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黄色いベスト運動が、EU内の派遣労働者の保護に貢献。マクロン政権は欧州レベルでは成功した

今井佐緒里欧州/EU・国際関係の研究者、ジャーナリスト、編集者、作家
パリ・ブリュッセル間のルートを塞いで抗議する黄色いベストの人たち。(写真:ロイター/アフロ)

12月10日夜、マクロン大統領がテレビで演説を行い、大幅に譲歩した案を示した。マクロン政権の中にいる、旧社会党の人々が頑張ったのではないかと思う。

今後運動は、クリスマスが近いこともあり、それなりに収束に向かうだろうが、3分の1から半分くらいはわからない。

ただ、絶妙のタイミングで大統領が演説し、事態が収まっていくのはいつものことだ。

今回の大統領演説は若干遅い感じもしたが、これだけの案を考えたのなら時間もかかっただろう。それに人々はデモ疲れし始め、壊し屋への嫌悪感は増している。加えて「もういいかげん、クリスマスのプレゼントや予定を考えないと」と思い始める時期で、ちょうどいい頃合いというのもある。大統領演説のタイミングは、常にバカンス(プチ・バカンス含む)をにらんでいる。政権と人々のフランス版「あうんの呼吸」と言うべきか。

ただ、今回の「黄色いベスト」の反乱はかなり根深いものなので、これからも運動の一つの形態として定着するのは間違いないだろう。

人間のダンピング

さて、本題に入る。燃料税に反対する「黄色いベスト」のデモが起きたとき、「ああ、去年、欧州連合(EU)で合意に至った取り決めで、唯一合意できなかった項目が、こんな形で噴出したか・・・」と思った人は、どのくらいいただろう。

そして今、黄色いベスト運動のおかげで、マクロンがEUでの政治に成功したという話に関心のある人は、どのくらいいるのだろう。

何の話かと言うと、EUが取り組んだ「ソーシャル・ダンピング問題」である。

ソーシャル・ダンピングとは「社会的に不当な廉売」、つまり「低賃金・長時間労働などによって生産コストを引き下げ、生産した商品を海外で安く売ること」である。

EUで問題になったのは、商品ではなくて、「派遣労働者」という人間であった。派遣労働者とは、ここではEU内において、人件費の安い東欧から西欧に一時的に働きに来る人のことを主に意味する。要するに、EU内出稼ぎである。

この問題は昨年2017年8月、EUで解決して「記念すべき合意」と称賛された。しかし、合意に至らず唯一の例外となって、関係者や労働組合を怒らせた分野が「輸送」、つまりトラック運転手の処遇だったのだ・・・。

派遣労働者の何が問題か

EU内出稼ぎ問題といっても、法律的には問題はなかった。

1997年のEU指令で「あるEUの国から別のEUの国へ、一時的に働きに行く派遣労働者は、社会保障費は自分の国で払い続けるが、仕事の条件(最低賃金、有給など)は働く国の法律が適用される」と決められていた。

例えばポーランド人が英国に働きに行く。ポーランド人は、英国で最も大きい外国人コミュニティだ。この場合、社会保障費はポーランドで払い続けるが、最低賃金や有給の制度は英国の法律に従うという意味だ。

(ちなみに、イギリス人のEU離脱派が大問題にしたのは、ポーランド人出稼ぎ労働者の子ども手当の問題だった。「彼らは不当に英国の子ども手当を受け取っている!」と。だから「これ以上派遣労働者はいらない。EUなんて離脱してしまえ」という主張だった)。

しかし、実際には不正がはびこる結果となった。派遣労働者は、長時間働かされ、劣悪な住居に住まわされ、違法分は申告せず・・・。欧州委員会の報告によると、その国の国民より、賃金が半分も安いケースすらあるという。

2017年には、EU内に派遣労働者は約200万人いた(約36%が建築業界)。

「同一労働・同一賃金」を守らせるべく、厳しいEU指令が必要とされていた。

頑張ったマクロン大統領

マクロン大統領は、労働者と社会の公正を実現するために努力した。EUのことはあまり大きく報道されないし、報道されても目立たないので、関心のある人以外にはあまり知られていないと思うのだが。

