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発達障害者への「いじめ」、配置転換、解雇… 相次ぐハラスメントにどう対処できる?

今野晴貴NPO法人POSSE代表。雇用・労働政策研究者。
写真はイメージです。(提供:イメージマート)

発達障害の労働者が、泣き寝入りしないで済む方法

 12月は厚労省の定める「職場のハラスメント撲滅月間」である。この期間を前に、最近の職場のハラスメントで注目すべき傾向について考えてみたい。筆者が代表を務めるNPO法人POSSE に寄せられる労働相談において顕著なのが、「発達障害」を理由としたハラスメント被害の事例だ。

 発達障害とは一般的に、能力の発達に「偏り」があることを指す。ADHD(注意欠如・多動症)やASD(自閉スペクトラム症)が代表的だ。労働者にそうした特性があっても、個々に合わせて仕事のペースややり方を変えることで、職場に適応できると言われている。しかし現実には、発達障害の労働者がいじめに遭うケースは非常に多い。

 そんな中、被害を告発するルポや、発達障害でも働きやすいよう上司や同僚にできるサポートを紹介する記事などが、報道される機会も増えてきた印象だ。一方で、ハラスメントが発生し、職場からの適切な対応が期待できない場合に、発達障害の労働者自身が、どのような手段をとりうるのかについて、論じられる機会は少ない。

 そこで本記事では、発達障害者に向けられる職場いじめのパターンや、その背景を分析しつつ、発達障害のある労働者自身にとって「武器」となる法律上の権利と、その使い方について紹介していく。

参考:本記事の発達障害によるハラスメントの実態と、その背景分析については、坂倉昇平『大人のいじめ』(講談社現代新書、第4章)

「能力」が低いからしょうがない? 横行する発達障害のハラスメント

 はじめに、NPO法人POSSEに寄せられた発達障害に関係するハラスメント相談の典型例から見ていこう。

【相談事例1】Aさんは転職先の職場で多くの業務を任される中でミスが目立つようになり、上司や同僚から「前にも言われたでしょ」などと、厳しく指導されるようになった。思い切って心療内科を受診したところ、ADHDと診断された。診断結果を会社に報告したものの、それ以降もAさんが何か忘れると「もう勘弁してくれよ」「お前、周りにどれだけ迷惑をかけているかわかっているだろう」と指摘された。さらに、上司や同僚から注意をされているときに素直に話を聞いているように見えないとして、「ナチュラルに人を煽っているよね」「そういうのに関しては天才だよね」と同僚に椰楡された。同僚が後輩に「これミスしたら、Aさんレベルですよ」と説教している場面も目撃した。最終的にAさんはうつ病を発症してしまった。

【相談事例2】発達障害と診断されていたBさんは、そのことを職場で説明したうえで福祉系の職場に採用された。しかし、会社には業務の研修や指導が整っておらず、十分な教育のないまま、Bさんは現場に出されてしまった。また上司は一度にたくさんの仕事を振ったり、急かしたりしてきた。Bさんはこのような状態に対応できず、上司から大声で怒鳴られることが相次いだ。会社役員にも相談してみたが、仕事の遅い自分が悪いと批判されてしまった。Bさんは精神疾患になってしまい、会社を休職することになった。医者には職場環境の改善、異動などが必要と診断書に書いてもらったが、役員からは退職勧奨を受けてしまった。

 事例1のように、発達障害による特性を理由に、「能力」や「態度」に問題があるとみなされてしまい、いじめの標的になるというパターンは多い。ADHDの人は、話しすぎてしまう、思ったことをすぐに言ってしまう、会議や事務処理で注意を持続しづらい、仕事を先延ばしにする、仕事が周りより遅い、時間管理や片付けが苦手、物をなくしたり置き忘れたりするなどの傾向が見られる。

 こうした特徴を理由として、上司や同僚に「やる気がない」と目をつけられてしまい、ハラスメントを受けるケースが多い。当初は「指導」だったはずが、特性が「改善」されないため怒りを買ってしまい、ハラスメントにエスカレートしてしまうこともある。また発達障害ではない労働者に対する場合と同様の「指導」を繰り返したり、同様の過剰な業務で追い込んだりすることじたいが、発達障害者にとっては精神的苦痛であり、実質的なハラスメントになってしまうこともある。

 また、事例でみられるように、医師の診断を受けたうえで、発達障害であることを伝えていても、なお、特にサポートを受けられないケースも珍しくはない。それどころか、発達障害であることを明かしたことで、かえってハラスメントが加速する職場もある。発達障害でない労働者であれば、厳しい「指導」や過酷な環境に追い込むことによって無理やり職場に「適応」させることができるが、その見込みのない発達障害者は、早急に職場から追い出す対象になってしまうわけだ。

障害者にとっての「武器」、「合理的配慮」の義務

 このような職場における発達障害者へのハラスメントに対して、改善の鍵を握るのが、2016年4月に施行された改正障害者雇用促進法で設けられた「合理的配慮」の義務化である。使用者は発達障害者を含む障害者を雇用している場合、合理的配慮の提供をしなければならなくなっている。

