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井上尚弥vsカシメロの交渉状況は? 2階級制覇王者リゴンドーも対戦相手に浮上の理由

三浦勝夫ボクシング・ビート米国通信員
ミカー戦のカシメロ(写真:Amanda Westcott/SHOWTIME)

矛先を変えた?カシメロ

 ボクシングのパウンド・フォー・パウンド(PFP)ランキングでトップをうかがうWBA・IBF統一バンタム級チャンピオン井上尚弥(大橋)。今もっとも井上と対戦が待たれているのが同級WBO王者ジョンリール・カシメロ(フィリピン)であることは間違いない。井上自身も最新インタビュー(WOWOWエキサイトマッチ)で「今、一番戦いたい相手は?」の質問に対し「カシメロです」と回答している。

 周知のとおり、井上vsカシメロは今年4月にゴングが鳴る予定だったが、コロナパンデミックの拡大で中止になった経緯がある。そのため井上はジェイソン・マロニー(豪州)とカシメロはデューク・ミカー(ガーナ)を相手に防衛戦を行い、それぞれ快勝した。「いよいよ次に実現か?」という機運が高まっている。

 ただ年末に米国の各メディアが発信する「2021年に実現が待望される10番勝負(あるいは5番勝負)」といった企画になぜかこのカードは見当たらない。米国メディアもファンも“モンスター”井上絡みのカードで、もっとも食指を動かされるはカシメロだと期待するのにどういうわけなのか?おそらく勝敗予想が大きく井上に傾くせいで実力の伯仲したカードと見なされないためだと思う。

 それでもフィリピンへ戻ったカシメロは相変わらず元気溌剌、井上に刺激的な言葉を投げかける。ところが一昨日あたりからカシメロの矛先がWBAバンタム級正規王者ギジェルモ・リゴンドー(キューバ)へ移っている。私は米国メディア(ボクシングシーン・ドットコム)の「カシメロはギジェルモ・リゴンドーとの対決に喜んで応じる」という記事で知ったのだが、日本のメディアでもカシメロがSNSを通じてリゴンドー戦を煽る様子が紹介され、「なるほど」と思った次第だ。

カシメロはパーフェクトな相手

 そこでカシメロのプロモーター兼マネジャー、ショーン・ギボンズ氏の右腕、旧知のハビエル・ヒメネス氏に連絡してみた。(以下に以前の関連記事を掲載)

――ズバリ、カシメロ関連の情報を教えてほしいのだが……。

ヒメネス氏「少し待ってくれ。すぐ送るから」

 しばらくして送られてきたのが、SNSで流れた動画。アップビートのミュージック入りで、カシメロvsリゴンドーのプロモーションビデオのようなもの。早くも両者が対戦するかのような雰囲気だ。

――そうか。ではもう交渉は進んでいるのか?

ヒメネス氏「我々が今言えるのはこれだけだ。あとはそっちで想像してほしい」

 動画にはリゴンドーの発言として「カシメロはタイトル統一のためパーフェクトな相手の一人」というフレーズと「レッツゴー、兄弟!逃げるな!さあ、お互いに顔面を破壊しようぜ!」というカシメロのメッセージが添えられている。

――これだけで判断しろと?

ヒメネス氏「ショーンはそう言っている」

――やはり井上といきなり戦うよりはリゴンドーの方が勝算が高いと?

ヒメネス氏「そう思ってもらって構わないけど、リゴンドーもジムワークを開始したというし、かなりヤル気になっているみたいだよ」

――もし決まれば3月か4月に開催されるという話も出ているが。

ヒメネス氏「希望とすればね。でもまだ何とも言えない」

井上vsカシメロは大アリーナでやりたい

 何とかして最新情報を聞き出そうとするが、ヒメネス氏のガードは固い。とはいえ井上戦のことはどうしても尋ねなければならない。

――カシメロの次の相手が井上ということは絶対にないのか?

