カナレスの再生。度重なる負傷離脱と試練を乗り越えて。
若くして、その才能を持て囃(はや)される。だが、一度そこから落ちれば、這い上がるのは簡単ではない。
2018-19シーズンのリーガエスパニョーラで、際立ったパフォーマンスを見せたのがセルヒオ・カナレスである。終盤に失速して10位でフィニッシュしたベティスだが、第12節でバルセロナを破り、最終節でレアル・マドリーを下すなど要所でリーガを沸かす存在になった。
またコパ・デル・レイで準決勝進出、ヨーロッパリーグでベスト32進出を果たした。その中心に、カナレスがいた。魔法のような左足で、彼はベティスの攻撃を牽引している。
■18歳でレアル・マドリーに加入
18歳でレアル・マドリーに加入ーー。ラシン・サンタンデールで燦然と輝いていたカナレスを、フロレンティーノ・ペレス会長は見逃さなかった。2010年夏にカカー、カリム・ベンゼマ、クリスティアーノ・ロナウドとスタープレーヤーが揃うチームに鳴り物入りで移籍した。
その、きっかけになった試合がある。2009-10シーズンのリーガ第17節ラシン対セビージャの一戦だ。セビージャの本拠地サンチェス・ピスファンの一戦で、カナレスは大活躍。彼の2ゴールで、ラシンが勝利した。その3週間後、マドリーが移籍金450万ユーロ(約6億円)でカナレスの獲得を決めている。
しかしながらカナレスの人生の歯車は狂い始める。最初の障害はジョゼ・モウリーニョ監督の就任だ。当時のリーガでは、ジョゼップ・グアルディオラ監督率いるバルセロナが覇権を握りつつあった。そのバルセロナを倒すために、ペレスは劇薬であるモウリーニョを注入した。これは19歳だったカナレスにとって、マイナスに働いた。モウリーニョのマドリーに、若手を育てる余裕はなかった。何より、カナレスはモウリーニョ好みの選手ではなかった。
プレータイムを求め、カナレスは2011年夏にバレンシアにレンタル移籍する。ダビド・シルバ、フアン・マタ、ダビド・ビジャ。彼らはバレンシアで出場機会を積み、ステップアップした。当時のバレンシアには、ジョルディ・アルバがいた。左サイドで創造的な攻撃が可能になる、はずだった。
そこに、次の障害が現れる。負傷がカナレスを苦しめた。2011年10月23日に行われたリーガ第9節のアスレティック・ビルバオ戦で、カナレスは右ひざの前十字じん帯を断裂。そして、2012年4月27日に行われたヨーロッパリーグ準決勝セカンドレグのアトレティコ・マドリー戦で、またしても右ひざの前十字じん帯を断裂した。
それでもバレンシアはカナレスを見捨てなかった。2012年夏にマドリーに800万ユーロ(約10億円)を支払い、カナレスの完全移籍を成立させた。ただ、ミロスロフ・ジュキッチ、ホセ・アントニオ・ピッツィと監督交代が行われ、混沌とするチーム状況でカナレスは出場機会を失っていった。
そのためカナレスは2014年1月に三度(みたび)移籍を志願する。移籍金350万ユーロ(約4億円)でレアル・ソシエダが彼を獲得した。最後の電車が通過する。そう言われたが、そこでもカナレスを負傷が襲った。2015年12月のリーガ第17節レアル・マドリー戦で左ひざの前十字じん帯を断裂。道は突如、塞がれた。
■再生
「タレントを備えながら負傷に苦しめられた選手」というレッテルを貼られたカナレスだが、2018年夏に4度目の移籍を決意する。フリートランスファーでベティスに新天地を求めた。
ベティスでは、キケ・セティエン監督が彼を待っていた。マルク・バルトラ、ジオバニ・ロ・セルソ、ホアキン・サンチェス...。カナレス然り、キケ・セティエン監督の下で多くの選手が再生した。彼らは、まるで生涯を通じてセティエン・ベティスでプレーしてきたかのようにピッチ上で躍動した。不揃いのピースが、ポゼッション・フットボールを通じて噛み合った。
すると、今年3月にカナレスに朗報が届く。スペイン代表を率いるルイス・エンリケ監督が彼を招集した。28歳で、初めてのA代表入り。3月23日のEURO2020予選ノルウェー戦でA代表デビューを飾る。デビューの場所は、奇しくも、苦しい日々を過ごしたバレンシアの本拠地メスタージャだった。
カナレスの世代には、チアゴ・アルカンタラ(現バイエルン・ミュンヘン)がいる。カナレスとチアゴが、次代のスペイン代表を担う。そう、期待されていた。
事実、カナレスは2010年のU-19欧州選手権でスペイン代表の準優勝に貢献している。カナレス、チアゴ、ロドリゴ・モレノ(バレンシア)がチームの軸だった。また、この大会にはアントワーヌ・グリーズマン(アトレティコ・マドリー)、アレクサンドル・ラカゼット(アーセナル)、ダビド・アラバ(バイエルン・ミュンヘン)らが出場していた。
彼のような選手を見れば、ある種のノスタルジーを感じるかもしれない。あの頃のカナレスは凄かった。そういう類のものだ。だが、実際はそうではない。カナレスは、すでに「あの頃のカナレス」を超えている。