 具体的には、障害者と障害者でない者との均等な機会や待遇の確保、障害者の有する能力の有効な発揮の支障となっている事情を改善するための必要な措置であり、障害の特性に配慮した職務の円滑な遂行に必要な施設の整備、援助を行う者の配置などを指している。例えば、厚労省は「精神障害がある方などに対し、出退勤時刻・休暇・休憩に関し、通院・ 体調に配慮すること」などを挙げている。

 この合理的配慮の義務を根拠として、発達障害の労働者についても、自身の特性に応じたフォローをする体制を事業主求めることができる。

 ただし、「事業主に対して過重な負担を及ぼすこととなるときは、この限りでない」ともされており、当事者が具体的な合理的配慮を提案しても、負担が過剰だとして、軽微なサポートしか実現できない懸念もある。

障害者雇用枠は合理的配慮か?

 しかし、こうした「合理的配慮」にあり方も問題含みだ。「配慮」が本人にとって不本意な配置転換や労働条件の切り下げになってしまう恐れもあるからだ。

 この点に関係するのが、2016年4月施行の障害者雇用促進法の改正によって、「障害者雇用枠」に発達障害が加えられたという、もう一つの事情だ。従来から、企業には一定の比率で障害者を雇用する義務が課せられていたが、その雇用義務の人数にカウントできる対象として、発達障害を含んだ精神障害(障害者手帳を持っていることが前提)が加えられたのだ。

 もともと、義務付けられた定数を満たすため、障害者雇用枠を設けて、知的障害者や身体障害者が働きやすいよう、負担の少ない単純な業務をさせる専門の部署を設けていた企業も多かった。その手法をさらに押し進めたのが、このときに新設された「特例子会社」という仕組みである。障害者の雇用に特別の配慮をした子会社を設立し、一定の要件を満たせば、その子会社に雇用されている労働者を親会社や企業グループ全体の障害者雇用率として算定できるのだ。

 特例子会社で障害者を雇用することで、わざわざ「本体」の会社の職場環境を改善しないで済み、合理的配慮も比較的行いやすいことが、会社にとっても障害者にとっても「メリット」だとされる。実際に、通常の労働者から距離をとることで、精神的に楽になったという労働者が存在することも事実だ。

 しかし、このことは労働者にとって必ずしも良いことばかりとは言えない。特に、すでに一般の枠で採用されている発達障害者については、この仕組みが労働条件の不利益変更に用いられるリスクがあるうえ、もともと希望していたキャリアが閉ざされてしまうことになるからだ。

 すでに通常の雇用枠組みで採用してしまった発達障害者を通常の職場から「排除」したい経営者からすれば、彼らを専門の部署や特例子会社に集めることによって、障害者雇用促進法の「雇用比率」と「合理的配慮」の義務も容易にクリアできる。しかし、それでは障害のある労働者のキャリア形成の自由は侵害されることになるわけだ。

【相談事例3】大手メーカーに新卒で入社したCさんは、まだ2年目にもかかわらず、ミスが多いことを会社から目をつけられてしまい、PIP(業務改善計画)の対象とされ、退職勧奨が始まった。それと同時に、上司から発達障害の診断を受けろと言われた。この指示が自分に対する配慮とはとても思えず、Cさんは精神的に追い詰められて不眠症になり、クリニックに通院することになった。

【相談事例4】大手運送会社でドライバーとして勤務するDさんは、挨拶ができなかったり、怒ってないのにストレートな物言いをしてしまったりと人間関係が苦手だった。病院に行ってみたところ、ASDと診断を受けた。仕事への意欲はあり、ミスもない自信があるが、上司や同僚から嫌われてしまっており、会社に症状を伝えるべきか悩んでいる。医者の診断書では、人間関係がない仕事が良いと書かれており、事務所の事務職で雑用業務や企業のグループ会社に配転されるのではないかと懸念している。しかし給与が大幅に下がるため、困っている。

 事例3は、PIPや退職勧奨と同時に発達障害の診断を指示することは、「合理的配慮」のフリをして、賃金の低い障害者雇用枠に異動させ、ゆくゆくは退職に追いやろうとしている経営側の意図がうかがわれる。事例4のように、すでに自分では発達障害であると診断されて知っているが、「合理的配慮」による不利益変更を恐れて、診断結果を会社に言うべきか悩んでいる人も多い。

 このように、すでに採用されている発達障害者にとっては、合理的配慮や「障害者雇用の義務の「履行の仕方」次第では新たな問題を生み出してしまうのである。

待遇を下げずに、柔軟な「合理的配慮」を実現する方法

 発達障害をもつ人に対する合理的配慮と雇用義務の行き着く先は、障害者雇用枠への異動しかないのだろうか。ここで、厚労省が公開している「合理的配慮指針事例集」の発達障害の項目を確認してみよう。実際の職場で導入されているという下記の取り組みが紹介されている。

