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コロナとチェルノブイリ&ソ連崩壊。香港を機にアメリカは中国共産党解体を戦略とするか。

今井佐緒里欧州/EU・国際関係の研究者、ジャーナリスト、編集者
1986年4月大爆発したチェルノブイリ4号炉。20万人が避難・移住したと言われる(写真:ロイター/アフロ)

ソビエト連邦の崩壊につながったあの大惨事――チェルノブイリ原発事故を新型コロナウイルス問題と結びつけて考えられ始めたのは、3月頃だったと思う。

トランプ大統領は「中国ウイルス」と発言、中国外務省報道官は、「武漢に流行をもたらしたのは、米軍かもしれない。透明性を示せ! 情報を開示せよ! 米国はわれわれに対して説明責任がある!」と、苦笑するしかないことを叫び始めていた。

中国政府はチェルノブイリを意識しているのではないか、コロナ問題を中国共産党崩壊の危機と捉えているのではないか、だからこそ新型コロナウイルスの発生源を、なんとしてでも中国ではないことにしたいのではないか――そう感じさせた。

はたして、チェルノブイリ原発事故とソ連崩壊のように、コロナ問題を機に、中国共産党支配は崩壊してゆくのだろうか、そしてアメリカは、中国共産党解体を視野に入れる戦略をもつのだろうか。ここ数ヶ月、筆者はこのような視点で国際関係を注視している。

今までは米大統領選のこともあるし、欧州連合(EU)や他の先進国の反応が今ひとつ不明なところがあった。しかし、香港問題が起こった。

中国が香港の一国二制度を消滅させ、人権弾圧につながる法案を可決したとき、「ああ、やってしまった・・・」と感じた。香港問題では、西側の国々は一致団結して、中国に圧力を高めることになるに違いないからだ。

香港問題は、歴史の大転換点になる可能性があるのではないか。

チェルノブイリ原発事故とは

1986年4月26日深夜(25日25時半ごろ・モスクワ時間)、ソ連のチェルノブイリ原発4号炉が、大爆発事故を起こした。

点検期間に行われた、試験中のことだった。

当初ソ連政府は事実を隠蔽しようとした。でも、しきれなかった。

最初に大事故に気づいたのはスウェーデンだ。原発作業員のいつもの検査で異常な放射能が検出され、原発施設では警報アラームが鳴り響いたという。北欧で西欧で、高レベルの放射能が検出され、もはや隠すことは不可能だった。

事故から1週間後、8000キロメートルも離れた日本にも放射能は到達した。5月はじめに、予想をはるかに超えた放射能の雨が降り、葉物の野菜、新茶、汚染された牧草を食べた乳牛からのミルクなどからかなり高い汚染が現れたという

ミハイル・ゴルバチョフは、1985年3月、ソ連のトップである共産党書記長に就任した。

就任1年後のソ連共産党大会では、経済の立て直しをはかるべく「ペレストロイカ(改革・再建)」を提唱、市場経済の導入をはかろうとした。

そのわずか1カ月後に、チェルノブイリ原発事故が起きる。

欧米では、政府も市民も、自分の命にかかわる問題なので、ソ連に情報公開と透明性を極めて強く求めた。

こうして「グラスノスチ(情報公開)」と「ペレストロイカ」は、民主的な色彩の強い政治改革を進めるゴルバチョフ書記長の、2大スローガンとなった。

ソ連が崩壊したのは1991年12月、チェルノブイリ事故から5年半後のことであった。

経験者が語っていた3月

コロナとチェルノブイリを結びつける連想は、特に珍しくはない。

欧米では、専門家からメディア、一般の人まで多くの人が同じことを思ったろう。筆者は大勢のうちの一人に過ぎない。

3月頃まではまだ、チェルノブイリ原発事故の体験者が語るものが多かったように思う。

ポンペオ国務長官が「武漢ウイルス」と連呼して、中国が反発したことは、当時を知る人々には当時の政治も思い出させた。ソ連と中国の類似性である。

中国外務省の趙立堅報道官は「患者ゼロ号は武漢ではなく米国からやって来た可能性がある」と、ツイッターに中国語と英語で投稿。米中の言い争いが激化していった頃のことだ。

クレムリンと北京は同じことを

ここで、3月中旬に『ニューヨーク・タイムズ』に掲載された「オピニオン」を紹介したい。

タイトルは「34年前のモスクワで、私は政府が大惨事の処置を誤ったのを見た。なぜそれが昨日のように感じるのか?」

著者セルジュ・シュメマン氏は、当時モスクワ支局長としてチェルノブイリ事故を体験した。

彼は当時「記者としては、事実とプロパガンダを区別しようとし、個人としては、風にのってやってくる静かで見えない脅威(放射能)に対処しようと」していた。

今でこそゴルバチョフは、ノーベル平和賞も受賞した「ソ連を改革と民主主義に導き、冷戦を終結させた人物」である。しかし就任1年後に事故が起きた時は、いかにソ連の古い体質がそのままだったかが描写されている。

