和牛オリンピックで日本一になった黒毛和牛をいえますか?
ブランド和牛
ブランド和牛(主に黒毛和種)といえばどういった和牛を思い浮かべるでしょうか。
三大和牛の一角を担う神戸ビーフや松阪牛に加えて、近江牛や前沢牛、米沢牛、仙台牛や飛騨牛などはすぐに挙げられるのではないでしょうか。
一般的に黒毛和牛の評価はA5やA4における、数字部分の肉質等級で語られることが多いですが、肉質等級5が義務付けられている仙台牛を除いて、ブランド牛であれば肉質等級4以上、最低でも肉質等級3以上となっていることが多いです。
B.M.S
肉質等級よりも細かい指標であり、脂肪交雑を評価するB.M.S(ビーフ・マーブリング・スタンダード=Beef Marbling Standard)は12段階あり、脂肪が最も少ないものがNo.1、脂肪が最も多いものがNo.12と定められています。
- 肉質等級5
No.8~No.12
- 肉質等級4
No.5~No.7
- 肉質等級3
No.3~No.4
- 肉質等級2
No.2
- 肉質等級1
No.1
5段階の肉質等級に比べれば、B.M.Sは12段階もあるので牛肉をある程度差別化できるように思いますが、これだけでは日本全国で200種類以上あるといわれている和牛のブランドを比較することは難しいでしょう。
なぜならば、B.M.Sによって脂の入り方は評価できますが、牛が食していた飼料の種類や育った環境、遺伝的な要素によって決められる牛肉の食味を評価することはできないからです。
全国和牛能力共進会
しかし実は、肉質等級だけではなく、それぞれの時代における生産性と改良上の重要課題を設定した上で和牛の肉質を順位付けて評価する大会があります。そして、そこでは、冒頭に挙げた有名どころではない和牛が素晴らしい賞を獲得しているのです。
その大会とは、1966年に始まり、今では5年に1度の間隔で開催されている全国和牛能力共進会です。
全国和牛登録協会が持ち回りで開催しており、和牛の能力と斉一性の向上を目指しています。その規模の大きさや開催間隔の長さから、和牛のオリンピックとも称されているのです。
この記事では、日本で唯一かつ大規模といえる和牛の品評会でありながら、あまり知られていない全国和牛能力共進会について説明します。
また、黒毛和牛の魅力を存分に楽しむには、素材をそのまま生かす鉄板焼がよいといわれているので、全国和牛能力共進会で評価された和牛を楽しめる鉄板焼についても紹介しましょう。
全国和牛能力共進会のテーマ
全国和牛能力共進会は「能力共進会」という名前通り、和牛の能力と斉一性の向上を目指しています。興味深いのは、第1回目からテーマが設けられていることであり、おざなりの褒賞ではなく、未来を見据えた大会となっていることです。
- 第1回(1966年、岡山県)
「和牛は肉用牛たりうるか」
- 第2回(1970年、鹿児島県)
「日本独特の肉用種を完成させよう」
- 第3回(1977年、宮崎県)
「和牛を農家経営に定着させよう」
- 第4回(1982年、福島県)
「和牛改良組合を発展させよう」
- 第5回(1987年、島根県)
「着実に伸ばそう和牛の子とり規模」
- 第6回(1992年、大分県)
「めざそう国際競争に打ち勝つ和牛生産」
- 第7回(1997年、岩手県)
「育種価とファイトで伸ばす和牛生産」
- 第8回(2002年、岐阜県)
「若い力と育種価で早めよう和牛改良,伸ばそう生産」
- 第9回(2007年、鳥取県)
「和牛再発見!-地域で築こう和牛の未来-」
- 第10回(2012年、長崎県)
「和牛維新! 地域で伸ばそう生産力 築こう豊かな食文化」
- 第11回(2017年、宮城県)
「高めよう生産力 伝えよう和牛力 明日へつなぐ和牛生産」
第1回目から眺めてみると、一貫して和牛の課題を解決したり、これからの方向性を定めたりしようとしていることが窺えるでしょう。
詳細
全国和牛能力共進会は、毎回テーマが設けられていることに加えて、区分も定められています。
具体的には次のように、牛の改良の成果を競う「種牛の部」と牛肉の肉質を競う「肉牛の部」に大別されており、さらに年齢によっても分けられています。
- 1区(種牛)
若雄/15~23ヵ月未満
- 2区(種牛)
若雌の1/14~17ヵ月未満
- 3区(種牛)
若雌の2/17~20ヵ月未満
- 4区(種牛)
系統雌牛群/14ヵ月以上
- 5区(種牛)
繁殖雌牛群/3産以上
- 6区(種牛)
高等登録群/14ヵ月以上
- 7区(種牛、肉牛)
総合評価群/種牛群 17~24ヵ月未満、肉牛群 24ヵ月未満
- 8区(肉牛)
若雄後代検定牛群/24ヵ月未満
- 9区(肉牛)
去勢肥育牛/24ヵ月未満
