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英中銀の出口戦略と失業率のリンク策 市場の信認得られるか?

増谷栄一The US-Euro Economic File代表
英中銀のマーク・カーニー新総裁=英中銀サイトより
英中銀のマーク・カーニー新総裁=英中銀サイトより

英中銀のイングランド銀行(BOE)は8月7日に四半期インフレ報告書を公表し、その中で、BOEとしては初めて、利上げへの転換時期や量的金融緩和からの脱却を目指すという、いわゆる“出口戦略”への転換のタイミングを失業率とリンクさせるフォワードガイダンス(金融政策方針)を明らかにした。

ガイダンスでは、BOEは利上げへの転換を検討する基準として、失業率(現在は7.8%)が7%にまで低下した場合、あるいは、(1)今の超低金利政策(政策金利は0.5%)と量的緩和(3750億ポンド(約57兆円)の資産買い取り枠)が金融の安定を脅かす(2)中期のインフレ期待が十分に抑制されなくなる(3)18~24カ月先のインフレ率が物価目標(2%)を0.5%か、それ以上に上回ることが予想される―という3条件のうち、いずれかに該当した場合としている。失業率との関係では、BOEは2016年半ばまで失業率は7%にまで低下しないとの予測を発表しているので、現在の超低金利政策が今後3年間維持されることを意味する。

一方、世界で初めて出口戦略への転換を失業率と絡めたのはFRB(米連邦準備制度理事会)で、BOEはFRBに追随したといえる。FRBは現在の月850億ドル(約8.3兆円)の資産買い取りによる量的金融緩和(QE3)の解除を検討する基準として、(1)失業率が6.5%を下回ること(2)1~2年先のインフレ率がFRBの長期達成目標(2%上昇)を0.5%ポイント超えない見通しである(3)インフレ期待が抑制されている―という3点を挙げている。

しかし、英経済紙シティA.M.のデスク、アリスター・ヒース氏は英紙デイリー・テレグラフ(6日付電子版)で、FRBとの違いについて、「英国と米国とでは事情が異なる。英国の失業は技術の変化に対応できないことや教育水準の低さ、グローバル化の影響など、労働者と雇用のミスマッチが原因であり、金融政策で解決される問題ではない。従ってマーク・カーニー新総裁のガイダンスは就任後最初の間違いとなるだろう」と厳しく批判する。

また、同氏は、「これまで数年間に及ぶ超低金利と量的緩和で、英国の5~7月の住宅価格は前年比4.6%上昇と、約3年ぶりの大幅上昇となり、6月の狭義のマネーサプライ(M1)も金融機関を除き半年ベースで年率11.7%と急増している。多くの国民は長年の金融緩和というメタドン(麻薬中毒の治療薬)漬けになっているのが実態」と指摘。その上で、「長期にわたって金融緩和が維持されれば、バブルを起こしインフレを加速させるだけ。いま必要なのは利上げへの転換だ」と言い切る。

英国では、BOEの超低金利政策やBOEが2012年7月に導入した銀行による住宅ローンの拡大を狙ったFLS(資金調達支援スキーム)、また、政府の持ち家支援策「ヘルプ・トゥ・バイ(Help to Buy)」で、投資目的の賃貸用住宅ブームが起こり、住宅所有者に対する貸付額が5年ぶりの高水準になっている。今年4~6月期の住宅関連の銀行貸し付けは前年を3割超上回る50億ポンド(約7600億円)と、2008年以来約5年ぶりの高水準という過熱ぶりだ。

英不動産サービス大手ジョーンズ・ラング・ラサールのジョン・ニール調査部長は、英紙フィナンシャル・タイムズ(『FT』)の9日付FT紙(電子版)で、「まだ、住宅バブルの状況にはないが、今後需要が増加し住宅ローン金利が低下すれば、バブルになる」としており、IMF(国際通貨基金)や英国政府内の予算責任局さえも政府の住宅市場介入が新たな不動産バブルを引き起こすと警告している。

BOEのガイダンス発表後、市場に異変!?

市場では当初、BOEのフォワードガイダンスで量的金融緩和が長期化するとの思惑で、ギルド(英国債)や株価、不動産の価格上昇、英ポンドの下落が予想されていたが、実際にはギルトの利回りは変わらず、逆にポンド高となった。その理由について、FT紙のジョン・オーサーズ記者は9日付電子版で、「米国のガイダンスと比較すると英国のガイダンスは説得力が弱いためだ」という。

FRBは2012年1月に超低金利の継続期間を従来の2013年半ばから1年半延長し2014年末までの3年間と明確に宣言した。これは超低金利政策の継続期間を明示するなど市場と対話して金利上昇圧力を軽減する「時間軸政策」といわれるものだ。しかし、オーサーズ記者は、「BOEは3年と予想されるだけで、あるいはもっと長期化する可能性もあるが、明確には宣言していないため、また、最近の英国債市場では景気回復で、長期のインフレ期待が高まり、国債利回りも上昇し始めていること、さらには、FRBの任務は物価安定と完全雇用なのに対し、BOEは物価安定だけのため、仮に失業率が7%を超えていても、住宅価格が急騰すれば18~24カ月先にインフレ率が容易に2.5%を超える可能性がある場合には、利上げに転換する可能性があるため、英国のガイダンスでは超低金利政策の長期継続に対する信頼性が薄いと見られているからだ」という。 (了)

The US-Euro Economic File代表

英字紙ジャパン・タイムズや日経新聞、米経済通信社ブリッジニュース、米ダウ・ジョーンズ、AFX通信社、トムソン・ファイナンシャル(現在のトムソン・ロイター)など日米のメディアで経済報道に従事。NYやワシントン、ロンドンに駐在し、日米欧の経済ニュースをカバー。毎日新聞の週刊誌「エコノミスト」に23年3月まで15年間執筆、現在は金融情報サイト「ウエルスアドバイザー」(旧モーニングスター)で執筆中。著書は「昭和小史・北炭夕張炭鉱の悲劇」(彩流社)や「アメリカ社会を動かすマネー:9つの論考」(三和書籍)など。

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