

1968年東京生まれ。東京外国語大学教授。東京外国語大学卒。一橋大学大学院にて博士号取得。シリアの友ネットワーク@Japan(シリとも、旧サダーカ・イニシアチブ https://sites.google.com/view/sadaqainitiative70)代表。シリアのダマスカス・フランス・アラブ研究所共同研究員、JETROアジア経済研究所研究員を経て現職。専門は現代東アラブ地域の政治、思想、歴史。著書に『混迷するシリア』、『シリア情勢』、『膠着するシリア』、『ロシアとシリア』など。ウェブサイト「シリア・アラブの春顛末記」(http://syriaarabspring.info/)を運営。

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