労働者を送り出している東欧の国々は、改正に消極的な国が多かった。マクロンはルーマニアにブルガリアにオーストリアと奔走して説得にまわった。フランスには22万ー30万人の違法労働者がいると言われていた。

マクロン大統領が頑張ったのは、労働者と社会の公正のためだけではない。ブラック企業が、安くて雇用者に都合よく使える派遣労働者を雇えば、それだけフランス人の雇用が減る。フランス人もブラック企業に食い物にされる。問題が起きれば、結局在住国の負担が増えることになる。

でもEU内の議論は難航した。東と西の対立に加えて、詳細な問題が山積みだった。「派遣労働」とは何年まで可能なのか、ドイツでは派遣労働は3年まで許可されていたが、欧州委員会とフランスは1年を主張した。同一賃金といっても派遣労働者はマージンや住居費をとられる、等々。

議論の末、EUは合意に至り、コントロールを厳しくすることに成功した。派遣期間は1年で半年は延長可能となった。そして今まで派遣労働者がもらえなかったボーナスも受け取れるようになった。「労働者のための、EUの勝利」と言われた。筆者も「なんて素晴らしい。外国人どころか、自国民がブラック企業に搾取されるのを許容する日本政府とえらい違いだ・・・」と思ったものだった。ところが、である。

トラック運転手が蚊帳の外に

「輸送」分野、つまりトラックの運転手だけは、対象外になってしまったのだった。

輸送トラックは、欧州大陸で、国境がないかのように左右縦横に行き来している。確かに運転手は、「派遣」労働者というのとは違う要素が入ってくる。典型的な独自問題が、カボタージュ問題である。ややこしいので例をあげると「スロバキアの運転手が、ベルリンからフランスを横断してバルセロナまでトラック輸送する場合、どうなるのか」という問題である。

どのみち、東欧の安い人件費は、西欧の労働者にとって脅威なのはかわりない。西欧の労働者から見ると、彼らのせいでローコスト競争が強いられているのだ。

前述したように、東欧の国々は指令の改正に消極的だった。彼らから見ると、輸送部門だけは自分たちの主張を通したことになる。具体的には、Visegrad(ヴィシェグラード)と呼ばれるポーランド・ハンガリー・チェコ・スロバキア、そしてスペインとポルトガルも反対だった。

フランス最大の労働組合CGT輸送部門は、「フランスの輸送者は犠牲になった、運転手は『欧州のローコスト従業員』のままだ」と批判した。極左のジャン=リュック・メランション党首(「不服従のフランス」党)は、「彼らは見捨てられた。フランス人が派遣労働の契約でだまされても罰が無いとは!」と非難した。

そういうわけで、運転手たちはデモを行った。2017年11月に、フランス・イタリアと、フランス・ベルギーの国境を、トラックで封鎖したのだった。「フランスの地に入った人々は、同じ権利を持つべきだ。賃金が半分も安い彼らが働きにきたら、我々は職を失ってしまう」と。

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そして今回の「黄色いベスト」運動である。ここでさらに燃料税の負担が増えたら、輸送業やトラック運転手は本当に泣きっ面に蜂である。

倉庫は、郊外か地方にあるものなので、トラック運転手が住んでいる場所も都会ではないだろう。黄色いベスト運動に関わった人たちに中には、間違いなく彼らはいたと思う。「ただでさえ、ローコストにあえいで苦しんでいるのに、燃料税でこれ以上負担を増やすのか!」と。今回の運動は、労働組合などが組織したデモではないので、見えにくいのだけど。

思わぬ欧州レベルの合意

ところが、筆者は知らなかったのだが、EU内ではずっとこの問題を話し合ってきたのだという。

トータルで18ヶ月間話し合ってきたのだが、やっと先週、12月3日の夜、加盟国の運輸大臣は残った輸送部門について合意に達し、運転手の労働条件が手厚く保護されることになったのだ。後は欧州議会の承認手続きへと移る。

