「発達障害」ならクビにしてもいい? 発達障害の「職場トラブル」Q&A
発達障害の当事者には、どんな権利があるのか
ゴールデンウィークが明け、春から新しい環境で働きはじめ、なかなか仕事や人間関係に慣れずに悩んでいる人も多いだろう。その中には、自身が発達障害であったり、その可能性を疑ったりして困っている人もいるのではないだろうか。
「発達障害だと会社に伝えてあるのに、なんの配慮もされない」「じつは発達障害と診断されていて仕事に馴染めていないが、嫌がらせが心配で会社には伝えていない」「自分の能力や態度に目をつけられ、会社にしつこく発達障害かどうか病院で調べろと迫られる」……。筆者が代表を務めるNPO法人POSSEには、発達障害を理由とした労働相談が寄せられる。
インターネットを検索すると、発達障害の同僚や部下に対して、どう接するかという文章は意外と目に付く。しかし、当事者が会社に要求できること、会社からされたらおかしいことを、網羅的にまとめている記事はなかなか見つけられなかった。
そこでこの記事では、発達障害に関してよく寄せられる労働相談をもとに、当事者の視点からQ&Aを作成した。回答にあたっては主に、障害者雇用促進法や、同法に伴う厚労省の指針やガイドラインなどを参照している。これらは基本的に企業側の視点で作成されているものばかりだが、労働者の立場からどのように使えるか読み替えて解説したい。
なお、筆者は以前にも発達障害について記事を書いているので、参考にしてみてほしい。
参考:発達障害者への「いじめ」、配置転換、解雇… 相次ぐハラスメントにどう対処できる?
Q1 発達障害があり、会社にも伝えています。ところが、他の同僚と同じ水準の業務や成果を求められて困っています。私にとっては過大な負担です。実際に他の人よりミスが多く、仕事の覚えも遅いので、責められてしまい、苦痛です。どうしたらいいでしょうか?
このような場合、労働者は「合理的配慮」を求めることができる。
発達障害者を含む障害者を雇用している場合、企業は障害者雇用促進法で、合理的配慮の提供を義務付けられている。合理的配慮とは、障害者と障害者でない者との均等な機会や待遇の確保、障害者の有する能力の有効な発揮の支障となっている事情を改善するための必要な措置であり、障害の特性に配慮した職務の円滑な遂行に必要な施設の整備、援助を行う者の配置などを指している。
例えば、厚労省は発達障害に対する合理的配慮として、「合理的配慮指針」で、下記を例示している。
- 業務指導や相談に関し、担当者を定めること。
- 業務指示やスケジュールを明確にし、指示を一つずつ出す、作業手順について図等を活用したマニュアルを作成する等の対応を行うこと。
- 出退勤時刻・休暇・休憩に関し、通院・体調に配慮すること。
- 感覚過敏を緩和するため、サングラスの着用や耳栓の使用を認める等の対応を行うこと。
- 本人のプライバシーに配慮した上で、他の労働者に対し、障害の内容や必要な配慮等を説明すること。
また、厚労省が公開している「合理的配慮指針事例集」の発達障害の項目では、実際の職場で導入されているという下記の取り組みが紹介されている。
- 残業が必要な場合、予め本人に伝える、1日おきとする、体調により控えてもらう等の配慮を行っている。
- 高圧的にではなく、「…してほしい」と丁寧な言葉遣いで指示をする。
- 急な作業変更は極力行わない。行う場合には、本人の作業が一区切りつくまで待つ。また、業務の中で予想される変化については、できるだけ事前に本人に伝える。
- 本人の意向を踏まえ、本人が遂行困難または苦手な作業は担当としないようにしている。
発達障害の労働者は、法律に則って、企業にこうした配慮を求めることができるというわけだ。ただし、「事業主に対して過重な負担を及ぼすこととなるときは、この限りでない」ともされており、当事者が具体的な合理的配慮の案を希望しても、負担が過重だとして、企業がほとんど応じない懸念もある。
合理的配慮の手続きとしては、企業は障害をもつ本人と、どのような措置が必要なのかを話し合うことが義務付けられている。さらに、実施する措置の内容や、本人の希望のあった措置が過重な負担になると判断した場合は、その措置を実施できないこととについて、本人に伝えなければならない。また、本人の求めに応じて、措置を実施する理由や実施できない理由について、説明しなければならない。
