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子どもの貧困の第一人者が高く評価する「文京区こども宅食」 区長「お米(コメ)処分しないでぜひ寄付を」

井出留美食品ロス問題ジャーナリスト・博士(栄養学)
こども宅食記者会見(2018年4月24日文京シビックセンター庁議室、菊川恵撮影)

東京都文京区の、生活が厳しい子育て世帯へ、企業や団体から提供を受けた食品を提供する「こども宅食」。2017年度からスタートしたこのプロジェクトに関する成果報告と、利用家庭の実態調査に関する記者会見が、2018年4月24日、文京シビックセンター庁議室で開催された。

記者会見に臨む文京区の成澤廣修(なりさわ・ひろのぶ)区長(写真真ん中、撮影:菊川恵氏)。
記者会見に臨む文京区の成澤廣修(なりさわ・ひろのぶ)区長(写真真ん中、撮影:菊川恵氏)。

「こども宅食」プロジェクトを行なってきたのは、こども宅食コンソーシアム。認定NPO法人フローレンス一般社団法人RCFNPO法人キッズドア一般財団法人村上財団認定NPO法人日本ファンドレイジング協会文京区の6団体で構成する団体だ。自治体がNPOへ業務委託をする関係ではなく、自治体と各団体とが対等な関係を保つ「コンソーシアム」の形である。

子ども宅食が行なう食品の定期配送とコンソーシアムの役割分担(記者会見配布資料より引用)
子ども宅食が行なう食品の定期配送とコンソーシアムの役割分担(記者会見配布資料より引用)

食品ロス問題と貧困問題は密接に関連

筆者は、「こども宅食」の、食の分野に関するアドバイザーを務めている。専門分野は「食品ロス」だが、食品ロスのことを語ると、必ず「貧困」問題に触れることになる。筆者が3年間、広報を務めていたフードバンクの講演やメディア取材でもそうだった。農林水産省が毎年定期的に発表している「食品ロスの削減に向けて」は、世界の食料援助量や栄養不足人口、食品ロスを活用するフードバンクなどについて必ず触れられている。そこで、このたび開催された「こども宅食」記者会見の様子を紹介したい。

こども宅食の成果と対象家庭の実態について報告する認定NPO法人フローレンス代表理事の駒崎弘樹氏(撮影:菊川恵氏)
こども宅食の成果と対象家庭の実態について報告する認定NPO法人フローレンス代表理事の駒崎弘樹氏(撮影:菊川恵氏)

「食料を届ける」手段を通して対象家庭の支援を行なうこども宅食

こども宅食は、2017年10月から2018年2月まで、2ヶ月に1回、主食・副菜・加工食品・飲料・お菓子など、約20品目の食品(1回に平均8.4kg)を、毎回150世帯に届けてきた。対象家庭は、児童扶養手当を受けている世帯および就学援助世帯のうち、希望する450世帯の中から抽選で選ばれた。配達を通して対象家庭を見守り、何か困ったことが起こる前に支援に繋げるためのサポートを行なっている。提供する食品は、飲食品メーカー15社/団体から支援して頂いている。活動運営費はふるさと納税によって集め、2,342人から8,225万円の寄付金額を集めた(2018年4月20日現在)。

「こども宅食」は、単に食料を届けるのが目的ではない。食料を届けることを手段とし、配達の際に、各家庭で困っていることがないかを救い取り、必要と思われる既存の制度に繋げていく。

「こども宅食」プロジェクトの全体像(記者会見で配布された資料より引用)
「こども宅食」プロジェクトの全体像(記者会見で配布された資料より引用)

調査概要

調査の概要は次の通り。回答率はどの回も70%を超えており、非常に高いと言える。

調査対象:東京都文京区の、児童扶養手当・就学援助の受給世帯のうち、配送世帯150世帯(利用者)、落選世帯81世帯(対称群、未利用者)

実施時期:1回目 2017年10月 

     2回目 2018年3月

調査手法:世帯、子ども、保護者のことなど6点31問で構成されるアンケートへの回答を依頼。2回目については、配送による各家庭での変化をとらえるため、11問を追加。

回答率:配送世帯 1回目 85.3% 2回目 73.8%

落選世帯 1回目 91.4% 2回目  77.8%

「子どもの貧困」分野の第一人者が「画期的」と高く評価

こども宅食は、食料を届ける前と後とで対象家庭がどう変わるか、社会的インパクト評価を実施している。「社会的インパクト評価」とは、短期・長期の変化を含め、事業や活動の結果として生じた社会的・環境的な変化や便益、学びなどの効果を、定量的かつ定性的に把握し、事業や活動に価値判断を加えることを指す(記者会見配布資料より引用)。

認定NPO法人日本ファンドレイジング協会事務局長の鴨崎貴泰(かもざき・よしひろ)氏(撮影:菊川恵氏)
認定NPO法人日本ファンドレイジング協会事務局長の鴨崎貴泰(かもざき・よしひろ)氏(撮影:菊川恵氏)

