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NY、観光客にもワクチン接種で、なにが起こる? 富裕層の国外脱出が加速し格差拡大。取り残される庶民。

山田順作家、ジャーナリスト
NYのワクチンバス(写真:City of New York @ nycgov)

 5月6日(現地時間)、ニューヨーク市のビル・デブラシオ市長は、記者会見で、市外から訪れる観光客にも新型コロナウイルスのワクチンを接種することを表明した。市長は「観光振興策」の一環であるとし、「ニューヨーク州の承認が得られ次第、今週末にも開始する」と明言。ワクチン接種にはワクチンバスを活用し、接種するワクチンは1回で済むジョンソン&ジョンソンのものを使うと述べた。

 東京は、小池知事が「東京に来ないで」と懇願。それとは真逆で、NYでは市長が「NYに来て欲しい」と宣言。日本とアメリカの違いにショックを受けた人は多いと思うが、これが実現すると、ショックはさらに深まるだろう。

 まず、ニューヨーク州がこうすれば、追随する州が出る可能性がある。とくに観光で成り立っているハワイ州、ディズニーランドがあるカリフォルニア州、フロリダ州なども、同様の措置を取るだろう。すでに、アメリカではワクチンが余る状況になっているし、一部の州では不法移民にも接種しているのだから、そうなる可能性は十分だ。

 ワクチン接種が全人口の2%にすぎない日本から見れば、信じられない話だが、アメリカのワクチン接種は、いまや成人(16才以上)なら誰でもできる。予約もいらないし、身元確認もゆるい。日本のように、紙のワクチン接種券を郵送するなどという馬鹿げたことは行っていない。

 ワクチンは個人のために打つのではなく、社会を正常化させるため、集団免疫を確立させるために打つ。したがって、不法移民にも打つ、観光客にも打つ、という発想になってもなにもおかしくはないのだ。

 では、本当にそうなったら、なにが起こるだろうか?

 おそらく、NYには、世界中から観光客が殺到するだろう。とくに、日本のような「ワクチン後進国」からは、観光客というより、ワクチン接種を目的とした旅行客が殺到する可能性がある。なにしろ、日本では、一般国民が打てるまでには数カ月がかかるからだ。

 こんな事態になるのは、すでに世界で「ワクチンツーリズム」が起こっていることから、容易に想像がつく。すでに、国民の9割近くが接種を終えたUAEでは、世界中からワクチン接種するために、富裕層が集まっている。UAEは非居住の外国人を接種対象にしていないが、スペイン王女2人や著名な投資家たちがワクチン接種を受けたと、報じられている。

 欧州では、セルビアが外国人への接種を認可したため、世界各地からワクチン旅行者が集まっている。インドでは、自国の感染爆発に危機を抱いた富裕層が、続々と国外脱出して、海外でワクチンを接種しているという。

 ワクチンツーリズムを享受できるのは、これまでは、ほぼ富裕層に限られていた。しかし、今後、NYのようなことが起これば、余裕がある中間層まで広がるだろう。

 すでに、私が知っている人間も何人か、ハワイやカリフォルニア、NYなどに、ワクチンを打ちに行っている。富裕層はたいてい、アメリカのグリーンカードや投資家ビザを持っており、滞在資格があるので問題はない。しかし、今後はビザなしの観光客でも可能になりそうなのだ。

 ただネックは、日本に戻るとき、入国後の自己隔離が14日間義務付けられることだ。日本は、ワクチン接種証明書(ワクチンパスポート)保持者をどう扱うか、まだなにも決めていない。

 現在、NYでワクチンを接種すれば、「エクシオールパス」(NY版のワクチンパスポート)がもらえる。これを持っていれば、コロナ以前の自由な社会生活が送れる。すでに、CDC(アメリカ疾病対策予防センター)は、ワクチン接種完了者に対し、国内旅行では出発前と後の検査の必要をなくし、到着後の自己隔離も義務付けなくなった。

 今後、ワクチンパスポートによる規制解除は、アメリカ国内はもとより全世界に拡大されるだろう。EUでは6月から、EUが承認した国のワクチン接種証明書があれば、域内入国を自由にすると表明している。アジアでも、韓国が6月5日から同様な措置を取る。タイも7月1日から、受け入れると表明している。

 このように見てくれば、今回のNYの観光客へのワクチン接種拡大措置がどんな影響を及ぼすか、容易に想像がつくだろう。富裕層、余裕のある中間層のワクチンツーリズムが拡大し、それができない庶民層との格差がどんどん広がる。それは、経済格差が安全格差にまで拡大するということを意味する。

 これが、ワクチン開発、獲得競争に遅れた国の現実だ。日本政府は、ワクチンが最大の経済対策、格差是正対策だということを知らなかったのだ。

 NYではいま、20台のワクチンバスが走っている。今回の市長案が実現すれば、今後、日本人観光客もセントラルパークの入り口などで、ワクチン接種を受けられるだろう。国内で予約受付で苦労する、何カ月も耐えて順番を待つ必要もない。

作家、ジャーナリスト

1952年横浜生まれ。1976年光文社入社。2002年『光文社 ペーパーバックス』を創刊し編集長。2010年からフリーランス。作家、ジャーナリストとして、主に国際政治・経済で、取材・執筆活動をしながら、出版プロデュースも手掛ける。主な著書は『出版大崩壊』『資産フライト』(ともに文春新書)『中国の夢は100年たっても実現しない』(PHP)『日本が2度勝っていた大東亜・太平洋戦争』(ヒカルランド)『日本人はなぜ世界での存在感を失っているのか』(ソフトバンク新書)『地方創生の罠』(青春新書)『永久属国論』(さくら舎)『コロナ敗戦後の世界』(MdN新書)。最新刊は『地球温暖化敗戦』(ベストブック )。

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