1区~9区の各区で優等賞があり、首席(1位)、2席(2位)、3席(3位)と序列が決められ、優等賞主席には褒賞として農林水産大臣賞が授与されます。また、区によっては、優等賞の次に1等賞、2等賞が設けられています。さらには、種牛の部と肉牛の部で優等賞首席となった出品の中から、それぞれ最も優れたひとつに内閣総理大臣賞が授与されます。
出品団体表彰として、都道府県ごとに各区の順位を点数化して総合順位を競う団体賞も行われており、どの都道府県が優勝するのか、上位にくるのかと毎年注目されているのです。
最近の記録
最近では2017年9月7日から9月11日に、第11回目となる大会が宮城県で行われ、全国39道府県から過去最多となる種牛の部で330頭、肉牛の部で183頭の合計513頭もの牛が集結し、厳しい審査が行われました。
その結果、団体賞1位、つまり総合優勝を果たしたのは鹿児島黒牛を有する鹿児島県、それまで2年連続で団体賞1位を獲得していた、宮崎牛を擁する宮崎県が2位となったのです。強豪であった宮崎県を鹿児島県が破ったことになり、非常にドラマティックな大会となりました。
※申し訳ありません。宮崎県を宮城県と誤って記載していたのを修正いたしました。
鹿児島黒牛
最新の第11回目の総合優勝を見事成し遂げたのは、鹿児島黒牛を有する鹿児島県でした。
鹿児島県は、県内の各地から予選を勝ち抜いた30頭を出品し、9区のうち4区で1位を受賞しました。それだけではなく、出品した全ての牛が上位6位に入賞するなど、非常に安定した成績を残し、栄えある総合優勝を勝ちとることができたのです。
- 第1区(若雄)
1位(農林水産大臣賞)、6位
- 第2区(若雌の1)
3位、4位
- 第3区(若雌の2)
1位(農林水産大臣賞)、5位
- 第4区(系統雌牛群)
3位
- 第5区(繁殖雌牛群)
2位
- 第6区(高等登録群)
1位(農林水産大臣賞)
- 第7区(総合評価群)
5位
- 第8区(若雄後代検定牛群)
2位
- 第9区(去勢肥育牛)
1位(農林水産大臣賞)、4位
- 復興特別区(高校生の部)
5位
関東に住む人々からすれば、鹿児島の食肉ブランドといえば、黒豚やさつま若しゃもなど、豚や鶏を頭に思い浮かべる方が多いのではないでしょうか。しかし、今回の総合優勝を機会にして、同じ黒でも黒豚ではなく、鹿児島黒牛もあるということを知ってもらうよい機会になったのではないかと思います。
ザ・プリンスギャラリー 東京紀尾井町
鹿児島黒牛の出荷数は年間約30000頭であり、神戸ビーフとなる但馬牛の年間約5000頭、松阪牛の年間約4000頭、前沢牛の年間約1000頭などに比べれば、ずっと多いです。しかし、関東圏では鹿児島に牛というイメージが少ないので定常的に取り扱っている鉄板焼は決して多くありません。
そういった状況の中で、ザ・プリンスギャラリー 東京紀尾井町にある「蒼天」の鉄板焼では、2016年7月29日のオープンから定常的に鹿児島黒牛が提供されているのです。
全国和牛能力共進会で総合優勝を果たす前から鹿児島黒牛に注目し、メインの黒毛和牛として提供しようとしたことは、非常に先見の明があります。
鹿児島黒牛を扱おうとした経緯を尋ねると、当時の料理長がどの黒毛和牛を使ったらよいか、各地を回ってみたところ、その素晴らしい肉質に惚れ込んだということです。加えて、鹿児島黒牛は出荷頭数が多いので、選りすぐってよい牛を仕入れられることも理由になったといいます。
鹿児島黒牛の特徴については、リーダーを務める小林武郎氏と鉄板焼調理担当の石倉智志氏は「食味もサシも安定している。脂はきめ細かく、抜け具合もよいので、もたれにくい」とプロながらの視点で説明します。
36階建て地上180メートルもの高さを誇るザ・プリンスギャラリー 東京紀尾井町35階にある「蒼天」の鉄板焼は、間違いなく日本で最高層階の部類に位置する鉄板焼きのうちのひとつです。そのような空間で、総合優勝を果たした鹿児島黒牛を味わえることは格別の貴重な体験となるのではないでしょうか。
鳥取和牛
総合優勝と並んで注目されているのが、種牛能力と産肉能力を総合評価し、花形と目されている7区です。
先の第11回となる全国和牛能力共進会では、その7区の肉質を審査する部門において、鳥取県は肉牛群順位で1位(種牛群順位5位)を獲得しました。
7区の総合評価群では宮崎県が1位(種牛群順位2位、肉牛群順位3位)となりましたが、肉牛群順位では鳥取県が1位となったので、肉氏においては、鳥取県が擁する鳥取和牛が日本一であると評価されたことになります。
鳥取県は人口も牛の数も全国の約0.5%を占めるにすぎず、あまり和牛のイメージはありません。鳥取和牛は知名度もあまり高くなく、出荷頭数が年間約2000頭と少ないので、東京では名前を聞いたり、食べたりする機会も少ないでしょう。しかし、実は鳥取和牛は由緒ある和牛なのです。
