"恐怖の平壌遠征"2019年韓国の体験 疲弊のエース「収穫は怪我なしだけ…」 日本はどうなる?
森保ジャパンの3月26日の北朝鮮戦(北中米ワールドカップアジア2次予選)の開催地が平壌となる見込みだという。日本の複数メディアが報じた。
だとしたら記しておきたい記録がある。2019年10月15日に韓国代表が平壌に遠征した際の話だ。今回の森保ジャパンと同じく、W杯予選(カタール)のアジア2次予選で北朝鮮で同組となったのだ。
筆者はその前後にソウルで取材をしていた。韓国メディアは当時一人も現地取材が出来なかったため、韓国メディアが「中国主催の試合観戦ツアーがあるから、日本記者であるあなたは行けないか」という話まで持ち上がった。しかしツアーは試合開催後にも現地で「バレーボール交流会」などが企画されており、中国に戻るのが試合の4日後となり原稿の鮮度が落ちる、と見送られた。筆者もバレーボールはあまりやりたくなかった。
韓国代表の北朝鮮入りが正式に発表となったのが、試合開催5日前だった。交渉の仲介役となったのはAFC(アジアサッカー連盟)。これも今回の日本代表と同じ構造。
この時はAFC、韓国、北朝鮮の間でこんな覚書が交わされていたという。
「(韓国であれ)他の国と同じ待遇をする」
しかしこれはことごとく守られなかった。
そもそも北朝鮮入国前からとんでもないドタバタが続いた。
・北側がそもそも韓国選手団受け入れをOKしたのが試合の【約1週間前】。
・韓国代表の移動日程が決まったのが試合【5日前】。韓国側は陸路(板門店経由)での移動を要望したが返答なしのため韓国側が自主的に判断。
・韓国メディア入国不可が分かったのも5日前。
・韓国サポーターの入国が不可と分かったのが【4日前】
・韓国選手団は50人の入国を希望したが30人に減らされた。
現地では「外出禁止令」
韓国代表チームが平壌に到着してからも、選手団の行動は厳しく制限された。ホテルと金日成競技場の往復のみが許可され、ホテル敷地のゲートの外に出ることはできなかった。
「ホテルでも北側の目があったので、とにかく慎重に過ごすしかなかった。試合前日の時間は、できるだけ休養を取ることに充てた。睡眠時間を多く確保できたと捉えました」(ソン・フンミン)
問題は韓国側のスタッフにも起きていた。約束されていたはずのソウルとの通信が保証されない。現地情報が入ってこないうえに、情報の共有もできない。速度の遅いEメールのみ。のちに、現地から送られたメールは検閲を受けていたことが判明する。
迎えた試合当日の15日。韓国代表が金日成競技場に到着すると、スタンドには人影がまばらだった。聞けば、北朝鮮が直前になって無観客試合を決めたのだという。
「スタジアムのゲートが開いたら、5万人の観客が入ってくると思っていた。しかし、開かなかった。私も、選手も、監督もかなり驚いた。まるで戦争のような雰囲気だった」
大韓サッカー協会のチェ・ヨンイル副会長はそう振り返る。
試合中は「罵倒がひたすら続いた」
キックオフを前に、北朝鮮の選手たちはピッチに姿を現した。韓国側と目も合わせず、一言も発することなく整列する。冷ややかな視線だけが、韓国選手たちに向けられた。北朝鮮のスタッフからも、威圧的な雰囲気が伝わってきたという。
試合が始まると、北朝鮮選手の挑発が始まった。ボールを持った韓国選手に対し、执拗に罵声を浴びせるのだ。
「聞いたこともないような汚い言葉を浴びせられた。思い出したくないほどだ」
FWソン・フンミンは苦々しい表情で振り返る。MFファン・インボムも「ベンチからの野次には閉口した。サッカーどころではなかった」と吐き捨てた。
後半、雰囲気はさらに険悪になった。北朝鮮のファン・ヨングォンとキム・ヨングクの両選手が、韓国のファン・インボムに襲いかかったのだ。2人がかりでファン選手の胸ぐらをつかみ、突き飛ばす。北朝鮮のスタッフもベンチを飛び出し、罵声を浴びせた。試合中の様子を当時の在平壌スウェーデン大使がSNSで伝えている。
この場面には韓国ベンチも激怒。監督のパウロ・ベントが「これはサッカーではない!」と叫ぶ。韓国スタッフがピッチに乱入し、一触即発の事態に発展した。間一髪のところで事態は収束したが、北朝鮮サイドの挑発は試合終了まで続いた。
アルビレックス新潟にも所属歴があるDFキム・ジンスは「90分間、北朝鮮選手の挑発は止むことがなかった。正直、とてもプレーに集中できる状態ではなかった」と吐露する。司令塔のキ・ソンヨンも「ああいう環境でいいプレーなんてできるわけがない。次はしっかりやり返したい」と口にした。
試合は0-0の引き分けに終わった。だが、その後も北朝鮮の報道統制は続く。現地取材はおろか、試合のハイライト映像すら入手できない。唯一、北朝鮮が提供したDVDの映像は韓国のテレビ放映に耐えられる画質ではなかった。現地からの情報発信も、マレーシア経由のテキストに限られ、内容は検閲を受けた。送信の遅れも著しかった。
16日未明、韓国代表は疲労困憊の表情で平壌の地を後にした。韓国に帰国後、選手たちからは北朝鮮での経験を振り返る言葉が次々と飛び出した。ソン・フンミンはこう話している。
「怪我なく終われたことだけが収穫」
日本が注目すべきポイント
韓国での「仕返し」がどうなるのか。注目が集まった。しかし、2020年6月にソウルでの集中開催で行われる予定だったリターンマッチを北朝鮮側が棄権。これは実現しなかった。
果たして日本が行ってもこんな目に遭うのか。注目すべきは政情だ。
・2017年4月 韓国代表が2018年女子アジアカップ予選のために平壌遠征(集中開催)。この際には複数の韓国テレビカメラも入国するなど「超友好ムード」=直前に保守政権において北と対立姿勢を見せていた朴槿恵大統領が弾劾されていた。北に友好的な革新系政権誕生が確実視されていた。
・2019年10月 男子代表の遠征時=すでに2度の米朝首脳会談が「成果なし」で終了しており、北朝鮮の対南姿勢も激変していた。
今回の日本は「少し日本に歩み寄ろうとしている」とみられる状態で平壌に向かう。2月15日に金与正氏が「岸田首相の本心を見守る」と発言。2月19日に北朝鮮の友好国・キューバが韓国と国交を結び、その影響で対外関係を変化させようとしているとも見られている。果たしてどんな遠征になるだろうか。