「若手にさらさら負ける気はない」比江島慎が代表引退を示唆する理由。ネクスト比江島は出現なるか!?
本当に日本代表ラストダンスなのか?
「今はもちろん、さらさら若手に負ける気はないですよ」
「FIBAアジアカップ2025予選Window2」のモンゴル戦を前日に控えた公開練習でのこと。「今はまだ比江島慎を抜く若手がいないが、それでも代表の引退を考えているのか?」と質問したとき、比江島慎の口からは強気の発言が飛び出した。しかも彼は二度も言った。「さらさら若手に負ける気はない」――と。
34歳になった今も、自身のパフォーマンスに揺るぎのない自信を持つ。しかし現時点では、今回のWindow2を最後に代表のユニフォームを脱ぐ意志があるという。
パリ五輪が終わり、第2期トム・ホーバス体制としてリスタートした男子バスケ日本代表。今回、中学生以来だというキャプテンに任命された比江島慎は、パリ五輪の前から「パリが集大成」として日本代表での活動に一区切りつけることを口にしていた。昨年(2023年)の沖縄ワールドカップで五輪切符をつかんだときも、「最初に思ったことは、これで代表引退が1年延びたな、でした。そのあとにうれしさがジワジワ込み上げてきて…」という感想を持ったくらい、ここ数年は常に「代表引退」を頭の片隅に置きながらプレーしていた。
ただ「パリ五輪が終わったときの気持ちで決める」とも語っており、パリでは「不完全燃焼だった」ことにより、今回のWindow2のメンバーに選出されたときに、参戦することをみずからの意志で決めている。
「パリ五輪は不完全燃焼でした。後味が悪い感じで終わってしまったのが自分の中にあるので、最後はいい形で終われたらいいなと。いい形というのは、自分のパフォーマンスをもっと良くしたいというより、勝ちたいという気持ちです。宇都宮で日本最後のゲームとなれば、ブレックスのホームなので特別な試合になるので楽しみですし、日本のファンの前で少しでも恩返しがしたい。(代表引退は)100パーセント決まっているわけではないですが、僕の中ではその気持ちがあります」
比江島が代表引退を示唆するには理由がある。今は若手に負ける気がなくても、考えているのはバスケ界の未来のことだ。
「今は34歳の年齢でも若手にさらさら負ける気はないですが、ロス五輪を目指してチーム作りをする中で、僕が37、38歳になったときに、トムさん(ホーバスHC)のスピードを重視するバスケの中で動けるかどうか。そこで僕がいるよりかは、若手が経験したほうが…という思いです」
また、パリ五輪の前には「現役としてもっと続けたいからこそ体を休める必要があると思っていて、そういう意味でも、代表活動の終わりは近いと思っています」と心境を語っていた。今後のキャリアを考えたうえでの引退示唆だったのだ。
“感覚派”プレーヤーからの卒業、延びた代表生活
思えば、長きに渡って日本代表活動をしている選手たちは、ここ数年、代表からの引退を口にしている。2023年、渡邊雄太が沖縄ワールドカップの前に「五輪の切符をつかめなかったら代表引退」と宣言して臨んだのも、2016年にアジアを勝ち抜いてOQT(オリンピック世界最終予選)に出場して以来、世界の舞台で10連敗していたことが理由だった。「それだけ勝てないのであれば、早く世代交代したほうがいい」という主旨の発言だったが、その思いは、ずっと代表を牽引してきた比江島、富樫勇樹、馬場雄大も同じだったという。
現在の男子バスケ界は、アメリカでプレーする選手や、若くしてBリーグデビューを飾る選手が増え、有望な若手が次から次へと出現している。しかし日本代表の活動となるとまだまだ経験が乏しく、国内では比江島を脅かすような存在が出てこないのも事実だ。
かくいう比江島も、大学4年生で日本代表入りしてからはすぐに頭角を現したものの、経験という意味では時間が必要だった。国際大会に出るたびに気付きがあり、壁にぶつかりながらも進んできたのだ。
中でも危機感を抱いたのは、2019年に13年ぶりに出場したワールドカップで5連敗を喫したときだった。このとき、「自分は感覚だけでやっていた」というプレースタイルからの卒業を試みている。いわば、日本やアジアでは代名詞である『比江島ステップ』や『比江島タイム』で乗り切ることができたが、レベルが一段と高くなる世界舞台では、そう簡単に自分のスタイルを出させてはもらえなかった。
「今まで自分は“感覚”というものを大事にやってきたんですけど、感覚だけでやっていても限界があるということを、2019年のワールドカップで実感しました。もちろん、今でも感覚は大事にしているんですけど、スペーシングを考えて攻めたり、ピックの使い方やパターンを増やしたり、よりフィジカルに体を当てて戦うことをBリーグで意識してやることで、対応力がついてきたと思います」
さらには、宇都宮ブレックスに移籍してディフェンス力を高め、トム・ホーバスと出会ってからは3ポイントの重要性を実感し、23-24シーズンにはBリーグで3ポイント賞(44.0%)を受賞している。こうして、30歳を過ぎてからもプレーの幅を広げ、世界で戦うために必要な技術を身につけ、進化してきた自負がある。
それゆえだろう。「若手にたくさん経験させてあげたい」という思いは、自身がたどってきた道で、今後の日本にとって必要であることを、代表の最年長キャプテンは実感しているのだ。加えて今回は「世界一声が小さいキャプテン」とみずから言いながらも、後輩たちに日本代表として戦う姿勢を伝える思いで臨んでいた。
