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INF条約失効後のアメリカの中距離ミサイル計画

JSF軍事/生き物ライター
スペース&ミサイル防衛シンポジウム2019でアメリカ陸軍が公開したLRHW計画

 INF条約(中距離核戦力全廃条約)はロシアの条約違反兵器「SSC-8(9M729)」地対地巡航ミサイルの存在を問題視するアメリカが条約の破棄を今年2月2日に通告し、半年後の8月2日に正式失効しました。この条約は中距離ミサイルの試射や生産配備を禁止していましたが、設計研究までは禁止しておらず、アメリカは数年前から条約失効を見越して既に中距離ミサイルの開発に入っていました。そして8月2日の条約失効を受けてから試験機材の製造を開始しました。

アメリカが地上発射型トマホーク巡航ミサイルを試射、INF条約失効後初の実射試験(2019/8/20)

 アメリカ軍はINF条約失効から2週間ほど経った8月18日に地上発射型巡航ミサイルを試射しました。このような短期間のうちに試射が出来たのは試験機材が全て既存の部品だったからです。発射した巡航ミサイルは海軍のトマホーク巡航ミサイル、発射機も海軍のMk.41VLS(垂直発射筒)を民生品のトレーラーに載せただけ。発射筒を起倒するような機構はありません。2週間どころか3日で用意できそうな代物で、技術的には海軍の軍艦から発射するのと何も変わりません。これは発射試験としては実は技術的に何ら意味が無い行為であり、政治的なデモンストレーションとして早く実物を発射して見せる意味合いしか存在しないものでした。

 アメリカ軍は地上発射型巡航ミサイルについて2年以内の実戦配備を予定していますが、巡航ミサイルは既に完成したものを流用する以上、実戦仕様の車載移動発射機が完成すれば直ぐにでも生産に入れます。そして汎用発射機であるM.41VLSを流用するのであれば、トマホーク巡航ミサイルだけでなくLRASM対艦ミサイルも発射可能です。

Yahoo地図を元に半径1000kmの円を制作
Yahoo地図を元に半径1000kmの円を制作

 仮に射程1000kmのLRASM対艦ミサイルを沖縄本島、フィリピンのルソン島、パラワン島に配備すると東シナ海と南シナ海の大部分をカバー出来ます。対艦ミサイルであるならば核弾頭である必要が無いので、必然的に通常弾頭となるでしょう。なおトマホーク巡航ミサイル核弾頭型については既に全廃済みです。対地攻撃用のトマホークの場合も通常弾頭しか用意されません。

中距離弾道ミサイルと極超音速滑空ミサイル

 そしてアメリカ軍は11月中に射程3000~4000kmの中距離弾道ミサイルを試射する予定だとアメリカの主要メディアが伝えています。8月2日の条約失効から製造を始めて組み立てまで3ヵ月間ほどの期間を用意しています。ワシントンポスト紙はかつてINF条約で廃棄されたパーシング2準中距離弾道ミサイル(射程1800km)によく似た形状のものとしていますが、この新型中距離弾道ミサイルについてエスパー国防長官は「少なくとも5年以内には配備することは出来ない」としており、試射は今年から始まるものの新型兵器であるため実戦配備までは暫く時間が掛かることを示唆しています。

Google地図を元に九州、沖縄本島、ルソン島の3点を中心に半径4000kmの円を作図
Google地図を元に九州、沖縄本島、ルソン島の3点を中心に半径4000kmの円を作図

 なお射程4000kmで中国大陸の主要基地を攻撃する想定の場合、射程範囲だけで見ると日本の本州・九州、沖縄本島、フィリピンのルソン島の何所に配備しても大して変わりがありません。そして守りやすく隠しやすいのは縦深が深く防御も厚い本州・九州となるでしょう。将来アメリカが地上発射型中距離弾道ミサイルの配備を同盟国である日本に求めてきた場合、沖縄ではなく本土への配備が要請される可能性があります。

 そしてこれとは別にアメリカ陸軍は「LRHW」と呼ばれる地上発射型で中距離の極超音速滑空ミサイル(極超音速ブーストグライド兵器)の開発を計画して2023年に飛行試験を予定しています。2段式固体燃料ロケットに滑空弾頭を搭載する予定なので、新型中距離弾道ミサイルのロケット推進部分の技術が流用される可能性があるのと、もしかすると移動発射機が共通化されるかもしれません。INF条約失効後の中距離ミサイルで本命となる兵器はこのLRHWになるものと思われます。アメリカが中距離極超音速滑空ミサイルを開発し、中国が既に持っていると考えると、ロシアも同様の射程の極超音速滑空ミサイルを開発して世界的な軍拡競争が始まる可能性は非常に高くなるでしょう。

 またアメリカ海軍は「IR CPGS」と呼ばれる中距離の極超音速滑空ミサイルを計画しています。これは潜水艦に搭載することを想定しているので地上発射型を規制していたINF条約とはあまり関係が無いのですが、アジア方面のアメリカの同盟国で地上発射型中距離弾道ミサイルの配備が難しい場合、これを搭載した潜水艦をグアムに展開する配備方法が暫定的に推進される可能性があります。

 なおINF条約失効を受けてアメリカが新たに配備する予定の中距離ミサイルは全て核弾頭ではなく通常弾頭が予定されています。しかし対地攻撃用となると核弾頭の搭載が疑われてしまいます。この疑念を払拭できないからこそ運搬手段であるミサイルを制限したのがINF条約だったので、搭載していないと証明することは事実上不可能です。仮想敵国からの非難だけでなく配備を予定している同盟国から反対の声が上がることは避けられないでしょう。

軍事/生き物ライター

弾道ミサイル防衛、極超音速兵器、無人戦闘兵器、オスプレイなど、ニュースに良く出る最新の軍事的なテーマに付いて解説を行っています。

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