つまらなくなったシェアハウス。「地元で実家を継ぐ」ほうが面白い
●今朝の100円ニュース:「食」軸のシェアハウス(日本経済新聞)
学生時代の後輩が東京・三軒茶屋のシェアハウスに住み始めたのは10年ほど前だったと思う。住宅地の古い一軒家をそのまま使い、外国人も含めた男女5、6人で借りている。個室はあるけれど、キッチンや風呂、トイレはすべて共用だ。遊びに行くたびにメンバーが少しずつ変わっている。
リビングでのミニパーティーがあると、僕のように「入居者ではないけれど友だち」も適当に招かれる。狭い台所で一緒に料理をしたり好き勝手におしゃべりする。生活も仕事もやたらに自由でエネルギッシュな人たちが多くて、ときには青臭くて真面目な話もできる。ありがたい空間だ。
面白い暮らし方だけど僕には真似できないな、と以前から思っていた。実際、入居者の後輩は当時付き合っていた彼女に理解してもらえなかったようだ。「シェアハウスには遊びに来てくれない」とこぼしていた。嫉妬してしまう彼女の気持ちも少しわかる。
ここ2年ほどでシェアハウスは急速に一般化した。テレビドラマ『シェアハウスの恋人』はヒットしなかったが、実際のシェアハウスへの入居希望者は急増している。一方で、以前からシェアハウスを利用してきた人たちは、「最近は普通の人の入居が増えたね。前はオープンマインドな面白い人たちばかりだったのに……」と感じているようだ。
創業期に集まる先駆者たちは一筋縄ではいかないけれど自主性に富んで個性的だ。他の人があまり注目していないことをやりたがり、失敗したり変わり者だと言われることを恐れない。個性が強すぎてまとまりには欠けるが、自ら面白いことを創り出そうという気概に満ちている。
その組織の評判がしだいに高まると、「自分が興味あるというより人がたくさん集まっているから行きたい」という追随者たちが集うようになる。この人たちは基本的に「待ち」の姿勢なので、おとなしくて従順だけれど面白みには欠けている。この現象はシェアハウスに限らず、会社やサークル活動などあらゆる人間組織に当てはまることだと思う。
近年は、企業が運営する大規模なシェアハウスも増えている。今朝の日経新聞によると、東急電鉄は「食」をコンセプトにしたシェアハウスを来月に開業する。業務用のガスコンロと広いダイニングがあり、プロの料理人による料理教室も随時開催。「料理が好きな方も食べるのが好きな方も入居を通じて交流を深めてほしい」と話しているらしい。
コンセプトを設けたシェアハウスを開くというのは斬新な試みだけれど、そこに入居する人たちが斬新とは限らない。「東急のシェアハウスだから安心」とか「プロが料理教室を開いてくれるらしいから」といった受動的な入居者が多くなる気がする。そんな人同士で交流して楽しいのだろうか。
冒頭の後輩は3年ほど前に住み慣れたシェアハウスを出て、東京の彼女とも別れ、家業を継ぐべく地元に戻った。いまは一人暮らしをしているけれど、いずれいい人を見つけて結婚して、自分の家族を築くのだろう。
都会で同世代と疑似家族を営むよりも、地元に帰ってあらゆる世代と関わりながらリアル家族を作るほうがチャレンジングで面白い。そんな時代になりつつあるのかもしれない。