豪雨は温暖化のせいか?せいではないか?問題(豪雨報道を検証する)
一昨年に続き、今年の梅雨前線も日本各地で大雨による被害をもたらしている。被災された方々に心からお見舞い申し上げる。
一昨年の西日本豪雨と引き続く猛暑の際に書いた記事の冒頭で、筆者は以下のようにぼやいた。
この頻発する異常気象に対して、SNSを眺めると、一方では「これだけのことが起きているのに、なぜ日本のメディアは地球温暖化(気候変動)のことをもっと言わないのか」という声が、他方では「こういうことがあると非科学的に何でも地球温暖化と結び付けて煽る人が出てきて困る」という声が聞こえてくる。いつもの構図だ。
今年も例によって「いつもの構図」が繰り返されているのだが、後者の立場で過激な主張の記事があるのでコメントしてほしいという要望を頂いた。
問題の記事は「アゴラ」に掲載された「豪雨は温暖化のせいではない」というものだ。書いたのは筆者がよく存じ上げている方だが、ここではあえて伏せる(もちろん記事を見に行って頂ければわかる)。
当該記事によれば、豪雨で災害が起きるたびに「地球温暖化の影響だ」と報道するのは、「根拠が殆ど無く、フェイクニュースと言ってよい」そうだ。
これは本当だろうか。
1. 「豪雨が地球温暖化の影響だ」とはどういう意味か?
「豪雨が地球温暖化の影響だ」もしくは「地球温暖化のせいだ」という命題はあいまいで真偽が論じにくいので、これが意味していそうな、真偽の論じやすい命題をいくつか考えてみる。(なお、「豪雨」は災害を起こした大雨を振り返ってよぶ言葉なので、以下では「大雨」を使う)
まず、論じている対象が「近年の大雨の増加傾向」なのか、「今回の大雨」なのかで意味が違ってくる。前者は統計的な変化傾向(トレンド)を、後者は一回のイベントを表している。
次に、「地球温暖化の影響だ」の部分だが、「地球温暖化が少なくとも一因だ」と言っているのか、「地球温暖化が主な原因だ」と言っているのかで意味が違う(「…せいだ」という場合は後者のニュアンスだろう)。
これらを区別すると、2×2のパターンで、
[傾向・一因]:近年の大雨の増加傾向は、地球温暖化が少なくとも一因だ
[傾向・主因]:近年の大雨の増加傾向は、地球温暖化が主な原因だ
[今回・一因]:今回の大雨は、地球温暖化が少なくとも一因だ
[今回・主因]:今回の大雨は、地球温暖化が主な原因だ
という4つの命題を作ることができた。これらの真偽を確認していこう。
2. 命題の真偽
大雨の降水量を考える際に、大雨を降らせる低気圧や前線などの「気圧・風パターン」(力学場、というと難しいだろうから本稿では仮にこうよぶ)と、大気中の水蒸気の量を分けて考えてみよう。仮に、気圧・風パターンがまったく同じ日が2日あって、水蒸気量だけが違ったとすると、水蒸気が多い日の方がたくさん雨が降るのは理論的に間違いない。
気温が上がると大気中の水蒸気が増える(大気に保持できる水蒸気の量が増え、相対湿度は平均的にはあまり変わらないため)。このため、仮に温暖化が無かった場合と温暖化している場合で、同じ気圧・風パターンの日を比べると、温暖化している方が水蒸気が多く、雨が多く降る、これも理論的に間違いない。
以上を前提に考えてみると、
[傾向・一因]:近年の大雨の増加傾向は、地球温暖化が少なくとも一因だ
これは科学的に妥当だ。気温の上昇傾向により水蒸気も増加傾向にある。それが、大雨が増加していることの少なくとも一因であることは間違いない。
[傾向・主因]:近年の大雨の増加傾向は、地球温暖化が主な原因だ
これは現時点でいえないだろう。降水量の変化は自然変動が大きい、つまり、気圧・風パターンの発生の仕方が非常にランダムなので、実際のデータから地球温暖化の効果を取り出すのが難しい。
[今回・一因]:今回の大雨は、地球温暖化が少なくとも一因だ
これも筆者の考えでは妥当である。仮に温暖化していないときにまったく同じ気圧・風パターンが発生したら、水蒸気が少ない分だけ雨量が少なかったのは間違いない。この意味において、地球温暖化は今回の大雨の少なくとも一因といえる。
[今回・主因]:今回の大雨は、地球温暖化が主な原因だ
これはいえないとしておこう。今回の大雨の主な原因は気圧・風パターンやそれに影響を与えた海面水温パターン(インド洋の高温など)であるというのが普通だろう。
まとめると、増加傾向についても一回のイベントについても、地球温暖化が一因というのは妥当で、主因とはいえない、というのが筆者の見解である。