プロパガンダ・マシン(ソ連政府のこと)は、談話の制御を失い、事実と警告をしたたり出すことを余儀なくされた。

しかし、西洋を非難するという古い習慣は、残っていた――今日に至るまで残っているが。「アメリカ人と西ヨーロッパ人は、チェルノブイリを利用してソ連の信頼性を損ない、『憎しみのキャンペーン』を煽っている」と主張するものだ。

これは、ゴルバチョフ氏が、大惨事を公に認める数週間前の状況だ。

驚くことではないが、中国の権威主義政府は、武漢におけるコロナウイルスの最初の広がりに対して、クレムリンと同じ反応をたくさんした。

しかし、北京の情報統制能力は、デジタル時代の前だったソ連よりもはるかに小さかった。

世間は李文良医師を称賛した。この医者は、早期にコロナウイルスの発生を警告したが、「社会秩序を著しく乱す」と公式に非難され、惨事で死亡した。

ソ連では、チェルノブイリは、生命維持装置が必要になっていたシステムにとって、終焉を早めた重要な瞬間であった。

コロナウイルスの扱いも、これからが報いの時であり、パンデミックはわが国を含む世界の被災地に深い痕跡を与えることは間違いない。

1986年の惨事では、このような分析はすべて、危険がおさまった後に始まったのだ。

歴史は繰り返されるのだろうか――人々のそんな漠たる思いのなか、米中の言い争いは鮮烈さを増していった。

それは、アメリカで、ポンペオ国務長官を筆頭に、トランプ大統領の周囲の人が、ウイルスは中国の研究所の内部から発生したと主張し始めたからであった。

「危険なコウモリ・コロナウイルスを研究していた武漢の施設では、本来あるべきほど厳密に管理されていなかった。中国政府はこの事件を隠蔽し、研究所近くの海鮮市場からパンデミックが始まったと非難して、独立した調査を拒否した」――というものだ。

「ウイルスは武漢研究所でつくられたのか」をめぐる米政府の内幕

4月19日に発表された『ポリティコ』の記事が、この頃の政府内外の様子をよく説明している。以下に一部を紹介したい。

上述のような理論は、かつては、ほんの一握りの反中強硬派が推し進めていたという。

しかし4月には、毎晩、大統領の好きなゴールデンタイムのフォックス・ニュースで、容赦なく鞭打つように主張されていた。

ポンペオ国務長官をはじめとする他の政府関係者は、この話にさらに信憑性を持たせて、北京に回答を求め続けていた。

ネット上では、まるでウイルスが研究室で作られたかのような論争が流行していた。科学者たちはこの考えに懐疑的であり、アメリカ国防省のトップたちも同様だった。

大統領の支持者たちにとっては、自国の惨事の責任回避のため、この話題が魅力的に映ったようだった。

でもこのことによって、北京がこれまで秘密にしてきた科学的データを出させる、新たな力が生み出されたのだ。

アメリカの諜報機関はどうだろうか。彼らは、この考えを明確に否定しているわけではない。

諜報関係者によると、彼らは何カ月も前からこの仮説を検証しており、議会の諜報委員会はそれを裏付ける確かな証拠が存在するかどうかを様々な機関に尋ねているという。

この件に詳しい複数の情報筋が『ポリティコ』に語ったところによると、今のところ何もないという。「合意は得られていない」とある政権関係者は語った。

ウイルスの起源はどこなのか、北京でさえ真実を知らず、探しているように見えないという事実があるために、突き止めるのはさらに困難になっている。

ウイルスの起源について、鉄壁の信頼性が高い発見がなければ、情報機関は、武漢実験室での実験が失敗したためにウイルスが拡散したという可能性を、完全に否定することはできないだろうという。

「生物のチェルノブイリ」

「中国の『タカ派』は、武漢研究所をパンデミックの原因として、最初から指摘してきた」と言うのは、スティーブ・バノンである。

トランプ政権発足当時、ホワイトハウスの首席戦略官に就任したあの人物だ(注:わずか7カ月しか在任しなかった)。

彼は「パンデミックは、中国共産党の『生物のチェルノブイリ』である」と説明した(注:4月末には、彼は公にも、中国はアメリカに対して生物のチェルノブイリを犯したと発言した)。

バノン氏は、この時を利用して、米国と北京との関係を根本的に見直すよう大統領に促してきた、執拗に中国批判をするグループの一人である。

トランプ大統領は、あいまいな暗示的なことは言ってきたが、3月24日「『中国ウイルス』『武漢ウイルス』と呼ぶことを止める」と発表した。中国との多方面に渡る外交関係のためや、必要な医療物資の供給を中国からの輸入に頼っているためと言われる。

ある政府関係者は「ホワイトハウスは、ここで微妙なダンスをしなければならない」「しかし、連邦政府の他の所では、この件でもう少し前進していくことになるだろう」「国防総省と国務省はより前向きであり、これは計画的なものだ」という。

