こんなに品のないレシピ本があっただろうか?
テレビで料理番組を放映しない日はない。
レシピ本も氾濫し、ネットでは何万何千というレシピが無料で入手できる。
世界的に著名なシェフが創る日本料理、一流ソムリエが紹介する高級ワイン、獲得すればその日から予約が取れなくなる“☆”の評価等々・・・・「食べ物情報」にはこと欠かない。
■一度は食べたくなる「品のなさ」
そんな中、9月20日に『超一流のサッポロ一番の作り方』という、きわめて特異なレシピ本が発売になった【※】。
一言でいって「品がない」。
もっとハッキリいえば下品である。
立ち食いそば屋で「トロロやまかけコロッケそば」を注文する。
まず、そばの上に乗っているコロッケをどんぶりの底に沈めてから、トロロやまかけそばをすする。
そばを食べ終わると、つゆの中に沈んで柔らかくなったコロッケを潰してドロドロにし、つゆごとコロッケを平らげる。
ダメな人は、これを読んだだけで気持ち悪くなるかもしれない。
筆者は、書店でこの本を買った帰りに電車の中でこのクダリを読み、下車駅で立ち食いそば屋に入って、コロッケそばを食べた。
恥ずかしながら、うまかった!
じつは(というほどのことではないのだが)筆者は駅の立ち食いそばを利用することが多い。
ほとんどの場合、栄養的なことを考えて、ワカメそばか卵とじそばを食べる(これのほうがコロッケそばよりも健康にいいというエビデンスはない)。
汁はほとんど飲まずに残す(コチラのほうは健康に貢献するという研究はある)。
しかし、コロッケそばはすっかりと平らげてしまった。
1年に一度くらいは食べることになりそうだ。
コロッケそば以外にも、「ペヤングソース焼きそばの上に、粉々に砕いたカキの種をかけ、全体にまぶして食べる」、あるいは「牛丼のご飯半分を具といっしょに食べ、残ったつゆだくのご飯に生卵の黄身だけをのせて、ご飯とぐちゃぐちゃに混ぜて食べる」などの、品のない食べ方が山盛りに紹介してある。
著者はタベアルキストと称するマッキー牧元氏。
■サッポロ一番の食べ方を9通り
そもそも書名に品がない。
レシピ本に「インスタントラーメンの商品名が使ってある」というのはいかがなものか。
サッポロ一番の宣伝用書籍ならサンヨー食品株式会社が出せばよい。
この会社と何の関係もない(たぶん)にもかかわらず、サッポロ一番塩ラーメンの食べ方を9通りも紹介してある。
わからなくもない。
筆者は日常的にインスタントラーメンを購入することはほとんどないが、買うときはサッポロ一番塩ラーメンにする。
野菜や卵やチャーシューを乗せて食べるのに、最もクセがないので、使いやすいからだ。
マッキー氏はその点をとことん追求した。
タンメン風はもちろん、ホーチミン風、メキシコ風、カルボナーラ風と、これでもかこれでもかと続く。
実に簡単な作り方ばかりなのだが、読むと試したくなる。
食せば確実にうまいであろう。
作り方は、もちろん、ご~く簡単。
これは当然のことで、インスタントラーメンの作り方が複雑であったり時間がかかったりしたのでは、その時点で失格!
焼きそばの作り方が6つ。
卵料理の作り方が17で、そのうちの半分以上が卵かけご飯の作り方。
卵かけご飯の作り方(食べ方)を9つも想像できるだろうか・・・・。
1つ訂正!
さんざん「下品なレシピ」と書いてきたが、卵かけご飯の食べ方の中には「卵をよく溶き、塩で味を調え、温かいご飯にかけてスダチを搾る」というシンプルで上品な食べ方もある。
爽やかな味と食欲をそそる香りが食卓にあふれそうだ(これはマッキー氏の失策か?!)
■「うまさ」以外に興味を示さないいさぎよさ
筆者はマッキー氏のフアンであり、オッカケでもある。
書かれたものを追いかけて読んでいる。
氏の食レポートは秀逸だ。
筆者は以前のこのコラムで「食レポーターは、旨い・甘い・白いご飯がほしい・やわらかいの4つしか言わない」ことを指摘し、その安易さを批判した。
マッキー氏はこれまでに数え切れないほどの食レポートを世に出しているが、少なくとも私が読んだ限りでは、この「必出4語」は一度も出てこない。
健康情報にも触れない。
おそらく(これは筆者の推察にすぎないが)中高年に入ったあたりからは医師から健康に関する指摘は受けているであろう。
食に関する健康情報も頭の中にあるであろう(もしかしたら多少は実践しているかもしれない)。
しかし、氏の食レポートには健康情報は登場しない。
いさぎよい。
また、最近の「食レポ」に(不自然に)登場するようになった「地球環境問題」や「サスティナビリティ(持続可能性)」や「食品ロス」なども登場しない。
食べ物が目の前に差し出されてから、自分の胃袋に収まるまでの状況や感想や感情を、あるときは文学的に、あるときは落語のように、またあるときは官能的に、ひたすらに表現していく。
ただそれだけで、食材がどのように生産され、どういう経過でここに至ったか、などを彷彿させる。
作り手の料理に対する姿勢や考え方が読み手に伝わるし、場合によっては作り手の「これまでの人生」までをも想像させる。
断っておくが、作り手はもちろん、一流シェフばかりではない。
街の定食屋の女将さんであったり、チェーン店の店長であったりすることもある。
卓越した表現力であり、驚嘆に値する味覚感覚を持ち合わせている。
若いころ(つまりお金のないころ)から、自腹で高級料亭などで食事をしたという。
一流を知った上で三流にこだわるところが著者の魅力であり、この本の神髄だ。
やみつきになること、間違いなし。
【※】『超一流のサッポロ一番の作り方』著者:マッキー牧元 発行:ぴあ株式会社 A6版・160ページ 定価:1200円(税別)