3. 報道では何と言っていたか
以上の準備をしたうえで、実際のメディアの報道をいくつか見ていこう。
まずは模範的な事例から。妥当な[傾向・一因]を説明する専門家のコメントを引用している。「可能性がある」とさらに慎重だ。
「地球温暖化による平均気温の長期的な上昇とともに大気中に含まれる水蒸気が増加する傾向にあり、それが一つの要因となって近年の豪雨や、台風に伴う強雨となっている可能性があります」名古屋大学 坪木和久教授(J-CASTニュース 7/9)
同じく坪木教授のコメントで、「今回の豪雨」に対して「背景に地球温暖化がある」という表現。これは意味としては[今回・一因]であり、妥当だろう。
「今回の豪雨を個別に見ると…。その背景には、地球の温暖化があります。」名古屋大学 坪木和久教授(ハーバービジネスオンライン;週刊SPA! 7/16)
次に、解説者のわかりやすいコメントを引用したもの。
2000年以降大雨の日数が増えていることについて池上氏は「温暖化が影響している。…」(東スポweb;テレビ朝日「池上彰のニュースそうだったのか!!」7/11)
「今回と同じような豪雨はここ10年で増えています。…これは温暖化の影響によるものです。」気象予報士の森田正光氏(デイリー新潮 7/16)
池上さんのは[傾向・一因]に聞こえるが、森田さんのは[傾向・主因]に聞こえそうなので注意が必要だ。(ただし、本人がそうおっしゃったか、引用の過程でそうなったかはわからない)
また、多かったのは、以下のように温暖化が進めばさらに大雨が増えるという、将来の見通しについて述べたものだ。これも科学的に妥当である。
長期の温暖化傾向により、豪雨の「常態化」がさらに進みそうだ。(日経新聞 7/9)
以上、筆者が調べた範囲では、報道の少なくとも大部分は科学的に妥当といえる。いっしょくたに「フェイクニュース」といえるようなものでは断じてない。
ただ、特殊な事例としてこんな記事もあった。
今年の環境白書には「気候危機」という言葉が登場した。近年の気象災害多発を地球温暖化が主因とみなしての警告メッセージだ。(産経新聞 7/16)
え、環境白書がフェイクニュースか?と思って確認すると、
近年の気象災害の激甚化は地球温暖化が一因とされています。(令和2年版 環境白書)
と書いてあり、安心した。
4. 温暖化のせいか、せいでないかは、なぜもめるのか?
冒頭に紹介した「豪雨は温暖化のせいではない」の記事の問題意識を筆者なりに代弁すると、「そうはいっても、報道を見ている人は容易に『豪雨は温暖化が主な原因だ』と誤解するだろうから、そういう不正確な印象を与えないように、さらに注意して報道すべきだ」ということだろうと思う。
また、おそらく報道する人にもコメントする人にも「人々に地球温暖化への危機感をもっと持ってほしい」という気持ちがあり、それが報道のトーンに表れているということが、往々にしてあるだろう。件の記事を書いた方は、そういうのが報道の客観性を損なうのは大きな問題だといっているのだと思う。それは確かにもっともなところがある。
しかし、これは裏を返すと、件の記事を書くような人たちに、逆に「人々に地球温暖化への危機感をなるべく持ってほしくない」という気持ちがあるということだろうと想像できる。彼らはその結果、逆方向に客観性を損なっているようにみえる。
その動機はいろいろありうるが、好意的に解釈すると、彼らは「極端な地球温暖化対策は経済に大ダメージを与えて人々を不幸にするので、なるべく止めなければならない」と心から思っているのかもしれない。
一方で、地球温暖化の影響被害の方が人々に深刻なダメージを与えるという見方も、地球温暖化を止める新しい経済に転換していけるという見方も、近年目立つようになってきた。
筆者は経済の専門家ではないし、将来は不確実なので、そのどちらが正しいのかは断言できない。
しかし、もし後者が正しいとしたら、日本の産業界で彼らの「温暖化のせいではない」を真に受けてしまった人たちは世界の経済の転換に後れを取ることになるだろう。「温暖化のせいではない」に同調しがちな人には、ぜひそのリスクを一度よく考えて頂けたらと思う。
***
本稿の本体は以上なのだが、以下では付録として、「豪雨は温暖化のせいではない」に対していくつか直接のコメントを記す。かなり細かい話を含むので、特に興味がある人だけ読んで頂ければと思う。
付録1. 大雨の増加傾向は本当にあるか?
