Yahoo!ニュース

背番号のない虎戦士の正体は、ドラフト候補の山崎悠生投手(BCリーグ・信濃)

土井麻由実フリーアナウンサー、フリーライター
虎戦士かと見紛うが、独立リーグのBCリーグ・信濃グランセローズの山崎悠生投手だ

■背番号のないタテジマのユニフォーム

背番号のないユニフォーム
背番号のないユニフォーム
画像

 阪神タイガース・ファームのキャンプ地、高知県安芸市のタイガースタウン。活気あふれるグラウンドにひとり、背番号のないタテジマのユニフォームを着ている選手がいた。

 見慣れない顔だ。新入団選手でもない。しかし周りにとけこみ、首脳陣や選手たちとも談笑している。チームに可愛がられている様子が伺える。

 彼の正体は独立リーグのルートインBCリーグ・信濃グランセローズからお手伝いにきた山崎悠生投手だった。

 キャンプともなると人手が足りない。山崎投手はバッティング練習の打撃投手をしたりティーを上げたり、また走塁練習時の投手役など、忙しく動き回っている。

 「みなさんに本当によくしてもらって、ありがたい」。ニコニコと人懐っこい笑顔を見せる。中でも濱中治コーチからは「山崎はもうひとり(山崎憲晴)いるから、悠生って呼ぶぞ」と初日から話しかけてもらい、食事もごちそうになるなどした。

伊藤隼太選手にティーを上げる
伊藤隼太選手にティーを上げる
心酔する今成亮太選手と
心酔する今成亮太選手と

 打撃投手では最初は緊張もあり、コントロールが定まらず選手に当ててしまったことがあった。しかし当てられた今成亮太選手は痛いそぶりも見せず、「いいよ。気にすんな。次は違う場所にしてくれ」と笑い飛ばしてくれた。

 「アイツも現役選手。こんなことでイップスにでもなったらかわいそう」と自身への死球にも平静を装う今成選手に、山崎投手はすっかり心酔している。

 「今成さんはほんまにカッコイイ。こうやって周りに配慮できる人なんだって思った。あれくらいの余裕が自分にもほしい。第1クールはほんま今成さんに救われました」。

 転校生を温かく迎え入れ、クラスにとけこませるような気配りは、いかにも今成選手らしい。

 ほかにも「いろんな方が、ボクがやりやすいように気にかけてくれた。(マネジャーの)東さんも『気遣わんと、トレーニングも率先してやりや』とか、『ブルペンで(ブルペン捕手の)本田さんに捕ってもらいや』とか、ボクが現役なんやからって尊重してくれた」と感謝の念は尽きない。

■2年連続でドラフト指名漏れ

信濃のクローザー・山崎悠生投手
信濃のクローザー・山崎悠生投手
外野の守備練習のお手伝い
外野の守備練習のお手伝い

 山崎悠生、24歳。独立リーグファンには知られた存在だ。2012年から四国アイランドリーグplus高知ファイティングドッグスでプレーした後、14年、BCリーグの群馬ダイヤモンドペガサスに入団した。

 16年はセットアッパーとして日本一に貢献し、その力を見込まれて17年、信濃に籍を移した。信濃ではクローザーとしてリーグタイ記録となる21セーブをマークしてセーブ王に輝き、チームを悲願の初優勝(後期)へと導いた。

 16、17年はドラフトの候補に挙がりながら、2年連続で指名漏れを経験。そんな山崎投手がなぜ、NPB球団のキャンプの手伝いを引き受けたのか。

 「バッティングピッチャーだけでなく練習もさせてもらえると聞いたので。でもなによりプロの世界のレベルを身近で感じたかった。現状、自分がどのあたりの立ち位置にいるのか把握したかった。しかも独立リーグの選手がお話できないような、NPBですごい実績を持つ方と話せるから」。

走塁練習時の投手役も
走塁練習時の投手役も
ロングティーは同い年の西田直斗選手と
ロングティーは同い年の西田直斗選手と

 そんな思いで参加したが、とてつもなく充実した22日間だったと振り返る。収穫を挙げるときりがないくらいだ。

 まず「改めて自分の実力のなさを痛感した」と打ちのめされた。昨年のドラフトでは指名漏れをしてガックリきた。独立リーグからNPBにいくことの困難さの言い訳を、どこかに求めてしまっていた。

 しかしそれは違うということを思い知らされた。「根本的に実力がなかったんだってわかった。独立リーグでの実績なんて、たいしたことないんだなって」。

 また「もう自分には伸びしろがない、これが限界なんだって思ったけど、この程度で限界を感じてたのかと思わされた。プロの方がこんなに練習してるのに、ボクはなにしてきたんやって。もっともっとやらないとって、やる気を出させてもらった」。

 精一杯やってきたつもりだったが、まだまだ足りなかったことに気づかされ、そんなところで限界を感じていた自分を恥じた。

外野の守備練習。奥は緒方凌介選手
外野の守備練習。奥は緒方凌介選手

 改めて独立リーガーの姿勢や思考に苦言を呈す。「(力が発揮できないのは)お金が少ないからとか環境が整ってないからとか言い訳しがち。確かにNPBは道具も支給されるしケータリングも素晴らしい。でもボクらはそこにいけないレベルなんだから。まず力がないってことを自覚しないといけないと気づいた。自分は勘違いしてないと思ってたけど、勘違いしていた」。

