「経験専門家」という専門性 オープンダイアローグ ワークショップからの学び
職員から「オープンダイアローグという統合失調症患者への治療モデルが、若者支援や家族支援の現場で応用できるのではないか」という示唆を受け、昨年、筑波大学の斎藤環教授のもとを訪れた。
そこでオープンダイアローグ(開かれた対話)という手法は若者支援でも、家族支援でも有効性が見込まれ、それを学び、実践に結び付けていくためのワークショップを開催することになった。
先月、二日間のワークショップの一日目が終わり、斎藤教授から聞いた「経験専門家」という言葉を知った。 きっかけはロールプレイの終わりに行った参加者と斎藤教授とのセッションにあった(以下は筆者意訳)。
参加者:(クライアントに)認知の偏在がある場合、オープンダイアローグでどのような変化が起こり得るでしょうか。変化が起こるケースと起こらないケースの分岐点はあるのでしょうか。例えば、医師のような肩書や権威ある存在がいるときと、専門職でない存在がいるときで、クライアントにとって受け取る印象が違うのではないでしょうか。
斎藤教授:認知行動療法とオープンダイアローグも同じで効果があるだろうと考えます。日本で言うとピアの参加。向こうでは「経験専門家」と呼びます。彼らはもともと患者であり、自分の体験を(オープンダイアローグに)反映できます。病気の経験があるということは、認知の変化を体験しているということです。そうなると説得性が増してきます。自己体験を話してくれるだけでもインパクトが大きい。共感がダイアローグのポイントですので、共感の高まりは大切です。ポリフォニックな意見を聞くことによって、本人は自分の考え方を相対化できます。
育て上げネットでも、もともと無業期間を持っていたり、ひきこもり状態であった経験を持つ職員がいる。ただし、経験者であるからということはほとんど意識していなかった。
また、対人支援団体において、元当事者という経験を持つ職員の方に出会うこともある。もともとその団体が行っている活動に参加していて、そのまま職員になったという自己紹介を受ける。
それぞれの組織において人材採用をどのように設計しているかはわからないが、意識的、無意識的に当事者であった経験に価値を置いているということはあるのではないだろうか。
イギリスでは、「エキスパートペイシェント(患者専門家)」という取り組みもあるそうだ。
さまざまなヒアリング調査を受けるなかで、比較的よく聞かれるのは「どのような専門性が求められるのでしょうか」というものだ。特に行政からのヒアリングの場合、それはどこかがお墨付きを与えた「資格」を意味することが多い。臨床心理士、社会福祉士、精神保健福祉士、キャリア・コンサルタントなどだ。分野によっては、保育士や保健師、医師、保健師、作業療法士などがコアな専門資格として当てはまる。
国や自治体の事業は、「原則として〇〇士とする」といった資格要件が指定されていることもある。ただし、有資格者に限定せず、「〇〇分野における経験が3年以上あること」という言葉が入ることも少なくない。
国家資格や民間資格を取得しているもの、そして資格はなくともその現場で数年の経験を有するものを配置することに異論があるわけではない。ただ、何かの課題を持っていたり、苦しい経験を有しているひととかかわる場合、想定するクライアントと同様の、または、類似の経験に価値を置くならば「経験専門家」の配置を事業設計に組み込むことを検討してもいいのではないだろうか。
昨年7月に来日されたフィンランドのケロプダス病院のスタッフによるイベントのチラシにも、リーッカ・サヴォライネン心理士とともに、ヘレナ氏が講師を務めている。その肩書には「経験専門家」と記載されている。
特に、オープンダイアローグのような対話型支援を、複数名のチームで行う場合、斎藤教授が言う変化体験による説得性や共感性が高まり、自己体験を話す(クライアトは聞く)こと意見の相対化をもたらし得る。それは専門性の有無とは別に、経験の有無という軸で提供される専門的な価値と取ることもできる。