話し合いによる自主的な解決ができない場合には、都道府県労働局職業安定部の紛争解決援助制度がある。この制度には二つあり、都道府県労働局長による紛争解決の援助としての迅速な助言・指導・勧告か、障害者雇用調停会議による調停委員(弁護士や大学教授、社会保険労務士など)の調停を受けることができる。
この紛争解決援助制度にも「限界」があるのだが、本記事の最後で述べたい。
Q2 発達障害であることを会社に伝えたところ、退職を促されました。
障害者雇用促進法では、「障害者に対する差別の禁止」として、「事業主は、賃金の決定、教育訓練の実施、福利厚生施設の利用その他の待遇について、労働者が障害者であることを理由として、障害者でない者と不当な差別的取扱いをしてはならない」とされている。これに伴い、厚労省は「障害者差別禁止指針」を定めている。
具体的には、募集及び採用、賃金、配置(業務の内容、就業の場所、業務の配分、権限の付与など)、昇進、降格、教育訓練、福利厚生、職種の変更、雇用形態の変更、退職勧奨、定年、解雇、労働契約の更新などにおいて、障害者であることを理由として、その対象とすることや、対象から排除すること、条件を不利にすること等は、差別に該当するとされている。
このことから、質問のケースは明確に差別と言えそうだ。
合理的配慮と同様に、このような差別的取り扱いについても、前述の都道府県労働局の紛争解決援助制度を利用することが可能だ。
しかし、この指針においては「合理的配慮を提供し、労働能力等を適正に評価した結果として障害者でない者と異なる取扱いをすること」「合理的配慮に係る措置を講ずること(その結果として、障害者でない者と異なる取扱いとなること)」などは差別に該当しないと明記されている。
企業側が「あなたに発達障害があること自体が理由ではなく、合理的配慮をするために、部署を異動してもらうことになった」などと主張してくる可能性があり、こうした場合に争いとなるだろう。
Q3 発達障害であると職場に伝えてあるのですが、上司や同僚から暴言を受けて、いじめられています。
職場の障害者に対する差別発言については、障害者雇用促進法ではなく、障害者虐待禁止法に記載がある。同法では、「使用者による障害者虐待」を定めている。ここでいう「使用者」としては、「障害者を雇用する事業主」、「事業の経営担当者」、そして「その他その事業の労働者に関する事項について事業主のために行為する者として「工場長、労務管理者、人事担当者」が挙げられている。
同法では、使用者による障害者虐待の一つとして、「心理的虐待」を分類しており、「障害者に対する著しい暴言、著しく拒絶的な対応、不当な差別的言動その他、障害者に著しい心理的外傷を与える言動を行うこと」としている。「具体的な例」として、以下の行為を挙げている。
- 人格を無視し、著しく怒鳴る、ののしる、悪口等を言う
- 心を傷つけることを繰り返し言う
- 他の労働者と差別的な扱いをする
- 意図的に恥をかかせる 等
質問のケースも、上司からの発言については、これに当てはまる可能性がありそうだ。
障害者虐待防止法では、虐待の発見者は、市町村または都道府県に通報する義務があり、虐待を受けた障害者は届出をすることができる。通報や届出は、市町村や都道府県の「市町村障害者虐待防止センター」「都道府県障害者権利擁護センター」に行うものとされ、そこから報告を受けた労働局が企業を調査し、「労働基準法、障害者雇用促進法、男女雇用機会均等法など、所管する法令に違反する障害者虐待が行われている恐れがある場合には、所轄の都道府県労働局、労働基準監督署、ハローワークの職員が事業所に出向くなどして、調査し、必要な指導等を行います」とされている。
つまり、「障害者虐待」や差別発言に対して、障害者虐待禁止法の独自の実践的な解決スキームがあるわけではないということだ。このため、後述する紛争解決援助制度の限界をそのまま引き継ぐこととなってしまう。また、差別発言をした者が「使用者」でない場合は、そもそも「使用者による障害者虐待」としても扱われない。
Q4 じつは就職前から発達障害であるという診断を医師から受けていましたが、就職活動にあたり、そのことを会社に伝えないまま採用されました。このことは問題になるのでしょうか?
