実費負担原則からの解放、就職氷河期世代支援プログラムで交通費支給が可能に
内閣府の担当者から一本の連絡をいただいた。2019年11月26日に官邸で開催される就職氷河期世代支援の推進に向けた全国プラットフォームへの出席のためのものだ。
政府が就職氷河期世代の支援に取り組むことは知っていたが、その会議に声がかかるとは思っていなかった。開催までの期日がほとんどなく、そもそも全体像がクリアに見えるほどの情報を持っていなかったため、会議での提案を絞り込むことにした。
就職氷河期世代支援プログラムの主な概要は、その時点で読む限りハローワーク機能の拡充や職業訓練機会の充実、当該世代を正規雇用採用した企業への助成金など、間接的な支援が目立った。
認定NPO法人育て上げネットでは、民間団体として若年者就労基礎訓練プログラム「ジョブトレ」という就労支援プログラムを持っている。こちらは月額で費用をいただくもので、応能負担型を採用している。
簡単に言えば、費用負担が可能な若者や家族には月額費用を支払っていただき、そうでない方には寄付者からのご寄付を充ててプログラムを無償で受けられるようにするものである。広義のNPOは寄付を集めることで、応能負担型を採用しているところも少なくないと思われる。
しかし、2010年前後から負担が難しく、かつ、無償であってもプログラムへの参加をためら若者が目立ってきた。その理由を聞くと、若者自身は収入がなく、貯金にも限りがある。また、家族も経済的に苦しいか、親子関係がうまくいっておらず、就労・就職支援を受けるための費用を出してもらうことができないという声であった。
2014年、私たちはある企業からの助成を受けて、支援プログラムの無償枠を広げることができたが、そこでもプログラム参加を希望はするが、参加できない。つまり、働くために就労支援を受けたいが受けられない若者の悲痛な叫びが現場に響いた。
その中で大きな要望のひとつが「交通費」であった。たまたま自転車などで通えるところに住んでいればいいが、そうでない場合、自宅とジョブトレの往復やインターンシップなどの交通費を拠出できない。ひとによっては、往復1,000円から2,000円が毎日かかってしまうため、生活を圧迫するというものだった。
そこで当該企業の合意を得て、自宅とジョブトレの往復交通費や、インターンシップおよび就職活動等にかかる交通費も支給できるようになった。すると非常に多くの若者からジョブトレへの参加希望の手があがった。
参加希望を押しとどめる交通費の存在
それ以来、若者のみならず、子どもたちのサマーキャンプやJリーグ観戦などについても、極力、交通費を支給するように努めているが、参加率が飛躍的に高まった。交通費が出るから行くのではなく、数百円であっても交通費が出るなら「行ける」というものだ。それまでは「興味がない」「行きたくない」と言っていた若者、子どもたちからも「実は、交通費が出せないから行けないとは恥ずかしくて言えなかった」という言葉ももらった。
今回の全国プラットフォームでは、とにかくさまざまな間接支援が拡充されるなかで、その機会に対してのアクセシビリティを担保したいと、「交通費」支給の提言を中心に絞り込んだ。
交通費支給は過去にも何度かチャレンジしており、例えば、2015年11月12日に開催された「一億総活躍国民会議」でも提言したがかなわなかった。
今回、内部でどのような議論があったのかはわからないが、2019年12月23日に発表された「就職氷河期世代支援に関する行動計画2019」において、交通費支給が実現した。
これで就職氷河期世代支援プログラムにかかる取り組みでは、対象者に交通費支給ができることになった。ここからは(すでに)各自治体の担当者は同プログラムの企画を作成している頃であると思われるが、実際に交通費を出したらどうなるのかというところで悩まれるかもしれない。
「実費負担の原則」からの解放を
小さなデータではあるが、上述の企業の助成金においてジョブトレに参加した若者と交通費支給の関係を見ていく。
2014年:参加者13名 交通費受給者0名 (交通費支給なし)
2015年:参加者16名 交通費受給者15名 (以下、交通費支給あり)
2016年:参加者15名 交通費受給者15名
2017年:参加者25名 交通費受給者22名
2018年:参加者27名 交通費受給者26名
この助成金は期間目安を3か月に置いているが、就労率は約90%となっている。支援現場でこの数値が出ることはほとんどない。しかし、少なくとも働くことに目標を持ち、支援プログラムを受けたいと考えていた若者で、交通費支給があったから出会うことができた若者たちである。いかに交通費支給のインパクトが大きいかがわかるのではないだろうか。
実際に交通費支給を望んだ若者が置かれていた状況をいくつか紹介する。
父親が急死され、母親がダブルワークの家庭にあったAさんは、職場でパワハラを受けながらも生活のために仕事を続けたが解雇された。すぐに次の仕事を探そうとしたが、また同じことになるのではとの不安から身動きが取れなくなってしまったため、支援を希望して来所された。母親は生活費を稼ぐことで精一杯のため、交通費を出せなかった。現在は清掃関係企業で働いている。
母親が身体不自由で、父親の収入では母親の医療費と生活でギリギリの生活であったBさんは、小学校から不登校となり、いじめの経験から対人不安となる。中学以降の約10年は自宅にひきこもっていた。自分の年金などだけでも払えるようになりたいと考え来所。現在は小売業界で働いている。
父親からの暴力により、16歳で家出。単発のアルバイトをしながらネットカフェや友人の家で転々とした生活をしていたCさんは、安定した生活をしたいと相談に訪れる。貯金はなく、親との関係も絶縁状態で頼れなかった。現在はIT企業で働いている。
私たちは交通費などの「実費負担の原則」が前提となり過ぎている。利活用が無料であれば、あとは個人の選択肢の問題で終わらせてはならない。就職氷河期世代支援プログラムは自治体の企画立案に委ねられたいま、担当者および担当部署の方々には、交通費支給を実現させてほしい。そして、これによってさまざまな施策の活用を希望していたがアクセシビリティが保障されていないことで活用できなかったひとたちがいたなら、当該世代にかかわらず、交通費拠出等が難しい方々に対する「実費負担の原則」からの解放につなげてほしい。