11月21日のモンゴル戦。国歌斉唱が終わったとき、大型ビジョンに映し出された比江島の顔はキリッと引き締まり、闘志に満ち溢れていた。自身の3ポイントで口火を切り、18得点、5リバウンド、3アシスト、3スティールで勝利に導いた。この堂々たるスタッツは、後輩たちが背中を見て学ぶに十分なパフォーマンスだったといえるだろう。
「NEXT 比江島慎」は出現なるか
この日、日本での代表引退試合……になるかもしれない男を主役の座から引きずり下ろす活躍を見せたのが西田優大(190センチ、25歳)だ。3ポイント7/8本(87.5%)、リバウンド12本、21得点の活躍からは「いつ呼ばれてもいいように準備していた」という覚悟が見え、パリ五輪で選外となった悔しさを払拭するかのようだった。
今回の西田は「彼の実力はわかっているので違う選手が見たい」(ホーバスHC)という理由で当初は招集されなかったが、怪我人が多発したことで、試合の一週間前に追加招集となった。今回はポジションの関係で2、3番(SG・SF)としてのプレーやリバウンドを要求されているが、本人としては2023年の沖縄ワールドカップでチャレンジしたように「ガードをやりたい」という希望がある。
「求められていることに関しては100%やります。ただ僕としては、ガードで芽を出したいと思っています。2、3番はやれる自信があるけど、1番(PG)はしっかりできるかといったら自信がない部分もあるので、もっと経験をして、シュートもゲームコントロールもできるようなコンボガードになりたい」
また、モンゴル戦後にはこうも言っている。
「怪我人とかコンディションが揃わないときだけ呼ばれる選手とは思われたくないので、今日は結果を出せて良かったです。これからは、ずっと代表を引っ張ってきた勇樹さん(富樫)やマコさん(比江島)を、僕らの世代が食っていけるように頑張っていきたい」
「富樫と比江島を食いたい」という言葉を、若手から聞いたのは初めてのこと。「NEXT比江島」を意識する存在が出始めているのだ。
フィジカルの強さを持ち味として成長の階段を上っている吉井裕鷹(196センチ、26歳)の言葉も興味深い。吉井がネクスト比江島かといえば、ポジションもプレースタイルもまったく違うが、パリでは比江島に変わって2番のスタメンに抜擢されている。
「オリンピックで僕が2番をやったといっても、ボールハンドリングができるわけではないので、本来の2番プレーはできていないです。河村(勇輝)とジョシュ(ホーキンソン)のピック&ロールがあり、1対1とクイックシュートが打てる渡邊(雄太)さんと八村(塁)さんがいたので、その中で僕がサイズを上げるための2番をやったのだと思いますし、Bリーグで2番ができるかはわからないです。ただ、ディフェンスでスイッチをしたときにサイズが見劣りしない利点はあります。オリンピックはワンポゼッションで流れを持っていかれるほどの緊張感があるレベルの高い大会だったので、サイズの面やいろんな要素が組み合わさって、僕が2番をやったのだと思います」
「2番は形だけ」とは言うものの、オリンピックでの2番抜擢は大当たりで、チームにフィットしていた。また、代表でキャリアを重ねたことにより、「これまでは役割を遂行するだけでしたが、今では考え方に余裕が出てきて、『こうしたほうがいいのでは』と意見を言えるようになってきた」と語るように、日本代表に必要不可欠な存在になった。オリンピックの大舞台でアウトサイドから見える景色を経験したことで、今後はプレーの幅や考え方に広がりを見せていくはずだ。
「マコ、代表のユニフォームを脱ぐのは早いよ」(渡邊雄太)
今回は、「4年後に向けて若手を経験させ、選手を発掘しなければならない」(ホーバスHC)という理由から、代表初メンバーや若手が多く選出されている。そんな彼らのパフォーマンスは代表常連組と明らかな差があったのは事実で、「比江島には引退発言を撤回してもらわなければ困る」と思うシーンも多々あった。しかしモンゴル戦後の比江島は、そんな若き選手たちにエールを贈っている。
「今日デビューした彼らは、次のワールドカップだったり、オリンピックを支えていく大事な選手になっていくと思う。僕ら経験ある選手が最初からいいプレーができたかといえばそうじゃないし、最初の中国戦(ホーバスHC就任後初の国際試合、2021年11月のワールドカップ予選)は本当にボロボロでしたし、トムさんのやりたいバスケというのは経験が必要で、なかなか難しい部分もあると思う。
そういった意味でもいろんな経験が必要なので落ち込むことはないですし、まだもう一試合あるので、そこで力を発揮してほしい。彼らは本当に能力が高いですし、自分の持っているスキルを出せれば、日本代表にプラスになると思うので、もっともっとアグレッシブにやってほしいです」
ちなみに、パリ五輪までキャプテンを務めた富樫は、モンゴル戦後に比江島の代表引退について聞かれると「今日のプレーを見てもまだまだできると思うので、これからも一緒に代表活動をやっていきたいという思いを彼に伝え続けていきたい」とコメントし、今回は怪我のために選外となった渡邊雄太は、モンゴル戦で比江島慎の『6番』のユニフォームを着て会場に応援に駆けつけ、「まだ代表のユニフォームを脱ぐのは早いよ」というメッセージを自身のインスタグラムに残している。ホーバスHCは「マコは34歳といってもまだまだできる」とその実力を認めながらも「でも、彼が決めたことならマコをリスペクトする」と本人の意志を尊重する発言している。
盟友たちが比江島慎を必要としているように、これまで日本代表を応援してきた誰もが『日本代表の6番』が第一線から退くことを、今はまだ想像できないでいる。11月24日、Window2のグアム戦が終わったときに、本人の心にどのような感情が沸き上がるのか――。そのときに出す答えを待ちたいところだ。