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ノルウェー王室メンバー、薬物と暴力事件で波紋広がる

鐙麻樹北欧・国際比較文化ジャーナリスト|ノルウェー国際報道協会役員
女性への暴力と薬物使用で逮捕されたマリウス・ボルグ・ホイビー(写真:Splash/アフロ)
  • ノルウェーの王室メンバー、マリウス・ボルグ・ホイビー氏は、交際相手に対する身体的暴力や破壊行為の容疑で逮捕された
  • 警察による取り調べを来週受ける
  • 本人は薬物使用中に暴力を振るったことを認めている
  • 他の元交際相手が「今回が初めてのことではない」と証言

何が起きた?

暴力沙汰は8月4日に起きた。

オスロにある交際相手の自宅にいたマリウスは、夜に彼女に対して暴力をふるう。女性の友人は、このことを警察に通報。警察は暴行容疑でマリウスの身柄を拘束。容疑はアパートへの犯罪的損害賠償にまで拡大された。女性の弁護士は「首を絞められて殴られた」という話もしている。

警察の起訴状によると、マリウスは彼女のアパートで暴力を振るい、怪我をさせた。警察はアパートからナイフを押収。マリウスは暴行と犯罪被害で起訴された。

何日も経ってから、やっとマリウスはノルウェー公共局に声明を出した。

「先週末、あってはならないことが起こりました。口論になり、アルコールとコカインに酔った状態で、アパートの一室で身体に危害を加え、物を破壊しました。私にはいくつかの精神疾患があり、幼少期から成人してからも、ずっと困難を抱えてきましたし、今も抱えています。長く薬物乱用と闘っており、以前は治療を受けていました。これからはこの治療を再開し、真剣に取り組みます。

私にとって最も重要なことは、彼女への謝罪です。このような時にカメラマンやジャーナリストから迫害されるのは、大変なことだったと思います。

家族にも謝りたい。私の行動が大きな影響を与えたことを理解しています。心からお詫び申し上げます。このようなことは決してあってはならないことであり、行動の全責任を負います」

ノルウェー公共局

女性の弁護人は、ノルウェー公共局に対して、「二人はもう関係を持たない」と回答した。

元交際相手も証言「初めてのことではない」

マリウスの声明は、かつて、同じく精神的・身体的な暴力の被害にあった元彼女の怒りを買うこととなった。

「まるでこれが、今回、1回限りのことのように」語ったことに、彼女は我慢ができなかった。

「もう黙っていられません。私は以前、問題の人物から精神的・肉体的暴力を受けたことがあります。
精神的な暴力は、私にとって最も残酷なものでした。このようなことは以前にもありました。これ以上多くの女性がこのような目にあうことを許容してはいけないと思うし、このことを公にする責任があると私は感じました。
トラウマに他人をさらす行為が、いかに本人の人格形成に影響を与えるかを理解している人は少ないと感じています。何年も専門家の助けを借り、家族、婚約者、友人たちに支えられても、私は同じ人間には戻れていません」

ダーグブラーデ紙が報じた元交際相手の証言

さらに、もう一人別の交際相手もマリウスから過去に暴力を受けたとSNSで告白。つまり、少なくとも3人の女性が暴力を受けていたことになる。ノルウェーの警察は、この3件の事件の取り調べを進めている。

国内メディアは当初は女性を匿名で報道していたが、3人のうち2人はインフルエンサーでもあり、交際関係は国内では知られていたこと、また実名で声をあげたことで、現在2人は顔写真・名前付きで報道されている。

事態はさらに悪化した。マリウスが交際相手に暴言を浴びせている音声がメディアに渡ったのだ。「火をつけるぞ」と脅す音声記録は、事態を深刻化させている。

これは単なるロイヤルファミリーのスキャンダルではない。ノルウェーの社会問題も複雑に絡んでいるため、マリウスの「目立ちたくない」という希望は通らない。

#metooの反省、圧倒的な権力を持つ男性の問題

まず、マリウスはいずれ王と王妃になる、ノルウェーで最大の権力を持つカップルの大切な子どもであることには変わりはない。それに対して、暴力を振るわれた女性たちは逆だ。インフルエンサーであっても、マリウスに匹敵する「パワー」など持ち合わせてはいない。

その力関係があるにも関わらず、マリウスの「まるで今回だけかのように、自分はつらい過去も抱えているし、反省しています」という態度に問題がある。

#metooでも指摘されてきたことだが、ノルウェーでは男女の力関係が明らかになったとき、暴力をふるった男性側のほうが社会的に力を持っていることが多い。男性側にはお金も社会的地位もあり、弁護士など応援団をつけ、メディア対応にも慣れている。女性は反対だ。

騒動が「終わったかのように」見えても、権力を持つ男性はメディアなどに出続け、女性は「かつて自分に暴力をふるった男」を「メディアで見続けなければいけない」状況に追い込まれる。長期にわたる被害構造が指摘されてきた。