ただ、軍の指導者たちは、過激な説にはより慎重になっている。

アメリカ軍制服組のトップであるマーク・ミリー統合参謀本部議長は、実験室説のより極端なもの、つまり「ウイルスは人間によって作られたもので、おそらく生物兵器として作られたものだ」とする説には、あまり納得していないようだ。

「証拠は、自然発生であることを示すほうに重みがあるようだ」と彼は言った。マーク・エスパー国防長官も同じように述べ、この問題に関する情報機関の調査は「結論が出ていない」と付け加えた。

実際これまでのところ、ウイルスのゲノム(遺伝子)研究では、ウイルスが人工的に作られたという兆候は見つかっていない。

最高幹部が香港問題で「チェルノブイリ」発言

上記『ポリティコ』の記事は、4月19日発表のものだ。

この記事を見ていると、まだホワイトハウスや関係者が一丸となって、コロナ問題を機にした明確な中国戦略をもっているようには見えない。

しかしその後、事態は変化してゆく。

「人工的につくられたウイルス」説はなりを潜めてきたものの、5月初めにトランプ大統領は記者会見で、再びウイルスは武漢研究所から流出したとはっきりと主張。「彼らはウイルスをキープすることができたはずだ、止めることができたはずだ、でもしなかった」と非難した。

そして5月24日、とうとうホワイトハウスの最高幹部であるロバート・オブライエン大統領補佐官(国家安全保障問題担当)が、米NBCテレビのインタビューで重要発言をした。

ロイター通信によると、北京は11月から武漢で発生したウイルスについて何が起きているかを知っていたが、世界保健機関(WHO)に嘘をつき、外部の専門家が情報にアクセスするのを妨げたと、彼は言った。

「彼らはウイルスを世界に放ち、アメリカでの経済的な富を何兆ドルも破壊しました。この富は、ウイルス問題の間、経済を維持しアメリカ人が何とかやっていくために使わなければいけないものです」

「彼らが行ったウイルスの隠蔽工作は、チェルノブイリと並んで歴史に名を残すことになるでしょう」

「10年、15年後にはテレビ(HBO)の特別番組が放送されるでしょう」

米政府高官が公に「チェルノブイリ」を引き合いに出して発言したのは、前例がなかったのではないだろうか。

重要なのは、この発言は、中国が香港に国家安全法制度を適用して、一国二制度を破壊しようとしていることを批判した場面でなされたことだ。

オブライエン氏は、「中国は香港を乗っ取ろうとしている」と中国政府を批判した。

数日後の5月28日、中国の全国人民代表大会は、国家安全法を賛成2878票、反対1票、棄権6票の賛成多数で可決した(この反対票を入れたのは香港人だろうか)。

ホワイトハウスは、香港問題をきっかけに、コロナ問題を第二のチェルノブイリ視して、中国共産党解体を視野に入れた政策をすすめることを決めたのだろうか。

中国政府のほうはといえば、もともと香港は火種があったが、あからさまに極端な措置はとらないようにしてきたはずだ。しかしコロナ問題で対応が硬直したように見える。

これは中国共産党にとっては、決して切ってはいけないカードだったと思う。

香港問題は、アメリカも欧州連合(EU)も英国も、カナダもオーストラリアもニュージーランドも、決して黙っていられない。「異なる人々が民主主義のもとに共存、一つの国や連合をつくる」という、自分たちの国やEUの「存在の根本価値(レゾンデートル)」に関わってくるからだ。

最近は「米中戦争」と言われてきたが、筆者にはずっとアメリカが圧倒的に強く、中国は防御に必死で、一方的に反動化しているように見えた。これは末期症状なのだろうか。

香港に軍事的な示威行動に、ヒステリーな米国批判に――中国が「共産党崩壊の危機」と捉えていると見れば、今までの行動の理由がすっきりと見えてくるように思える。

今までは欧州の出方が今ひとつわからなかったので、どこまで「中国包囲網」が築かれるのかわからなかった。でも香港問題は、特に香港市民の反対デモへの対処によっては、情勢を一変させる力があるのではないか。

欧州やアフリカ情勢を入れてこの原稿を完成させたかったが、既に長いので、稿を改めることにする。

欧州/EU・国際関係の研究者、ジャーナリスト、編集者

フランス・パリ在住。追求するテーマは異文明の出会い、平等と自由。EU、国際社会や地政学、文化、各国社会等をテーマに執筆。ソルボンヌ(Paris 3)大学院国際関係・欧州研究学院修士号取得。駐日EU代表部公式ウェブマガジン「EU MAG」執筆。元大使のインタビュー記事も担当(〜18年)。編著「ニッポンの評判 世界17カ国レポート」新潮社、欧州の章編著「世界で広がる脱原発」宝島社、他。Association de Presse France-Japon会員。仏の某省機関の仕事を行う(2015年〜)。出版社の編集者出身。 早稲田大学卒。ご連絡 saorit2010あっとhotmail.fr

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