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クジラはなぜ座礁するのか

石田雅彦科学ジャーナリスト
Photo by Masahiko Ishida, 国立科学博物館のクジラ模型

危惧されるクジラとの衝突事故

今週の日曜日、2016年2月7日に伊豆大島との間を往き来する高速船がクジラとおぼしき生物と衝突して漂流する、という事故が起きた。この衝撃で乗組員の二人が軽傷を負ったという。

捕鯨量の減少のせいか、近海でクジラ類が多くみられるようになり、伊豆諸島でも八丈島ではこれまで来なかったザトウクジラが現れ、ホエールウォッチングを観光の目玉にしようとしている。しかし、大島近海では、クジラが増え、こうした事故が危惧されるようになっている。

こうした現象の背景を考えれば、衝突事故の場合、捕鯨の減少でクジラ類が増えた、というのも大きいだろう。個体数が増えれば、人間の活動との接触も増える。サルやイノシシ、シカ、クマなどの獣害と同じだ。しかし、世界的な反捕鯨運動のせいで、簡単に駆除もできない。

人間活動と海洋生物行動の関係は

一方、英国などヨーロッパの沿岸では、クジラのストランディング、つまり座礁が急増中だ。2月4日には英国ノーフォーク州のハンスタントンに巨大なマッコウクジラが打ち上げられて死んだ。報道によれば、この2週間で30頭近くも座礁事故が起きている。英国沿岸の事故については木村正人氏の記事も詳しく報告している。

反捕鯨運動と関係するのかもしれないが、人間の存在がこうした生物の行動に変化を及ぼす、という研究や意見、議論も根強い。

たとえば、軍事演習が多く行われる海域で座礁したクジラを調べたところ、聴覚器官からの出血、肺や発音器官の損傷がみられた、という報告もある(*1。深度感覚が変調し、急浮上するなどして潜水病に似た症状で死んだりすることもあるようだ。

2015年4月には、米国の連邦地方裁判所で海生生物保護のためにカリフォルニア沖やハワイ沖での海軍演習を止めさせる判決が出ている。海中での兵器の爆発音やソナーなどがこれらの生物の聴覚に重篤な影響を及ぼし、物理的な内臓破裂などを引き起こす、と断じたわけだ。もっとも、原告が強力な環境保護団体だった、ということも無視できないだろう。

一方、沿岸での灌漑や浚渫工事などの音も海洋生物に、従来、考えられていたよりも大きな影響を与えている、という意見もある(*2。英国、サザンプトン大学の研究によれば、こうした音や振動によって海底に穴を掘って生きている魚介類の行動に変化が起き、海底の無酸素化も起きているらしい。研究者は、食物連鎖の底辺を形成する魚介類への影響は無視できないものだ、と言う。

また、英国のエクセター大学の研究によると、モーターボートなどのノイズが珊瑚礁の生態系に変化をおよぼしているらしい。ノイズによって小魚のセンサーを鈍らせ、捕食者から逃れにくくなるのだそうだ(*3。

クジラの座礁はハクジラ類の特性か

ところで、国立科学博物館の「海生哺乳類情報データベース」というものがあり、ここをみると日本近海でのストランディング、つまり座礁クジラ類や迷って保護されたオットセイなどの様子がわかる。このサイトによれば、2016年に入ってからも20件以上の事故が起きている。

だが、クジラ類の座礁は、ソナーなどの軍事技術が発達していない時代から世界中で起きている。科博のサイトでも江戸時代からのデータがある。

集団座礁は、ゴンドウクジラやマッコウクジラなどのハクジラ類で多く起き、ザトウクジラなどのヒゲクジラ類ではほとんどみられない、というのも示唆的だ。

一般的に、ハクジラ類は沿岸型で好奇心旺盛、集団行動をする、と言われる。ヒゲクジラ類が遠洋型で保守的、単独行動型なのと対照的だ。また、ハクジラ類が高周波のエコロケーションという音響定位能力を発達させているが、ヒゲクジラ類のこうした能力はハクジラ類に比べるとかなり低い。

こうした個性や行動範囲の違い、感覚器官の違いが、クジラ類、特にハクジラ類の座礁事故と何か関係があるのかもしれない。

  • 1)A. Frantzis, "Does acoustic testing strand whales?", Nature392, 29 (5 March 1998) | doi:10.1038/32068
  • 2)Martin Solan, Chris Hauton, Jasmin A. Godbold, Christina L. Wood, Timothy G. Leighton & Paul White, "Anthropogenic sources of underwater sound can modify how sediment-dwelling invertebrates mediate ecosystem properties", Scientific Reports 6, Article number: 20540 (2016), doi:10.1038/srep20540
  • 3)Stephen D. Simpson, Andrew N. Radford, Sophie L. Nedelec, Maud C. O. Ferrari, Douglas P. Chivers, Mark I. McCormick & Mark G. Meekan, "Anthropogenic noise increases fish mortality by predation", Nature Communications 7, Article number: 10544 doi:10.1038/ncomms10544
科学ジャーナリスト

いしだまさひこ:北海道出身。法政大学経済学部卒業、横浜市立大学大学院医学研究科修士課程修了、医科学修士。近代映画社から独立後、醍醐味エンタープライズ(出版企画制作)設立。紙媒体の商業誌編集長などを経験。日本医学ジャーナリスト協会会員。水中遺物探索学会主宰。サイエンス系の単著に『恐竜大接近』(監修:小畠郁生)『遺伝子・ゲノム最前線』(監修:和田昭允)『ロボット・テクノロジーよ、日本を救え』など、人文系単著に『季節の実用語』『沈船「お宝」伝説』『おんな城主 井伊直虎』など、出版プロデュースに『料理の鉄人』『お化け屋敷で科学する!』『新型タバコの本当のリスク』(著者:田淵貴大)などがある。

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