この社会的インパクト評価を実施した主体が、認定NPO法人日本ファンドレイジング協会だ。そして、「子どもの貧困」分野で第一人者である、首都大学東京の教授で子ども・若者貧困研究センター長の阿部彩(あべ・あや)先生が、この調査の監修やアドバイスを務めている。

首都大学東京教授で子ども・若者貧困研究センター長の阿部彩先生(写真右、撮影:菊川恵氏)
首都大学東京教授で子ども・若者貧困研究センター長の阿部彩先生(写真右、撮影:菊川恵氏)

阿部彩先生は、記者会見で、このこども宅食が「画期的である」と評し、次の3点について評価した。

1つ目に、文京区という、経済的に「困窮」とは縁がない地域でも困窮者がいるということがわかった。東京都の平均的な値と比べても、統計的に有意(な差)である。この事実を、きちんと、こども宅食のサポート者にも伝えていくことが大事。

これは、氷山の一角の中の、さらに氷のひとかけらと言えるかもしれない。すべての方に、ゆくゆくは、日本全国の方に、届けて広げていければいいと思う。

東京都の調査と比較し、こども宅食対象家庭(オレンジ)は保護者の精神的負荷が高い(記者会見配布資料より。都のデータは首都大学東京人文社会学部阿部彩教授よりご提供。都の4自治体の中2の保護者対象調査結果)
東京都の調査と比較し、こども宅食対象家庭(オレンジ)は保護者の精神的負荷が高い(記者会見配布資料より。都のデータは首都大学東京人文社会学部阿部彩教授よりご提供。都の4自治体の中2の保護者対象調査結果)

2つ目に、日本ファンドレイジング協会がいらっしゃるおかげもあり、社会的インパクト評価をきちんとしている。最初からそのような姿勢を持たれていた。このような評価は、(プロジェクトを)始めてからではなく、始める前から調査設計しないといけない。

こども宅食では、対象者ではない人も含めて調査していた。(食料を届ける)前後の比較もわかるし、日本ではきわめて珍しい調査と言える。今後の効果評価も大きな成果が期待できる。

3つ目に、LINE(ライン)を通じて、配送を通じて、(対象者の)匿名性を確保した上でコミュニケーションをとっている。ただ食料を届けるというのではなく、まったくスティグマの伴わない形で、食料を届け、(対象者と)繋がっている。この、助け合いの精神に感銘を受けた。

出典:阿部彩先生の発言内容より筆者まとめ

阿部先生の発言で登場した「スティグマ(stigma)」という言葉は、貧困問題を語るときによく登場する。もともとは、犯罪者や奴隷の烙印とされたタトゥを意味していた。1963年に出版された書籍『スティグマの社会学ー烙印を押されたアイデンティティ』(日本では1970年に翻訳版、2001年に翻訳・改訂版が、せりか書房から出版)の著者、アーヴィング・ゴッフマンは、スティグマを社会全体の問題と捉え、「欠点・瑕疵、短所、ハンディキャップなどの属性により、社会によって完全に受け入れられる資格を与えられない者の状況」としている。

オックスフォードの英英辞典によれば、stigma(スティグマ)とは、”mark of shame or disgrace; shameful feeling or reputation"とある。一般的には、生活が困窮している人や、心身に障害のある方が、社会的に差別や不利益を被り、劣等感や屈辱感を味わわざるを得ない状況を指す。

なぜ「子ども食堂」ではなく「子ども宅食」なのか

記者会見の質疑では、「なぜ、子ども食堂ではなく、子ども宅食(という形)なのか」という質問が出た。認定NPO法人フローレンス代表理事の駒崎弘樹氏は、次のように語った。

以前、(東京都)中央区で子ども食堂をやっていた。だが、どの子に支援が必要なのかがわからなかった。ご飯を食べて終わり。課題解決に繋げられていなかった。

スティグマの問題は、ある種の難しさを感じた。誰がその(支援が必要な子どもの)情報を持っているか?行政である。そこで、行政とパートナーシップを組んで、直接、(支援の必要な子どもに)アウトリーチでき、スティグマのない形で支援できる「子ども宅食」という方法をとった。

出典:駒崎弘樹氏発言内容、筆者まとめ

区長に対しては、「今後、どのように対象者にアプローチしていくのか」という質問が出された。成澤区長は次のような趣旨を語った。

(これまで通り)世間には見えない形でアプローチしていく。オープンにはならない形で、(世間に)見えないまま、支援に繋げていく。配送の時に、区で用意している制度に繋げていく。制度がない訳ではなく、福祉の制度に(必要な人を)繋げられていないことが問題。

深刻な悩みを抱えている人の割合が、東京都の平均値より高い値で出ている。この深刻度の度合いを解決していく。困っている人たちは、プライバシーが出ることにおびえている。スティグマを恐れているので、そういうのが見えない形で続けていく。