そもそも、労働者に発達障害かどうかを確認することは、企業が自由に行えることとはされていない。厚労省の「プライバシーに配慮した障害者の把握・確認ガイドライン」を見てみよう。
このように、障害の把握・確認に関して、いわば「警告」がされており、厚労省は把握・確認に際して慎重を期すように促しているのである。
その上で、採用時に関する把握・確認の方法について、厚労省による具体的な記載を確認してみたい。
このガイドラインでは、本人が自ら障害者であることを明らかにしていないが、採用面接時などで企業側が障害の有無を照会する場合について、「特別な職業上の必要性が存在することその他業務の目的の達成に必要不可欠な場合に限られ、その際には、目的を示して本人に障害の有無を照会しなければなりません」としている。
つまり、企業側が発達障害の有無について採用面接等で確認するのであれば、特別な職業上の必要性があったり、業務の目的の達成に必要不可欠であったりといった場合に、目的を示した上で、行う必要があるということだ。
このことからすれば、少なくとも、こうした企業側からの手続きがない中で、労働者が採用時に発達障害の有無を明かしていなくても、問題があるとは言えないだろう。
続けて、厚労省「障害者雇用促進法に基づく障害者差別禁止・合理的配慮に関する Q&A【第二版】」を見てみよう。企業側の視点からの質問として、「一般求人において、本人が障害者であることを明らかにしていない場合、募集及び採用時に、就業上の配慮が必要かどうか質問する際の留意点はありますか?」という項目がある。
厚労省はその回答として、「一般求人において、応募者が自ら障害者であることを申し出ていない場合においては、能力・適性を判断するために必要な範囲内で、質問の趣旨及び必要性を明らかにした上で質問していただくことが基本です。また、当該質問が障害を有することの確認に繋がらないようにすることに加え、募集及び採用時に障害者であることを明らかにしていなかった者が採用後に合理的配慮を求めることを妨げるものではないことに留意する必要があります」とある。
労働者が採用時に言わなかった発達障害について、採用後に合理的配慮を求めることは妨げられないと明記されている。このことからも、労働者が採用段階で自主的に障害について述べないことに問題があるとは言えないだろう。
Q5 私は自分が発達障害であるかどうかを会社に伝えたいと思っていません。ところが、上司や同僚が私のミスや職場での振る舞いなどを指摘し、発達障害ではないかと聞いてきます。これは問題ないのでしょうか。
まず、Q4でガイドラインから引用したように、採用時に限らず、労働者の意に反した発達障害の確認・把握は、プライバシー権の侵害になる可能性があると厚労省は忠告している。
その上で、厚労省の「障害者雇用促進法に基づく障害者差別禁止・合理的配慮に関する Q&A【第二版】」を見てみよう。ここでは、「プライバシーに配慮した障害の把握・確認方法」として、「労働者本人から障害を持っていることを積極的に申し出ない」場合に、「事業主が労働者の障害の有無を把握・確認するに当たって、どのようなことに注意すればよい」かについて、「望ましい」手順を記している。
これは裏を返せば、労働者が自分の障害を積極的に申し出ていない場合に、企業側が障害の確認・把握のために望ましくない方法について述べられていると考えて良いだろう。
具体的に確認していこう。「労働者からの申出がない場合の把握・確認の方法としては、全従業員への一斉メール送信、書類の配布、社内報等の画一的な手段により、合理的配慮の提供の申出を呼びかけることが基本です」とされている。つまり、障害の有無について、個別に確認することは一般的に望ましくないということだ。
また、「合理的配慮の提供以外の目的で取得した情報により、ある労働者が障害者であることを把握した場合は、元々他の目的のために取得した情報を用いるため、合理的配慮の提供の必要性を相談するためにこれらの情報を活用する際には、事前に同意を得ることが必要」とされている。合理的配慮以外の目的で聞いたり見たりした労働者の状況について、事前に同意がなければ、使ってはいけないとされている。