ヒメネス氏「ショーンはアリーナにファンが満員にならなければ開催する意味がないと見ている。それほどのビッグカードということだね。それまでファンが待たされるのは仕方ないだろう。でも(コロナパンデミックの)状況が改善されれば一気に実現に向かうかもしれない」

 新型コロナ感染症のため中止になった黄金カードは仕切り直しもコロナ次第ということか。当たり前と言ってしまえばそれまでだが、10月に無観客試合で開催されたワシル・ロマチェンコvsテオフィモ・ロペスのライト級統一戦のケースがあるだけに“特例”も考えられた。しかし少なくともカシメロ陣営は通常の環境での開催にこだわっている。

井上vsカシメロを待つ?ラスベガスの大アリーナ(写真:boxing247.com)
井上vsカシメロを待つ?ラスベガスの大アリーナ(写真:boxing247.com)

――もう一度聞くけど、次はリゴンドーと考えていいのか?

ヒメネス氏「リゴンドーが提示された条件を呑むかどうかだろう。繰り返すけど、まだ何とも言えない」

自己陶酔型のジャッカル

 リゴンドーは不思議な男だ。

 オリンピック連続金メダリストという光り輝く実績を残してプロ転向。スーパーバンタム級統一王者から2階級越えでスーパーフェザー級王者だったロマチェンコに挑戦。2017年12月のことだ。この五輪連続金メダリスト対決、表向きは「拳を痛めた」という理由で途中で棄権したが、リゴンドーは惨敗を回避しようとした姿勢が批判を浴びた。「もう“リゴ”は終わった……」とも思われたが、再起すると今年2月、ウエートをバンタム級まで落とし逆2階級制覇に成功した。40歳という年齢から常識では考えられない快挙である。

 彼のもう一つの不思議さはマイペースを貫くことだ。プロデビューして足かけ12年になろうとしているのに1つの無効試合を含めて22戦(20勝13KO1敗1無効試合)しか行っていない。リングに登場することが極端に少ないのだ。練習好きでジムワークを欠かさず、いつもスタンバイの状態なのに試合が決まらない。そのテクニックとやりにくさで相手から煙たがられるのと同時にリゴンドー自身も試合の選り好みが激しいと聞く。自分の長所を引き立たせる相手でないとリングに上がらない。

 筆者は3年半前、マイアミのリゴンドーの自宅に押しかけてインタビューした。彼は日本と聞くと2014年の大みそかに大阪で行った天笠尚との防衛戦の思い出を語った。遠い異国で歓待されたことがよほどうれしかったのか上機嫌だった。その前、「試合が退屈だ」という理由で米国メディアから敬遠されていたのに反して、日本でリスペクトされたことが彼を饒舌にさせた。

ジムワークに励むリゴンドー(写真:Hosanna Rull / iRULL FOTOS)
ジムワークに励むリゴンドー(写真:Hosanna Rull / iRULL FOTOS)

 そんな“シャカル”(スペイン語でジャッカルの意味=リゴンドーのニックネーム)がいつになく、ヤル気を刺激されているのがカシメロということになる。チャンピオン同士の対決だけにファイトマネーの総額と配分が交渉の焦点となりそうだが、観戦意欲を刺激される垂涎カードである。

 ノニト・ドネア、ロマチェンコとキャリアの節目でビッグネームと対戦したリゴンドー。現役生活にピリオドを打つ前に戦うのはカシメロかはたまた井上か。もっともリゴンドー本人は彼らアジアのパンチャーに勝って有終の美を飾ろうと目論んでいる。42歳のマニー・パッキアオもすごいが、まだ獲物に食いつこうとするリゴンドーの執念も相当なもの。シャカルとはよく言ったものだ。

ボクシング・ビート米国通信員

岩手県奥州市出身。近所にアマチュアの名将、佐々木達彦氏が住んでいたためボクシングの魅力と凄さにハマる。上京後、学生時代から外国人の草サッカーチーム「スペインクラブ」でプレー。81年メキシコへ渡り現地レポートをボクシング・ビートの前身ワールドボクシングへ寄稿。90年代に入り拠点を米国カリフォルニアへ移し、フロイド・メイウェザー、ロイ・ジョーンズなどを取材。メジャーリーグもペドロ・マルティネス、アルバート・プホルスら主にラテン系選手をスポーツ紙向けにインタビュー。好物はカツ丼。愛読書は佐伯泰英氏の現代もの。

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