出典:成澤区長の回答、筆者まとめ

お米(コメ)を処分しないで必要な方への寄付を

記者会見のまとめとして、区長からは次の趣旨の言葉があった。

世間ではSDGs(エスディージーズ)経営といって、企業が事業活動そのもので貢献していくという形がわが国でも出始めている。同じ思いの企業とこれからも繋がっていく。

2015年9月の国連サミットで採択されたSDGs(エスディージーズ)。2030年までに世界で達成すべき17のゴールが定められている(国連広報センターHPより)
2015年9月の国連サミットで採択されたSDGs(エスディージーズ)。2030年までに世界で達成すべき17のゴールが定められている(国連広報センターHPより)

(今年度、600世帯に届けることを目標にしており)そのための運営資金が必要で、今年度は3,800万円を目標にしている。引き続き、ふるさと納税の呼びかけをしていき「子どもたちの笑顔が返礼品」であるということを伝えていきたい。

食品は、主食となる米(コメ)がキモとなる。地方自治体では、米(コメ)余りという状況があると聞いている。マスコミの皆さんからも「捨てたり飼料にしたりするならぜひ寄付して欲しい」と伝えて頂きたい。

出典:成澤区長の記者会見、最後の言葉の趣旨を筆者まとめ

全国に77団体あると言われているフードバンクでも、地域によって、お米(コメ)の供給状況は異なる。潤沢にある団体もあるが、不足している団体も多い。米(コメ)は、需要が高い反面、無駄になりにくい食材だからだ。

需要が高い米(コメ)の寄贈が求められている(画像:iStockより)
需要が高い米(コメ)の寄贈が求められている(画像:iStockより)

対象家庭からの声

こども宅食の対象家庭からは、次のような声があった。

教育費や固定費以外で節約できるのは自分(親)にかけるお金かな、と思い、夕食は子どもの分だけ作ったりしている。

買いに行く時間がなく米(コメ)のない日が続くことが度々あるので助かった。

おやつや夕食を我慢させることが以前はあったが、今は少しだけできるようになった。

嗜好品は買わないことが多いので、子どもたちが喜んでいる姿が嬉しかった。

節約できたお金で買ったのは「生活必需品(44%)」「他の食品(31%)」

こども宅食で節約できたお金で、どのようなことができたかという質問に対しては、最も多かったのが「生活必需品を買った」で44%。次が「他の食品を買った」で31%だった。

こども宅食で節約できたお金でどのようなことができましたか(記者会見配布資料より)
こども宅食で節約できたお金でどのようなことができましたか(記者会見配布資料より)

十分に食べられる、けれど商品として販売できない食品、処分しないで、ぜひ寄付を

こども宅食では、15の飲食品企業/団体が寄付をしている。筆者も元食品企業勤務者だ。食品企業では、商品として販売することはできないが、まだ十分に食べられるものがある。たとえば、工場で製造する際に、グラムが、表示よりもやや欠けてしまったもの、賞味期限は過ぎていないけれど、その手前にある「販売期限」や、「納品期限」を過ぎてしまったものなどだ。このようなものは、企業としても、まだ十分に活用できると考える。企業にとっても「社会貢献」となるメリットがある。ぜひこれからも、子どもたちのお腹を満たすために、力を貸してくださる方が少しずつ増えていくことを願っている。

こども宅食記者会見に関する各メディアの報道(把握できたもののみ、時系列で)

NHK(2018年4月24日 13:34)

「こども宅食」対象600世帯に精神的ケアも 東京 文京区(NHK、2018年4月24日13:34)

TBS(2018年4月24日 15:12)

「こども宅食」の成果 初報告、苦しい生活の実態浮き彫り(TBS、2018年4月24日15:12)

時事通信社、時事ドットコムニュース(2018年4月24日 16:02)

「こども宅食」、月3710円の節約に=東京都文京区が実態調査(時事ドットコムニュース、2018年4月24日16:02)

BuzzFeed News(2018年4月24日 16:28)

東京の真ん中でも、ご飯が食べられない。調査から見える子どもの貧困 「こども宅食」に救われた人たちの声とは。(BuzzFeed News、2018年4月24日16:28)

朝日新聞(2018年4月25日 3:00)

東京)文京区の「こども宅食」が成果、事業拡大へ(朝日新聞、2018年4月25日03時)

食品ロス問題ジャーナリスト・博士(栄養学)

奈良女子大学食物学科卒、博士(栄養学/女子栄養大学大学院)、修士(農学/東京大学大学院農学生命科学研究科)。ライオン、青年海外協力隊を経て日本ケロッグ広報室長等歴任。3.11食料支援で廃棄に衝撃を受け、誕生日を冠した(株)office3.11設立。食品ロス削減推進法成立に協力した。著書に『食料危機』『あるものでまかなう生活』『賞味期限のウソ』『捨てないパン屋の挑戦』他。食品ロスを全国的に注目させたとして食生活ジャーナリスト大賞食文化部門/Yahoo!ニュース個人オーサーアワード2018/食品ロス削減推進大賞消費者庁長官賞受賞。https://iderumi.theletter.jp/about

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