本稿では地球温暖化が大雨の増加傾向の一因であることをメカニズムの観点から説明したが、件の記事では過去の降水量データの統計に基づいて論じている。特に、そもそも大雨の増加傾向があるかどうかに疑問を呈しており、データの増加傾向に系統誤差をもたらす要因として、測定方法の変化と都市化の影響を挙げている。
測定方法の変化については、気象庁の藤部文昭氏(現東京都立大学特任教授)による検討資料があるのでご覧頂きたい。そこでは、弱い雨については補正が提案されているが、強い雨についての検討は無い。藤部氏に確認したところ、より詳細な検討を行うべきだと考えているが、過去の測定方法の変遷について十分な記録を集めるのは難しいだろうとのことだった。
件の記事では、測定方法の変化により大雨の増加傾向が過大評価になる可能性を指摘しているが、逆に、測定器が1960年代に「転倒ます型」に替わったことにより、大雨の増加傾向が過小評価になる可能性も指摘することができる。
大雨の増加傾向の丁寧な分析は、Fujibe et al. (2005)をご覧頂きたい。1900年ごろから近年までの日本の降雨データを分析した結果、強い雨の増加傾向と弱い雨の減少傾向がきれいに確認された。その傾向は、期間(20世紀の前半か後半か)、季節、地域(北・東・西日本)、人口密度(都市か田舎か)によらず、ほぼ一貫していた。
確かに、系統誤差の問題は十分に解明されたとはいえない。しかし、現時点では藤部氏による分析よりも信頼性のあるものが存在しないことに加えて、大雨の増加傾向はメカニズムの観点から理論的に期待される傾向と整合的であることから、本稿では大雨の増加傾向があることを前提に議論した。
なお、都市化の影響については要因の議論であり、大雨の増加傾向があるかどうかの議論には影響しないと思われる。
付録2. 水蒸気が増えると降水量が増えるといえるか?
件の記事からリンクのある「ディスカッションペーパー」によれば、記事の著者は温暖化で水蒸気が増えることを承知しているが、雲・降水の過程は複雑なので水蒸気が増えても雨が増えるかわからないと述べている。
しかし、大雨が降っている状況で、大気下層に水蒸気の収束があれば雨で降ってくるしか行き場所がないのであるから、雲・降水過程の詳細によらず、水蒸気が増えれば雨が増えるのは(少なくとも傾向としては)明らかと考える。
なお、Fujibe (2013)、Fujibe (2015)によれば、年々変動で見ても、気温の高い年に強い大雨が降る傾向が確かめられている。
付録3. 日本の水害死者数は減り続けているか?
件の記事では、防災能力の向上により日本の水害による死者数は大幅に減少してきたことを強調している。
これはもちろん過去には正しいが、示しているグラフは2001年までである。死者数の減少は近年下げ止まっており、2004年には200人を超える死者、2011年と2014年には100人を超える死者が出ている。2018年の西日本豪雨でも死者は200人を超えた。
防災インフラが整備された先進国であるはずの日本において、未だに100人を超える水害死者が出ることが防災関係者に危機感をもたらしてきた。先日、国土交通省の委員会から発表された「気候変動を踏まえた水災害対策のあり方について」では、「施設能力を超過する洪水が発生することを前提に」した水災害対策の転換が謳われている。
この文脈において、「これからもインフラが守ってくれる」と受け取れるような過度に楽観的なメッセージを発することは不適切と思われる。