堂安律「本田さんに頼る必要はない」 虚無感からギラギラ感へ。東京五輪への熱
オランダ1部の名門・PSVアイントホーフェンでプレーする堂安律(22)は、東京五輪のサッカー男子日本チームの中心選手として活躍が期待されている。
高2でJリーグデビューを飾り、高3でプロになった。2017年夏にオランダ1部フローニンゲンに移籍し、活躍を認められて2019年にPSVへステップアップ。昨季はシーズン途中で出番が激減するという困難な状況にあったが、「あの時期があったから自分を見つめ直すことができた」と冷静に分析し、母国開催の五輪出場には「絶対に俺が結果を出してやる」と意気込む。東京五輪への期待やマスコミからの評価、本田圭佑のオーバーエイジ枠での五輪参加についてなど、インタビューで率直な思いを聞いた。ストレートで外連味のない語りが、心地よく響く。
■1年延期決定で「心の中のどこかが空っぽに」
堂安律は、東京五輪で金メダル獲得を目指す日本チームの“ど真ん中”にいなくてはならない存在だ。22歳に迷いはない。
「母国開催という、あり得ない時代に生まれていることに感謝しています。そして、その中で中心としてやらせてもらっていることに責任を感じています。ここで絶対に俺が結果を出してやるという気持ちですね」
心が折れかけた時もあった。1年延期が決まった3月24日には、虚無感を味わったという。背景にあったのは、所属クラブで直面していた困難な状況だ。
オランダ1部の名門・PSVではシーズン途中の監督交代を境に出場機会が激減し、年明け以降はくすぶる思いを抱えながら日々を過ごしていた。
「試合に出られなかった時も、五輪がモチベーションになってトレーニングを積めていたので、延期と聞いた時は心の中のどこかが空っぽになったような気分になりました。でも、切り替えは早かった。最高の五輪にするためにもう1年間準備するんだ。まずは所属チームでやらなくちゃいけないんだ。そう自分に言い聞かせることができました」
思い浮かべたのは、U-23ブラジル代表の主将としてオーバーエイジ枠で16年リオデジャネイロ五輪に出場したネイマールだ。リオ五輪の決勝では、14年W杯で1-7の惨敗を喫した因縁のドイツ勢を相手に、PK戦の最後のキッカーとなって優勝を決めた。母国に金メダルをもたらした瞬間、その場に突っ伏して泣いた姿はブラジル国民の胸を揺さぶった。
「あの試合はテレビで見ていて、僕も感動しました。ネイマールにはかなりのプレッシャーがあったでしょうが、プレーで期待に応えたし、結果で全国民・全世界を黙らせた。優勝の瞬間は、僕も鳥肌が立ちましたね」
1年後の東京五輪。決勝まで進めば堂安にもネイマールと同じシチュエーションが訪れるかもしれない。
「日本のみなさんの前でプレーできるというのは大きいです。それをプレッシャーではなく良い方向に持っていけるようにしたい。そうすれば、普段引き出せないパフォーマンスやアドレナリンも出る。必ず力になると思います」
■「マスコミの評価と戦っていると思ったら負け」
メンタル面のアプローチでも成長を感じている。新型コロナウイルスによる自粛期間中は、以前からつけていた「サッカーノート」をやめ、その時の感情を綴る「心のノート」を書き始めた。
「自粛期間は書いた量がすごく多かったです。例えば不安になっているなと思ったら、『何月何日、試合前日、正直今の自分は不安だ』と書く。やはり、自分の本音をさらけ出すのは大事です」
以前は辛辣な評価を下すメディアに対してストレスを感じることもあったというが、今では“雑音”との距離感をうまくコントロールできるようになった。
「マスコミの評価と戦っていたら、負けなんです。そういう感覚になるということはそこに気持ちが向かってしまっている。でも、超一流の選手は、全く気にならないのでしょう。“これが自分だ”と思っているし、ブレない何かがある。僕もサッカーキャリアを積んでいく上でそれを見つけていくのだと思います」
堂安は超一流選手の条件を思い描く。なぜなら、「日本史上最高の選手になる」という夢があるからだ。
「ここぞという時に活躍できる選手ですね。東京五輪のような大舞台で、誰が突破口を開いてくれるのだろうという時に『やっぱりおまえだったか!』と言われるのが一流だと思います。海外で言うと、メッシとクリスティアーノ・ロナウド。彼らは大舞台の均衡した場面を打ち破ってきたからこそ、みんなの記憶に残る。僕はそういう選手になりたい。移籍金や年俸よりも、国民のみんなが名前を覚えてくれて、『最後はおまえしかいない』と言ってもらえたら、僕の想像した選手像になることができているのかなと思います」