さらにこのQ&Aでは、企業が労働者の「合理的配慮の提供の必要性を相談する根拠」として「適切でないと考えられる例」を具体的に下記のように挙げている。
- 健康等について、部下が上司に対して個人的に相談した内容
- 上司や職場の同僚の受けた印象や職場における風評
- 企業内診療所における診療の結果
- 健康保険組合のレセプト
つまり、個人的な相談や上司や同僚の印象や噂によって、「あなたは障害があるかもしれないから、合理的配慮の提供が必要だ」と打診することは、プライバシーの配慮がされていない、望ましくない行為ということだ。繰り返すが、あくまで職場の労働者に一律に確認を促すべきとされているわけだ。
Q6 上司が執拗に、私に病院に行って障害があるかどうか診断を受けてくるように命令してきます。私は嫌なのですが、会社の命令なので、従うしかないのでしょうか。
Q4、Q5を踏まえれば、このような確認の方法はプライバシー権の侵害の可能性が高く、不適切であると言って良いだろう。その上で、もう少し突っ込んで検討してみよう。
厚労省の「プライバシーに配慮した障害者の把握・確認ガイドライン」によれば、「把握・確認に当たって、どのような場合であっても行ってはならない禁忌事項」として、わざわざ「労働者本人の意思に反して、障害者である旨の申告又は手帳の取得を強要してはならない」と記載している。
さらに具体的に「産業医等の医療関係者をはじめとする第三者を通じて、労働者に対して申告や手帳の取得を強要してはなりません。また、精神障害者である労働者に対して障害者手帳の所持の有無を照会し、所持していなかった場合に、その労働者に障害者手帳を取得するよう強要してはなりません」とはっきり述べられている。
発達障害についてしつこく病院で診断を受けるように言うことは、「どのような場合であっても行ってはならない禁忌事項」であるということは極めて重要であろう。
労働局で無理なら、あきらめるしかないのか?
本記事ではここまで、発達障害の労働相談について、法律だけでなく、行政の制度や見解を中心に説明してきた。しかし、いずれも「限界」をはらんでいることを付け加えておきたい。
Q1からQ3までは、労働局による紛争解決援助制度を紹介した。しかし、労働局の紛争解決援助制度は打ち切りになりやすい。労働局長による援助については、企業側が事情聴取に全く応じない場合、障害者雇用調停会議については、企業側が調停に非協力的で全く出席しない場合に打ち切られてしまう。企業にとってこれらに応じる義務はないのだ。
また、Q4〜Q6については、プライバシーの侵害に関しての厚労省の見解を紹介したが、企業がプライバシーの侵害をしたとしても、行政が障害者雇用促進法などを根拠に何らかの対応をできるとは明確化されていない。基本的に労働者自身が問題にするしかないのである。労働者が個人的に争うのは至難の業だ。
そこで、会社と「対等」な立場で対峙することのできる方法として、労働組合がある。労働組合であれば、当事者の希望を細かく伝えることも可能なうえ、労働組合法の規定によって、会社側は団体交渉を拒否できない。
さらに、労働者側の要望に応じられない理由に答えるなど「誠実交渉」を行わなければ、やはり違法行為になる。労働組合は合理的配慮の中身はもちろん、プライバシーの侵害や差別発言の再発防止策、さらにそれらの行為に対する損害賠償請求などを実現するためにも有効な方法である。
しかし、残念ながら社内の労働組合は、あまりに会社に妥協的であることが多い。社内の労働組合が機能していない場合には、社外の個人加盟のユニオンを活用することもできる。労働者が社外のユニオンに加入した場合でも、会社は法律上、団体交渉に応じる義務が発生する。
発達障害でお悩みの方は、自身の受けている被害を自分の責任だと思い込まず、ぜひ労働相談をしてみてほしい。その中でも、ユニオンを通じて会社と話し合うことをおすすめしたい。
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