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通報免除に安心感 茨城・大洗のオーバーステイ外国人ワクチン接種、想定超え225人に 全国で可能

米元文秋ジャーナリスト
茨城県庁でのワクチン接種を終えたオーバーステイのインドネシア人たち=米元文秋写す

 茨城県大洗町に住むオーバーステイ(超過滞在)外国人を対象として、茨城県庁で10月17日から行われている新型コロナウイルスのワクチン接種で、11月2日までにインドネシア国籍の225人が1回目の接種を終えた。同町が想定していた200人を上回った。

 オーバーステイの人々への接種をめぐり、自治体職員の取り締まり当局への通報義務を免除できるとする政府の見解(厚生労働省事務連絡)を、大洗町がインドネシア人コミュニティーに周知し、対象者の間に安心感が広がって接種が増えた。

 出入国在留管理庁(入管庁)によると、通報しない運用は全国の自治体で可能だ。住民票にひも付けされている接種券が届かなかったオーバーステイの人々への接種が、各地で進展するかが注目される。入管庁が「不法残留者」と呼ぶオーバーステイの人々は7月1日現在で7万3327人に上る。

教会関係者がイスラム教徒の接種も支援

 接種券発行申請書は、町内のインドネシア人キリスト教会が中心となって取りまとめたが、教会関係者が「人道的な見地」からイスラム教徒の同国人の接種もサポートした。教会幹部によると、今回、十数人の接種が実現したという。イスラム教徒は大洗町内ではキリスト教徒のような活発なコミュニティーを持たず、通常、町役場との接点は乏しい。

「警察、入管が待ち構えているかも」

 1回目の接種は10月18日から11月2日まで行われた。大洗町の教会で車に分乗し、水戸市内の県庁に向かうインドネシア人たちは、珍しく言葉少なで、緊張感が漂う。

 その1台には、拙稿〈今も残る「ワクチン以前の世界」 呼吸困難で救急搬送 オーバーステイ外国人のリアル 茨城県大洗〉で取り上げたリリーさん(仮名、32)と夫(34)も乗っていた。

 車は県警本部近くを通り、県庁福利厚生棟の大規模会場の来場者駐車場へ向かった。オーバーステイの人たちの目から見れば、取り締まり当局の中枢に飛び込む格好となる。

 「もし、警察や入管が待ち構えていたらどうしようと思うと、気が気でなかった。バラバラで行くのは怖かった。でも、友人や教会の牧師と一緒だったので安心できた」とリリーさんは微笑んだ。「もらった書類は日本語で、あまり意味が分からなかったけれど、医師に『元気?』と聞かれたので『はい、元気』と答えた。後ろには坂本社長が付き添ってくれた」

 坂本社長とは、同国から日系人や技能実習生らの受け入れに取り組んできた坂本裕保さん(71)。オーバーステイの増加に顔をしかめつつ、「彼ら、彼女らもまた人間だ」と言い、接種実現に尽力した。町役場とインドネシア人コミュニティーをつなぎ、接種券発行申請書の作成から接種会場への送迎、通訳まで、ボランティアとして奔走した。

リリーさんの夫は接種翌日になっても、接種のあとに保護パッチを貼ったままだった=米元文秋写す
リリーさんの夫は接種翌日になっても、接種のあとに保護パッチを貼ったままだった=米元文秋写す

「楽しかったです」

 接種のすぐ後、担当の女性が「どうでしたか」と、若いインドネシア人男性に質問すると、男性が「楽しかったです」と日本語で答え、その場が笑いに包まれる一幕もあった。就労現場で覚えた挨拶だろうか、接種後の待機時間が終わると、「ありがとうございました」と一礼し、会場を出ていく人が多かった。

 インドネシア人は、写真や動画の撮影、特にセルフィーが大好きな傾向がある。撮影が禁止されている接種会場内でもスマホをかざす人が絶えず、会場の担当者から注意を受けていた。

 インドネシア人教会などで組織する大洗町インドネシア連絡協議会によると、3日までの段階で、オーバーステイの同胞が接種の際に当局に身柄を拘束されたとの情報はない。

なお様子見る人も

 大洗町は全住民約1万6000人のうち正規の在留資格を持つ外国人が約800人を数え、水産加工業などを担っている。国籍別ではインドネシア・北スラウェシ州出身の日系人キリスト教徒を中心とするインドネシア人が最多の約400人。筆者は複数の関係者への取材を総合し、このほかにオーバーステイのインドネシア人約200人がいるとみていたが、今回、1回目の接種を受けた人だけで225人に上った。

 225人のうちイスラム教徒が十数人だが、インドネシア人教会関係者によると、さらに十数人程度のイスラム教徒が未接種のまま残っているもようだ。

 スシロさん(仮名、46歳)も、その一人だ。仕事帰りを直撃すると「コロナが怖くない人がどこにいる? しかし、接種の申し込みで住所などの情報を記入するのも怖い。まずは様子を見る」と胸の内を明かした。

「子供たちを大学にやるため働く」

 インドネシア・東ジャワ州で米作りの農家だったが、「日本で就労可能なビザを得て工場で働ける」というブローカーの話を信じ、借金をして4000万ルピア(約32万円)を支払い、2015年に来日した。

 ブローカーの話はでたらめで、オーバーステイとなった。「16年に大洗に移ってきた。最近は鉾田市でのイモの収穫で忙しい。午前6時に家を出て、7時から8時間働く。時給800円で8時間働いて1日6400円になる」。ちなみに茨城県の最低賃金は10月1日から879円、それ以前は851円だった。実際に800円だとすると最賃に足りない。「勤め先はインドネシア人が3人いるが、みんなオーバーステイ。農家の主人も知っているはず」

 「雨の日は仕事がないので月20日前後働き、12万円少々の稼ぎだ。うち4万~5万円を家族に仕送りしている。妻は母国でミーアヤム(鶏肉ラーメン)の屋台をやっている。月300万ルピア(約2万4000円)ぐらいの利益があったが、コロナ対策の規制の影響で100万ルピアに減ってしまったんだ」

 「子供3人の教育費を稼ぐために、ここで働いている。私たち夫婦は高卒なので、できることならば子供は大学にやりたい。日本のような遠方まで働きに行かなくてもいいようにね」とスシロさん。「来年5月ぐらいには帰国したい。(スマホの)ビデオコールがなければ、もう帰国していたと思う」。取材を終え、部屋を出るときも女性からビデオコールがかかってきた。

 ビデオコールで家族の顔を見ながら話すことを心の支えに、子供の教育費を稼ぐため、農作業や土木解体現場で汗を流す―。大洗で取材をしていてよく聞くオーバーステイの「素顔」の一つだ。

ジャーナリスト

インドネシアや日本を徘徊する記者。共同通信のベオグラード、ジャカルタ、シンガポールの各特派員として、旧ユーゴスラビアやアルバニア、インドネシア、シンガポール、マレーシアなどを担当。こだわってきたテーマは民族・宗教問題。コソボやアチェの独立紛争など、衝突の現場を歩いてきた。アジア取材に集中すべく独立。あと20数年でGDPが日本を抜き去るとも予想される近未来大国インドネシアを軸に、東南アジア島嶼部の国々をウォッチする。日本人の視野から外れがちな「もう一つのアジア」のざわめきを伝えたい。

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