■「カズさんには“何か”がある」 忘れられない小6の時の思い出
ビッグイベントは1年後に再設定された。堂安は以前から一貫して「究極の目標はチャンピオンズリーグ優勝」と言い続けている。だからこそ、聞きたかった。東京五輪は目標に向かう通過点にある? そのように尋ねると、堂安は首を振った。
「僕はクラブと五輪は切り離して考えています。ただ、五輪が母国で開催される時代に生まれたから重きを置いているんです。自分だけではなく、家族も友達もみんな、東京五輪に期待してくれている。そこで僕が活躍したらみんなが笑顔になれる。だから頑張れるのだと思います」
その言葉の奥にあるのは、「人々に感動を与えたい」という強い思いだ。堂安自身にも、忘れられない思い出がある。
「11年3月にあった東日本大震災のチャリティマッチ(大阪・長居スタジアム)で、カズさん(三浦知良)がゴールを獲った時ですね。僕はその時小6。家のテレビで見ていたのですが、今まで何かを成し遂げて、深いものを残してきた選手が、ああいうタイミングでゴールを獲るのを見て、やっぱり何かあるのだと思いました」
東京五輪はかつて“カズさん”に与えてもらった感動や勇気を、今度は自分が子供たちに伝える場でもある。
「カズさんと僕では、たとえ点を獲っても 深みが違いますよ。ただ、東京五輪はコロナ問題が明けた後の世界で一発目のビッグイベントになるわけです。その舞台で、開催国の日本がサッカー史上初の金メダルを獲れば、想像もできないぐらいの感動や勇気を僕らが与えることになると思うんです」
■「本田」という質問に目を尖らせた
東京五輪に向けては、堂安と同じ左利きの本田圭佑(ボタフォゴ)が、オーバーエイジ枠での出場を虎視眈々と狙っていることは、周知の通りだ。もしも、五輪代表に本田が加わったとしたら、どんな作用がありそうか?
質問に耳を傾けていた堂安の目が尖った。
「ピッチ内ですか?」
確認すると、その後はよどみなく言葉を継いでいった。
「違いを出すのは僕の役割だと思うので、彼に頼る必要はありません。もちろん、彼には彼の夢があるので、それを否定する訳ではないですが、彼が五輪を目指すのと同じように、僕たちも目指しているんです。メディアを通じて彼の発言が世の中に発信されることは多いですが、そうさせてしまっている若手が悪いと僕は思う。彼の発言より、僕らの発言の方が重みがあるようにならないといけない。僕はそう考えています」
さらに堂安は低く抑えた声に力を込めて言う。
「ピッチ外でも同じです。何も変わらないですね。逆に、彼が来て変わるのなら、早めに呼んだ方がいいです」
強気を前面に出すと同時に、責任を自覚していることに自尊心をにじませる。それが堂安流だ。
■日本代表は皆の夢。「金メダルを獲りたい」
前述の通り、堂安は五輪とクラブシーンを分けて捉えている。しかし、懸ける思いに強弱はない。
「チャンピオンズリーグ優勝は、大袈裟に言うと他のチームメイトがちょっと苦しんでいても俺が夢を叶えたいと思うぐらい、個人的な夢なんです。でも、日本代表は家族の夢、友達の夢、ファンの皆さんやメディアの皆さんの夢でもある。だからチームとして五輪の金メダルを獲りたいし、その後は日本代表としてW杯でベスト8、ベスト4に行きたいと思っています」
東京五輪で金メダルを獲ることができれば、そのメンバーの多くが日本代表の中心になり、22年カタールW杯に向かっていくに違いない。
「東京五輪は僕たちの世代が自信をつける舞台です。“先輩、僕たちがいるから大丈夫です”と胸を張って言えるくらいの結果を残さないといけないと思っています」
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【連載 365日後の覇者たち】1年後に延期された「東京2020オリンピック」。新型コロナウイルス禍によって数々の大会がなくなり、練習環境にも苦労するアスリートたちだが、その目は毅然と前を見つめている。この連載は、21年夏に行われる東京五輪の競技日程に合わせて、毎日1人の選手にフォーカスし、365日後の覇者を目指す戦士たちへエールを送る企画。7月21日から8月8日まで19人を取り上げる。
【この記事は、Yahoo!ニュース個人の企画支援記事です。オーサーが発案した企画について、編集部が一定の基準に基づく審査の上、取材費などを一部負担しているものです。この活動は個人の発信者をサポート・応援する目的で行っています。】