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樋口尚文の千夜千本 第207夜 『彼方の閃光』(半野喜弘監督)

樋口尚文映画評論家、映画監督。
(C)2022 彼方の閃光 製作パートナーズ

無根拠な情熱ほとばしらす映画の増殖

『彼方の閃光』は特異な構造と異様な熱量に満ちた、ちょっと珍しい映画体験だ。大枠で言うならば、これはある純真な青年がさまざまな偶然の連鎖のなかで個性的な人間たちと深い歴史的な傷を背負った土地に出会いながら、世界の視野を拡げてゆく風変わりな成長譚なのだが、その主人公・光(眞栄田郷敦)はまずカフェで偶然に知った東松照明の写真集に天啓を受けて旅に出る。この時、光が手にした写真集は『太陽の鉛筆・沖縄』のはずだが、続いて彼が赴いたのは沖縄ではなく長崎だ。実は長崎は東松にゆかり深き土地であって、晩年は長く居住していたこともある。

このいわくは映画では語られないので補足しておくと、昭和29年のビキニ環礁での水爆実験で第五福竜丸の乗員が被曝した事件を受けて、原水爆禁止署名運動全国協議会(原水協)の反核運動が活発化し、昭和30年代半ばには生き残った被曝者の惨状を記録すべく写真集の刊行を決定、広島を土門拳、長崎を東松が撮ることになったのだった。それ以前は原水爆禍に格別な問題意識を持っていなかった東松は、この委嘱を受けて長崎に赴き、被曝者の凄惨な姿に打ちのめされ、その仕事は昭和36年に原水協企画の写真集『hiroshima-nagasaki document 1961』としてまとめられた。

しかし作家として問題意識をかき立てられた東松は、以後も長崎通いを続けて撮影を重ね、昭和41年に写真集『<11時02分>NAGASAKI』を出版し、そこには当時孔子廟に併設されていた華僑の小学校に遊ぶ少女の写真が収められている。東松の足跡をたどる光がなぜか孔子廟にいて、謎の自称革命家(!)の友部(池内博之)に声をかけられ、まさにこの有名な少女の写真の話になるのは、こういったいわくがあるからなのだが、しかし本作の面白さはこの東松照明に始まる反核・反戦のテーマがここから深掘りされていくからではない。いやむしろここから展開は横滑りし、はるか遅れてきた全共闘くずれの亡霊のような友部の、皮相で夜郎自大なアジテーションが無垢な光にぶつけられることになり、光はこのモーレツな友部の煽動に翻弄されまくる。この胡乱きわまりないアジテーターを爆発的な迫力で演ずる池内博之が圧巻である。

ここでさらに長崎に根ざした暮らしをいとなむ、人として図太く据わった構えの女・詠美(Awich)にかかると、友部はもう鬱陶しいだけのインチキな自意識のかたまりにしか見えないのだが、それでいて彼女はこの胡散臭い男の根っこのかわいげのようなものに惚れている。それは彼女のみにとどまらず、光さえも友部の虚勢と大風呂敷に辟易しながら、彼の「おじいさんの匂い」に惹かれて契りを交わしてしまう。薄っぺらな自己を持て余して吠えまくる友部は、そこを見透かしている光や詠美をなおも引きつけてしまう「怪物的」なところがあるのだった。

そしてドキュメンタリー映画を撮るというお題目で一行は沖縄に行き、辺野古の状況を前にして憤るが、ここでも友部は琉球人として根を張って生きる糸州(尚玄)にその浅慮を説得力のある語りで看破される。事ほどさように、本作は東松照明の写真にインスパイアされた彼らが長崎から沖縄へとゆかりの土地を行脚するロードムービーでありながら、その反戦思想に深入りしたりすることもなく、ひたすら友部という謎の男のちゃちな「革命家幻想」に嗤いながらもつきあわされてしまう光や詠美のありようが描かれ、友部の「怪物的」な魅力とともに、その東松とはまるで関係のない謎の物語が増殖肥大してゆくのである。

さらにこのもっともらしさを欠く謎の葛藤の物語は、それから半世紀を経た近未来の光(加藤雅也)の日常に跳躍する。ヴェンダース『ことの次第』冒頭の劇中SF映画『SURVIVORS』のようなダサかっこいい放射能除けマスクをした70代の光は思わぬ希望を見つけるのだが、この静寂で美しい終末的光景に接合されて、それまでの胡乱で騒々しい青春の物語はさらに虚構化されるのだった。したがって、物語の起点は東松照明であったが、それはたまたまの行きがかりであって、観る者が危惧する反戦思想などへの真摯な傾斜は一切回避され、ただただ無根拠を体現した友部をエンジンにした無根拠な物語が肥大してゆき、われわれはいったい何を見させられているのかとまどううちに、そのひとときの熱くノイズィな物語さえもが危うい夢のような余韻とともに通過してゆく。

『雨にゆれる女』『パラダイス・ネクスト』と低温でスタイリッシュな世界観を密に打ち出してきた半野監督だが、本作はあらかじめ世界観をあてがうのではなく、映画を培養しながらそれがどんな増殖を果たすかを探っている感があってスリリングだ。小手先芝居をしないでぶつかってゆく眞栄田郷敦の実直さが好ましく、抜擢されたAwichのでんとした存在感も大いなる発見だった。

映画評論家、映画監督。

1962年生まれ。早大政経学部卒業。映画評論家、映画監督。著作に「大島渚全映画秘蔵資料集成」(キネマ旬報映画本大賞2021第一位)「秋吉久美子 調書」「実相寺昭雄 才気の伽藍」「ロマンポルノと実録やくざ映画」「『砂の器』と『日本沈没』70年代日本の超大作映画」「黒澤明の映画術」「グッドモーニング、ゴジラ」「有馬稲子 わが愛と残酷の映画史」「女優 水野久美」「昭和の子役」ほか多数。文化庁芸術祭、芸術選奨、キネマ旬報ベスト・テン、毎日映画コンクール、日本民間放送連盟賞、藤本賞などの審査委員をつとめる。監督作品に「インターミッション」(主演:秋吉久美子)、「葬式の名人」(主演:前田敦子)。

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