圧倒的に脆弱な立場にいるのは女性側であることは明白であり、弱い立場をメディアは守ろうとする。

薬物という社会問題

さらに、薬物が絡んでいることが、単なる「ロイヤルファミリーのスキャンダル」で終わらせない。

ノルウェー社会全体の問題を反映しているために、政府側が国内の薬物対策についてコメントする事態にもなっている。

欧州薬物・薬物依存監視センターが発表した「欧州薬物レポート2024」では、15歳から34歳までの若者のコカイン使用率は、アイスランドとオランダに続いて、ノルウェーとデンマークが4.2%と欧州で第3位。

マリウスの人脈には薬物犯罪や暴力団に関係する人々がいることも報道されている。これは単にマリウスという一人の男性の問題ではないのだ。

王位継承権を持たない、皇太子妃が連れてきた子ども

「息子は公人ではない」とノルウェーの報道の在り方を批判してきた王太子妃、隣はホーコン王太子
「息子は公人ではない」とノルウェーの報道の在り方を批判してきた王太子妃、隣はホーコン王太子写真:ロイター/アフロ

マリウスはメッテ=マリット王太子妃の息子だ。別の男性との間で1997年に誕生。ホーコン王太子と結婚したときに、4才だったマリウスは王室の一員として迎えられた。

メッテ=マリット妃はかつて薬物を使用していた時期もあり、別の男性との子どももいたことから、王太子との交際は当初は国民に反対された。しかし、涙を流して謝罪する生放送を経て、妃は今や王室メンバーの中でも人気の高い存在だ。

事件は皇太子妃の公務にも影響を及ぼしており、事件後、皇太子妃が交際相手に連絡したことも報道された。今後、母親として、警察や裁判所に供述するかにも注目が集まる。

「目立ちたくない」マリウスの扱いに、ジレンマを抱えてきたノルウェー

ノルウェー国民のメディアと国民の視線を浴びながら、王位継承権を持たないマリウスは複雑な人生を歩んできた。「目立ちたくない」と公務はせずに、王室の公式ポートレート写真にも今は参加していない。

しかし、「目立ちたくない」発言とは反対に、実名・顔出しでSNSを使うなど、その行動の一貫性のなさに国内メディアからは批判されていた。ノルウェーのメディアは、特権性の自覚のない人に対しては容赦はしない。

どこまで報道するか? メディアの葛藤と責任

ノルウェーのメディアは「報道倫理要綱」に従い、通常は刑事事件関係者の名前や写真の報道には慎重だ。しかし、なぜここまで報道するのかという疑問に対しては、メディアは市民に対し何度も説明を行っている。ここは、日本の報道文化とは異なる点だ。

王室メンバーであること、そして特別な地位にいることが報道される理由の一つ。マリウスは公務を担っていないため、本来であれば私生活をもっと保護される権利がある。しかし、次の点がメディア報道に影響を与えている。

  • 王室メンバーであり、特別な地位にいること
  • インスタグラムの公開プロフィールで6万人のフォロワーを持つこと
  • 本人も望む私生活の保護

各メディアの責任者は「報道するかどうかのジレンマはあるものの、報道すると決めた」と説明を繰り返している。

ノルウェーの社会問題を映し出す

ここ数日の間で、騒動は拡大し、薬物という社会問題、特権を持つ男性の女性に対する暴力行為など、さまざまな観点で批判や議論が続いている。このことは近隣の北欧諸国でも大きく報道されている。

騒動が続くノルウェー王室

今、ノルウェー王宮の中では関係者で対策が練られているだろう。何より、時期が悪すぎる。

今月末は、「天使と交信できる」プリンセスと、米国の霊媒師で「私の半分は爬虫類で、もう半分は銀河」発言をする男性が結婚をするのだ。この霊媒師だけでもロイヤルニュースは十分だったのに、マリウスの薬物と暴力事件が起きた。

この家族、当分ニュースが絶えなさそうだ。

北欧・国際比較文化ジャーナリスト|ノルウェー国際報道協会役員

あぶみあさき。オスロ在ノルウェー・フィンランド・デンマーク・スウェーデン・アイスランド情報発信15年目。写真家。上智大学フランス語学科卒、オスロ大学大学院メディア学修士課程修了(副専攻:ジェンダー平等学)。2022年 同大学院サマースクール「北欧のジェンダー平等」修了。ノルウェー国際報道協会 理事会役員。多言語学習者/ポリグロット(8か国語)。ノルウェー政府の産業推進機関イノベーション・ノルウェーより活動実績表彰。著書『北欧の幸せな社会のつくり方: 10代からの政治と選挙』『ハイヒールを履かない女たち: 北欧・ジェンダー平等先進国の現場から』SNS、note @asakikiki

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