  • 残業が必要な場合、予め本人に伝える、1日おきとする、体調により控えてもらう等の配慮を行っている。
  • 高圧的にではなく、「…してほしい」と丁寧な言葉遣いで指示をする。
  • 急な作業変更は極力行わない。行う場合には、本人の作業が一区切りつくまで待つ。 また、業務の中で予想される変化については、できるだけ事前に本人に伝える。
  • 本人の意向を踏まえ、本人が遂行困難または苦手な作業は担当としないようにしている。

 残業における配慮や、丁寧な指導、本人に配慮した業務の与え方など、こうした例は本来、発達障害者でなくても労働者に認められるべき内容である。発達障害の人が働きやすい職場とは、誰にとっても働きやすい職場となることが多い。わざわざ特例子会社に限定しなければならないわけではないはずだ。

 言い換えれば、障害者への「合理的配慮」の実現は、職場全体のハラスメントを改善していく方策ともなり得る。では、どうすれば、いまの職場において、待遇の低下を伴わずに、本人の望む合理的配慮を促すことができるのだろうか。

 まず、合理的配慮の実施について、使用者は障害をもつ本人と話し合うことが必要とされている。まずはこの話し合いの場で自分の希望をしっかいりと伝えていくことが重要である。なお、障害者雇用促進法では、会社側には障害者からの苦情について、自主的に解決する努力義務も定められている。だが、話し合いによる解決はあくまで自主的なものであり、会社と個人で話し合ったとしても、立場の弱い労働者は押し切られてしまう場合がおおいだろう。

 次に、労使の話し合いによる自主的な解決ができない場合には、都道府県労働力に申請することで、都道府県労働局長による助言・指導・勧告が出されたり、同紛争調整委員会による調停をうけることもできる。最寄りの都道府県労働局の総合相談窓口に申請すれば手続きが開始される。

厚生労働省「障害者の雇用の促進等に関する法律の一部を改正する法律の概要」より
厚生労働省「障害者の雇用の促進等に関する法律の一部を改正する法律の概要」より

 ただし、行政による指導や勧告には強制力がなく、紛争調整員会による調停も使用者側が参加を拒否すれば打ち切られてしまう。そうした場合には、労組法で守られており、会社と「対等」な立場で対峙することのできる労働組合を通じて、交渉を行うことが有効だ。

 労働組合であれば、当事者の希望を細かく伝えることも可能なうえ、会社側は団体交渉を拒否できない。さらに、労働者側の要望に応じられない理由に答えるなど「誠実交渉」を行わなければ違法行為になる。労働組合は合理的配慮の中身をめぐって、実質的な話し合いを実現するために有効な方法である。

 しかし、残念ながら社内の労働組合は、あまりに会社に妥協的であることが多い。社内の労働組合が機能していない場合には、社外の個人加盟のユニオンを活用することもできる。労働者が社外のユニオンに加入した場合でも、会社は法律上、団体交渉に応じる義務が発生する。

 以上のように、発達障害に対する社会の認知や法整備は進んできている一方で、ハラスメントは減っていない。ぜひ発達障害で悩んでいる人には、障碍者雇用促進法上の「合理的配慮」を求める権利や、さらには労働組合を通じた交渉の知識を知っておいてほしい。

ハラスメント労働相談ホットライン

日時:12月4日(日)13時〜17時

電話番号:0120-987-215(通話無料・相談無料・秘密厳守)

主催:総合サポートユニオン

無料労働相談窓口

NPO法人POSSE 

03-6699-9359(平日17時~21時 日祝13時~17時 水曜・土曜日定休)

soudan@npoposse.jp

公式LINE ID:@613gckxw

*筆者が代表を務めるNPO法人。訓練を受けたスタッフが労働法・労働契約法など各種の法律や、労働組合・行政等の専門機関の「使い方」をサポートします。

総合サポートユニオン 

03-6804-7650(平日17時~21時 日祝13時~17時 水曜・土曜日定休)

公式LINE ID: @437ftuvn

*個別の労働事件に対応している労働組合。労働組合法上の権利を用いることで紛争解決に当たっています。

就労支援事業 

*個別の労働事件に対応している労働組合。労働組合法上の権利を用いることで紛争解決に当たっています。「ブラック企業」などからの転職支援事業も行っています

仙台けやきユニオン 

022-796-3894(平日17時~21時 日祝13時~17時 水曜・土曜日定休)

sendai@sougou-u.jp

*仙台圏の労働問題に取り組んでいる個人加盟労働組合です。

ブラック企業被害対策弁護団 

03-3288-0112

NPO法人POSSE代表。雇用・労働政策研究者。

NPO法人「POSSE」代表。年間5000件以上の労働・生活相談に関わり、労働・福祉政策について研究・提言している。近著に『賃労働の系譜学 フォーディズムからデジタル封建制へ』(青土社)。その他に『ストライキ2.0』(集英社新書)、『ブラック企業』(文春新書)、『ブラックバイト』(岩波新書)、『生活保護』(ちくま新書)など多数。流行語大賞トップ10(「ブラック企業」)、大佛次郎論壇賞、日本労働社会学会奨励賞などを受賞。一橋大学大学院社会学研究科博士後期課程修了。博士(社会学)。専門社会調査士。

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