 自戒の念も込めての言葉だ。

■監督、コーチ陣、選手から貪欲に吸収

奥は伊藤隼太選手
奥は伊藤隼太選手

 そこに気づけたから、すぐに行動に移せた。得られるものはすべて手にして帰ろうと。時間があれば矢野燿大監督はじめコーチ陣を質問攻めにした。聞いたことは即、ノートに記した。

 「選手もそうだけど共通して言われるのは、『シュート系のボールが投げられれば、もっと投球の幅が広がる』と」。

 昨年はクローザーというポジションだったので、まっすぐとスライダー、自信のある球だけで十分だった。しかし目指すところはあくまでもNPBだ。これまでは「シュートを投げるという発想はなかった」という山崎投手も「プロにいける人はここですぐチャレンジする。逃げるのは独立リーガー」と、さっそく取り組む構えだ。

矢野燿大監督、福原忍コーチからも学んだ
矢野燿大監督、福原忍コーチからも学んだ

 また野手からの意見も聞かせてもらった。「山崎さん、今成さん、(伊藤)隼太さん…いろいろ聞いたけど、やはり“出し入れ”だと。しっかり内角をつかないと、外だけ張ってたらいいってなる。リスクが大きいところに投げられないと、バッターは振ってくれないってわかった」。

 投手陣のピッチングからも学んだ。「谷川(昌希)さんはしっかり内角をついている。芯があるし、野球が丁寧。プロの世界に入ってすぐ(キャッチャーからのサインに)首を振れる勇気。自分の生きる道を把握して入ってきてるんだと思った」。

■充実の22日間

画像

 両手いっぱいに抱えきれないほどの“おみやげ”をもって、タイガースよりひと足早く安芸を後にしたが、その最終日も山崎投手を感激させるできごとがあった。

 山崎投手に挨拶をさせようと、濱中コーチがグラウンドに野手を集めてくれた。「ボクなんて選手でもないのに、しかもたった22日間いただけなのに…」。濱中コーチの心遣いが胸に染み入った。

 さらに選手がおのおの道具をくれたり、「ずっと友だちやで」(西田直斗選手)、「アルバイトの打撃投手でこんなに可愛がられてるヤツ、はじめてだよ(笑)」(板山祐太郎選手)などと声をかけてくれたりした。たしかにこんなにも馴染み、愛されているのは前代未聞だ。

画像

 そして球場を離れたあと、帰り道で伊藤隼選手からこんなLINEのメッセージが届いた。「3週間、お疲れさま。来年はオレの自主トレにプロ野球選手として参加しにこいよ」―。これには涙をこらえるのに苦労した。

 「本当に嬉しかった。こんな人間になりたいって思った」。人として心から尊敬できる人たちに出会えた。

画像

 山崎投手はしみじみ噛み締める。「いかに周りに支えられてきたか。これまで自分がしんどいとき、いつも誰かが飛躍できる話を持ってきてくれた。今回もそう。恵まれている。小学生のときにテレビで見てたすごい人や野球ゲームの中の人と近い距離で話せて、その人たちに『よくやってくれた。ありがとう。頑張れよ』と言ってもらえた。縁、人との繋がりの大事さに改めて気づいた」。

 「野球をやっていたからこそ、頼られるしんどさも結果が出たときの嬉しさも味わえた。必要とされる喜びも知った。これまでお世話になった人たちに恩返ししていきたい」。

 語り尽くせない感謝の気持ちを、これから形にして返していくことを誓った。

■NPB入りを目指して

画像
画像

 次は“お手伝い”ではなく、自分自身が頑張る番だ。3月1日から信濃に合流する。今年は先発に転向するという山崎投手。BCリーグではこれまで群馬時代に一度経験があるだけだ。

 「投げることは変わらないけど、ペース配分とか抜きどころとか、最初は探り探りになりそう。これまで気持ちの強さでやってきたから、気持ちの持ち運び方が難しいかも」。

 1点も与えられない厳しい場面で登板するクローザーと、まっさらなマウンドに上がって一からゲームを作るスターター。同じ投手でもまったく違う。山崎投手にとっては未知なる世界だ。

 しかし「先発をすることで、これまで知らなかった引き出しを増やせるきっかけになる」と前向きに取り組む。そして「投げる試合はすべて完投を目指す!」と宣言する。

 このタイガースのキャンプで「目指すべき方向性がしっかり見えた。もう年齢的に“伸びしろ”を見てもらえるわけじゃない。完成度やキレ、コントロール…即戦力でないといけない」と確認できた。NPB入りを目指して、自分のピッチングを追い求めていく。

(撮影はすべて筆者)

山崎 悠生やまざき ゆうせい)】信濃グランセローズ

1993年6月12日生/173cm 80kg/左投 左打

50m 5.8秒/遠投 95m

高知県出身/ウィザスナビ高校―高知ファイティングドッグス―群馬ダイヤモンドペガサス

最速146キロのストレート、縦横2種類のスライダー、カーブ、スプリットに加え、「“気持ちの強さ”もボクの球種のひとつです」

フリーアナウンサー、フリーライター

CS放送「GAORA」「スカイA」の阪神タイガース野球中継番組「Tigersーai」で、ベンチリポーターとして携わったゲームは1000試合近く。2005年の阪神優勝時にはビールかけインタビューも!イベントやパーティーでのプロ野球選手、OBとのトークショーは数100本。サンケイスポーツで阪神タイガース関連のコラム「SMILE♡TIGERS」を連載中。かつては阪神タイガースの公式ホームページや公式携帯サイト、阪神電鉄の機関紙でも執筆。マイクでペンで、硬軟織り交ぜた熱い熱い情報を伝えています!!

土井麻由実の最近の記事