12月3日の朝、フランスのエリザベス・ボルヌ大臣は、断固とした様子で閣僚理事会に出席し、「フランスの赤い線」(もうこれ以上ダメだという線)について主張したという。そして同日23時半、EU加盟国の閣僚たちは合意に達した。そのように極めて遅い時間まで話し合ったことに、彼らの「何としても今日決める」という強い意志が感じられる。つまり「黄色いベスト運動」は効果があったということだ。

先週には、ベルギーでも黄色いベストのデモは起きていた。11月30日ごろから始まっていたが、EUのお膝元ブリュッセルで起きたデモがEU関係者に与えた心理的効果は、大きかったに違いない。

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マクロン政権は、国内では黄色いベスト運動によって大きな譲歩を強いられたが、EUレベルでは、黄色いベスト運動を上手に利用して、ドイツやオランダ等と共に当初の目的を達成したことになる。

フランスはとても社会主義的な国で、平等の精神や政策が極めて強い。アメリカの影響がとても強い日本とは、土台が根本的に異なる。エリートやネオリベラリズムというキーワードだけで、日本人の感覚でマクロン政権を見ると、完全に見誤る可能性がある。グローバル化した現代世界の政治家は本当に大変だと思う。国内の問題を根本的に改善するには、世界を見る目を誤ってはいけないのだから。

合意の内容だが、トラックの中で運転手が休むことを禁止して、1週間のうちに与えられる休みでは、運転手をホテルに泊まらせることが義務付けられた。1週間に2回の休み以外では、4週間に1回、つまり3週目の終わりには必ず家族や国に返すことも決められた。その他、カボタージュ問題やタコグラフについても、満足のゆく取り決めがなされたという。

欧州の労働者はつながっている

黄色いベストを着たフランス人運転手たちは、まさか自分たちの運動が、ヨーロッパの同業者たちも守ることになったとは思いもしなかったに違いない。

一般の黄色いベストの人々はどうだろう。彼らの頭のなかに「欧州の労働者」という概念があったかどうかは、まったくもって疑わしい。

でも「欧州の労働者」はつながっているのだ。欧州労働組合連合(ETUC)は「究極の力をもちうる」と言われる団体だ。なぜなら、1986年に欧州の単一市場を創設したジャック・ドロール欧州委員会委員長が、大きな権限を欧州労組に与えたからだ。

今回の合意でも、欧州労組が活発に働いたのは間違いない。

各加盟国が極右に振れていく時代に、労働者の保護と市民の権利に熱心なジャン=クロード・ユンケル委員長がヨーロッパの長で、本当によかったと思う。いくら制度上、欧州労組が大きな力をもっているといっても、やはり時代の潮流や長の方針は大きい。ユンケル委員会のもとでは、欧州労組はとても大きな力をもっているのだ。

EUにおける労働者の保護は、日本にも大変参考になる話なので、別の記事で詳細に内容を書きたいと思う。欧州やフランスの労働者保護から見ると、日本の労働者はまるで家畜のように見えるくらいなのだから・・・。

欧州/EU・国際関係の研究者、ジャーナリスト、編集者、作家

フランス・パリ在住。追求するテーマは異文明の出会い、平等と自由。EU、国際社会や地政学、文化、各国社会等をテーマに執筆。ソルボンヌ(Paris 3)大学院国際関係・欧州研究学院修士号取得。日本EU学会、日仏政治学会会員。駐日EU代表部公式ウェブマガジン「EU MAG」執筆。前大使のインタビュー記事も担当(〜18年)。編著「ニッポンの評判 世界17カ国レポート」新潮社、欧州の章編著「世界で広がる脱原発」宝島社、他。Association de Presse France-Japon会員。仏の某省関連で働く。出版社の編集者出身。 早大卒。ご連絡 saorit2010あっとhotmail.fr

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