マナー違反だが罰則は無し。高校野球のサイン盗み問題
伝説の試合は球種伝達があればこそ?
先週、第88回選抜高等学校野球大会に出場する32校が発表された。都道府県大会で優勝した高校が出場する夏の選手権大会と違い選抜はあくまでも招待試合。明確な選考基準がないため出場校について毎年賛否両論の意見が出る。そして今年は中国・四国地区の代表校が発表された後、選考委員長の「残念なことですが、大会中に二塁走者の紛らわしい行為があり、球審から注意された試合がありました」というコメントにも注目が集まった。
高野連の定めた周知徹底事項の中には
「走者やベースコーチなどが、捕手のサインを見て打者にコースや球種を伝える行為を禁止する。もしこのような疑いがある時、審判員はタイムをかけ、当該選手と攻撃側ベンチに注意を与え、すぐに止めさせる」
とある。
今では禁止されているサイン盗み、球種伝達だが禁止されていなかった時代には常套手段とされていた。それが功を奏した場面で最も有名なのは、1998年夏、今なお語り継がれる横浜vsPL学園の延長17回の死闘だろう。平成の怪物・松坂を擁する横浜と対戦したPL学園は2回に3点を先制する。この時、三塁コーチの平石は、ストレートと変化球では捕手の構え方が違うと見抜き「狙え、狙え、狙え」「打て、打て、打て」とかけ声を変え打者に球種を伝達していた。横浜にとってみれば25イニング連続無失点だったエースが突如下位打線に打たれるという異常事態、三塁コーチの声とその原因に気付いた横浜ベンチはストレートの時も変化球の時も構えを変えないよう捕手に指示し次の回から修正させた。相手のわずかな癖に気付いた洞察力が見事なら、異変とその原因をすぐさま突き止めた察知能力も見事。高度な読み合いによるハイレベルな野球が展開されていた、という美談として残っている。球種伝達が無ければ伝説の試合は単なる好ゲームの1つでしかなかったかもしれない。
最後に頼るのは当事者の良心だけ
しかし今、これと同じことをやったら間違いなく叩かれる。にもかかわらず上記の周知徹底事項が制定された後も二塁走者の不自然な動きを球審に注意される、ショートがポジションに就くのを遅れること覚悟の上で二塁走者と打者の間に立ち壁役となる、ということがあった。これらは全て近年の甲子園の試合でのことである。
攻撃時の盗塁やエンドランのサインは複雑に作ってある。相手チームにも見られることが前提のためだ。しかし、捕手が投手に送るサインは見られることが前提とされていない。それを伝達されるとなると、対抗策としてまずは簡単に解読出来ないサインを用いることが考えられる。他にもコースや球種伝達を逆手にとり相手の裏をかくという戦略もある。第二回WBCのキューバ戦で、松坂ー城島のバッテリーはあえて逆球を投げ込むことでキューバ打線を手玉に取りチームを勝利に導いた。
しかし複雑なサインは試合時間を引き延ばす要因となり、逆球で裏をかいてもそれが読まれると次は裏の裏をかいて、次は裏の裏の裏を・・・と際限のないいたちごっこが繰り返されるだけ。
サイン伝達はマナー違反ではあるけども審判が注意するだけで罰則規定は無い。周知徹底事項の他の項目には例えば「喜びを誇示する派手なガッツポーズなどは、相手チームヘの不敬・侮辱につながりかねないので慎む」というものもあるがこれも完璧に守られているとは言い難い。ただしそれは熱戦に終始を打つ会心の当たりを放った瞬間、思わず右腕を突き上げてしまったなどつい無意識にやってしまうもの。一方、サイン伝達はチームとして故意にやらないと成立しない。思わずやってしまったということはあり得ない。それでもこの問題の扱いが難しいのは、本当にコースや球種を伝達しているのかは当該チームにしかわからず、最後は当事者の良心に頼らざるを得ないからだ。他のチームもやっているから、やらないと損。もし教育の一環であるはずの高校野球でそんな考えがまかり通るならば、開会式の選手宣誓で高らかに宣言される「正々堂々」という言葉は誰の胸にも響かない。