鳥取県の大山で江戸時代に牛馬市が行われており、日本三大牛馬市のひとつ称されるほど活気を帯びていました。1966年に開催された第1回となる全国和牛能力共進会では、鳥取県の「気高」号が1等賞に輝き、約9000頭もの多くの和牛ブランドの祖先となっています。
鳥取和牛の大きな特徴は、旨味成分のオレイン酸を豊富に含み、赤身と脂のバランスがよいことでしょう。オレイン酸を多く含んでいると、脂の融点が低くなるので、さっぱりとした食後感となるのです。
ホテルニューオータニ
鳥取和牛は年間出荷頭数が約2000頭しかない希少な黒毛和牛のうちのひとつですが、今の時期であれば東京でも食べられる鉄板焼店があります。
それは、ホテルニューオータニの「石心亭」と「清泉亭」です。2018年6月1日から8月31日にかけて「鳥取和牛フェア」が行われており、鉄板焼ではもちろん、ステーキハウスの「リブルーム」や回転ブッフェレストラン「THE Sky」でも鳥取和牛が提供されているのです。
「鳥取和牛フェア」が開催されたのはどういった経緯でしょうか。
ホテルニューオータニではもともと牛を一頭買いしており、牛肉にとても力を入れていたので、以前から肉質1位となった鳥取和牛に注目していたといいます。鳥取県知事とコネクションもあったので、社長も含めた試食会で食べてみたところ、質の高さに驚き、フェアを開催するに至ったということです。
ガーデン レストラン スーシェフの菅沼圭一氏は「焼き手を12人も抱えているので、お客様一組につき必ず一人の焼き手が専任でつく。きめ細やかに調理できるので、鳥取和牛の繊細な味を堪能していただける」と自信を持ちます。
「石心亭」は、10種類以上もの野菜を自由に選べたり、すぐ隣にある「紀尾井窯」で焼かれた陶器で料理が提供されたり、隣のはなれ「招月亭」に転宅してデザートを楽しめたりと、非常に個性的な鉄板焼です。
肉質日本一であり、かつ、希少な鳥取和牛も楽しめることによって、さらなる魅力が「石心亭」に加わることと思います。
宮崎牛
最後に紹介したいのは、やはり宮崎牛を擁する宮崎県です。
昨年の第11回目となる全国和牛能力共進会では総合優勝できなかったものの、それまでは2回連続で総合優勝を獲得していました。
第11回目では、9区分ある審査区の全てで上位入賞の優等賞に選定され、そのうちの3区分では1位を獲得し、極めて高い安定感を誇っています。肉牛の部である8区では最高賞となる内閣総理大臣賞を受賞し、史上初めてとなる3大会連続での内閣総理大臣賞も果たしました。
宮崎牛に対する評価は今では不動のものとなり、もはや貫禄すら感じられます。
ロイヤルパークホテル
宮崎牛は年間約13000頭が出荷されており、決して少ないわけではありませんが、東京でも価値を認められていて人気が高いためもあり、定常的に取り扱っている鉄板焼は少ないです。
しかし、フェアであればしばしば行われており、最近でいえば、2018年4月から5月にロイヤルパークホテル「鉄板焼 すみだ」で「宮崎牛と鮑、ロブスターの饗宴」フェアが行われていました。
ヒレステーキ100グラムもしくはサーロインステーキ150グラムと宮崎牛がたっぷりと提供され、アワビやロブスターも組み込んだ贅沢なコースに仕上げました。宮崎の特産物である日向夏を使うなどして、宮崎の食材も意識していたのです。
料理長の安冨正巳氏は「宮崎牛は非常に評価が高く、訪れる舌の肥えたゲストにも認められているので、以前からフェアで使用したいという思いがあった」と話します。また、初夏を感じるメニュー構成に仕上げたいというアイデアがあったところ、日向夏といった宮崎県の食材に目がとまり、宮崎牛と宮崎県の食材を取り扱うコースに至ったということです。
既に地位を築いている宮崎牛をただ使うだけではなく、 宮崎県の食材と組み合わせることによって統一感をもたせ、さらには、宮崎牛に負けないくらいの魚介類も取り入れたことによって非常に特別感のあるコースに仕上げたといってよいでしょう。
次は鹿児島県で開催
全国和牛能力共進会の詳細と最近注目されている和牛、さらには、その和牛と関係のあるホテルの鉄板焼を紹介しました。
次回の第12回目となる全国和牛能力共進会は2022年に鹿児島県で開催される予定です。鹿児島県は第11回目で総合優勝を果たしただけに、地元の開催でも連覇できるのか、もしくは、宮崎県が巻き返して総合優勝するのか、今から非常に気になります。
その頃には東京五輪もとっくに終わっていますが、スポーツのオリンピックだけではなく、日本が世界に誇る黒毛和牛のオリンピックについても、日本人がもっと興味を示してくれるかどうか、非常に気になるところです。