今の「一票の格差」議論は焦点がずれている
長年問題視されてきた「一票の格差問題」是正に向けて、ついに本国会で法案が採択される可能性が高まってきた。衆議院の大島理森議長は18日BSフジの「PRIME NEWS」に出演し、一票の格差是正について、「党派を乗り越えて、何としても、この国会で実現をする最善の努力をすることが、わたしの役割だ」と述べ、関連法案の整備を急ぐべきだとの考えを示した。
一票の格差とは
一票の格差とは、本来一票の価値は等価でなければならないにも関わらず、現状は住んでいる地域によって大きな差があるということだ。具体的には、東京1区では約49万人の有権者で1人の議員を選出、一方、宮城5区は約23万人の有権者で1人の議員を選出している。つまり、一票の価値が2倍を超えるというわけだ。
これに対し、最高裁判所は憲法第14条の「投票価値の平等要求に反する」として違憲状態だとしている。しかし、過去何度も衆参院選挙で違憲判定が出ていながらも、改革案をまとめられずにいるのが現状だ。
14日には、衆院選挙制度改革を検討する有識者調査会(座長・佐々木毅元東大学長)が、議員定数(現行475)の10削減と、小選挙区の「一票の格差」を是正する新たな議席配分方式を柱とする答申を大島衆院議長に提出した。人口変動に速やかに対応するため、10年ごとの小選挙区の区割り改定期間を5年に縮める改革も提言している。
より深刻な世代間格差
しかし、「一票の格差問題」といった時に地域間の格差ばかりが注目されるが、もっと重要な問題がある。世代間格差だ。
少子高齢化が進む日本では、高齢者が占める割合は増え続け、現役世代(生産年齢人口)の占める割合は減り続けている。
出典:総務省「国勢調査」及び「人口推計」、国立社会保障・人口問題研究所「日本の将来推計人口(平成24年1月推計):出生中位・死亡中位推計」(各年10月1日時点人口)、厚生労働省「人口動態統計」
若者と高齢者の投票者数では、平成26年12月に行われた第47回衆議院総選挙で3倍以上の開きがある。20代前半と60代後半を比べると男性は3.8倍、女性は3.7倍の差が出ている。20歳〜34歳の投票者数は663万人なのに対し、65歳~69歳の投票者数は642万人と、政治家にとって、若者3人と団塊世代の高齢者1人がほぼ同じ価値に見えているのが現状である。
もちろん若年層の投票率が低いことも原因だが、仕事や子育てなどやることが多く、投票コストが高い若年層の方が高齢者に比べ投票率が低くなるのは当然である。
また、有権者数で見ても、20歳〜34歳と60歳〜69歳でほぼ同数である。そして今後さらに少子高齢化が進むことは避けられず、時間が経つにつれて格差は大きくなっていく。
超高齢化社会では平均年齢が上がるため、一人一票の価値等価の原則に従えば、高齢者の意見が重視されることになる。しかし、現行の公的年金制度では、その増え続ける高齢者を現役世代が支えなければならない。1950年時点では12.0人の生産年齢人口で1.0人の高齢者を支えていたが、これが2010年時点で2.8人、2060年の予想人口比率では1.3人にまで減少する。その上、財政赤字は増え続けている。
これはどう考えても持続不可能だ。社会保障制度自体を変えなければいけない。
しかし、現状の選挙制度では、高齢者の意見が重視されることになる。もちろん理想としては一人一人が国のことを考えて投票することだが、現実的には自分が最優先だろう。高齢者は当然すぐに結果(利益)が出る政策を求める。これを責めることはできない。
さらに、公共投資や教育など、将来世代の利益に大きく関わる政策に将来世代は関与することができない。
また、仮に一人一票の価値等価の原則に従う場合、18歳以下の子どもが選挙権を持てないのは矛盾しているようにも感じる。
地域間での一票の格差も問題だが、世代間での一票の格差の解決のほうが急務であるように思える。そして世代間の一票の格差を重視した場合、解決策は必ずしも今有識者調査会が求めている「アダムズ方式」である必要もない。
こうした世代間格差を話題にすると、世代間対立がつきまとうが、この問題は決して若者だけのものではない。現役世代が大きな負担を被れば、結果的に高齢者も負担を被ることになるし、将来に向けて投資をしなければいずれ先細りする。
この国では中長期的な課題がずっと先送りされてきた。実際、1970年代の時点で既に人口を維持するのに必要な「2.08」を割っていたにも関わらず、90年代まで本格的な対策を行わず他国に比べても早いスピードで少子高齢化は加速してしまった。
現在多くの国が指標にしているGDPは人口に大きく依存している。にも関わらず、この問題は20年近く放置されてきた。今もまだ十分ではない状況だ。そして、社会保障制度や財政が限界を迎えているのは明白にも関わらず本格的な対策は行われていない。
選挙制度の抜本的な改革が必要
問題が(完全に)表面化するまでその解決に着手しない、というのは様々なケースから日本人の国民性が関係していそうではあるが、制度上にも問題がある。高齢者偏重の現在の制度ではどうしても短期的な政策を求められる。
これを解決するには、選挙制度の抜本的な改革が必要だ。具体的な方法としては、0歳~18歳にも投票権を与え親が投票を代理するドメイン投票制度や世代別選挙区などが考えられる。
地域間の格差も世代別格差として捉え、高齢者の多い地方の一票の価値を下げ、若者の多い都市の一票の価値を上げる、というのも手段の一つだろう。
地域間の格差をなくし「一票の格差」をなくすという意味では同じだが、憲法上の観点だけではなく、世代間格差という日本の社会問題として捉えると、「一票の格差問題」と合わせて解決しなければいけない課題が見えてくる。
少子高齢化や人口移動など、憲法や選挙・社会保障制度が作られた当初に想定されていた範囲を超え、これまでどの国も経験したことのない超高齢社会に突入している。既に高齢者が4割以上も占めているのだ。その超高齢社会に適応した制度に変えていく必要がある。
そして、こうした抜本的な制度改革を求める声は、現行の制度で選出されている国会議員や高齢者からは出てきにくい。若者や子育て世代が改革を求めなければ一向に変わらないだろう。
憲法の観点だけではなく、現状・未来を踏まえた議論を
今、日本には問題が山積みである。その多くは先送りしてきたからだ。国民性も関係しているだろうし、制度上の問題もある。
さらに、原理原則に固執するあまり、問題の本質を見失うことも多い。
最近だと安保関連法案の時がまさにそうであった。本来は、日本の安全と平和をどう守るか議論すべきであったのに、安保関連法案が合憲なのか、違憲なのかに終始してしまい、本質的な議論からは離れてしまった。
今回の「一票の格差問題」もそうなってしまうことを懸念している。本来議論すべきは、国のグランドデザイン(長期計画)を見据えた上で、どう代表性を担保するかだ。
結果的には、現在の人口比例に従って都心選出の議員が多く選ばれることで、地方利益誘導型の政策・若者の投票価値の改善が期待できると考えているが、その代わり地方をどうするかも同時に考えなければいけない。
そして、今最も投票の価値が低くなっているのは若者だ。若者や子育て世代の投票が重視されなければ中長期的な問題が先送りされ続け、少子化のように手遅れになる可能性が高い。
いずれにしても、今国会で結論を出したいという声が与野党から聞こえているが、憲法上問題があるから対応するのではなく、世代間の格差が存在し重要な問題が先送りされている現状と将来も踏まえて抜本的な制度改革を進めるべきではないだろうか。