「子ども」の貧困対策から「大人」の貧困対策へ 「年越し大人食堂」が投げかけるもの
全国に広がる「大人食堂」
「大人食堂」の取り組みが広がっていることをご存じだろうか。大人食堂とは、2019年5月より仙台でスタートした取り組みだ。大人を対象として、温かくて栄養のある食事とともに、働き方や生活に関する無料相談を実施している。
仙台でスタートしたこの取り組みは、全国的な広がりを見せつつある。年末年始には、東京でも筆者が代表を務めるNPO法人POSSEと一般社団法人つくろい東京ファンドが中心となって「年越し大人食堂」を開催した。
近年「子どもの貧困」が注目を集め、「子ども食堂」の取り組みが全国で広がっている。大人食堂は、「子どもの貧困」の背後に広がる大人の貧困問題に再びスポットライトを当てる取り組みだといえる。
本記事では、大人食堂で見えてきた現実を踏まえながら、改めて日本社会における貧困に焦点を当て、対策を考えていきたい。
年越し大人食堂に参加したのは誰か?
年越し大人食堂は、2019年12月31日と2020年1月4日の二日間にわたって開催された。参加者は合計で102名だった。そのうち労働や生活の相談を受けたのは40名。
参加したPOSSEスタッフは、「話をしていると、家を失ってネットカフェ生活をしているとか、長時間働いているにもかかわらず残業代がほとんど払われていないといった問題が次から次へと出てくる」と、訪れた人たちが抱える問題の深刻さを訴えた。
大人食堂に訪れた人が記載したアンケートをもとに年代構成をみると、20代から70代まで幅広く参加していたが、もっとも多かった年代を順に見ると50代(28.2%)、40代(23.1%)、60代(21.8%)であり、30代(19.2%)と続く。
就労状況については、約半数が失業中であったが、残りの半数は非正規雇用など何らかの仕事をしていた。ところが、収入状況もあわせてみると、参加者の7割前後が生活保護を下回る水準にあると推測された。
住まいの状況も多様だったが、ネットカフェやカプセルホテル、簡易宿泊所や路上など、不安定な状況にある人が約半数だった。
労働問題が原因で困窮状態に陥る
また、30代の若い参加者では、「寮付きの仕事」をしていたケースが多く、数ヶ月以内に労働問題に直面したことが原因で、仕事と同時に住居を失ってしまった人が多かった。
たとえば、30代の男性は、東北の実家から経済的に自立するために寮付きの警備の仕事に応募し、上京してきた。ところが、オリンピック需要も手伝って警備の仕事は過多になり、長時間労働が続き、精神疾患を発症してしまう。
それでも何とか仕事を続けていたが、2019年11月、とうとう耐えられなくなり、退職。同時に寮も追い出され、実家に戻ることもできず、都内のネットカフェやマクドナルドで生活していたという。
こうした実態からは、「働かない/働けない」から貧困になるだけではなく、むしろ「過酷な働き方」が若者の心身を蝕み貧困状態に陥れていくという現実があることが露わになった。
住宅政策の不在が貧困を長期化させる
さらに、貧弱な住宅政策も、若者の貧困化を促進していることも見て取れた。実は、先ほどの例のように、生活相談の現場ではホームレスになるきっかけは会社の寮を追い出された場合に多く見られる。
そもそも、寮付きの仕事を選ばざるをえないのは、実家を出て自立しようとした際に、住宅を借りるハードルが高いからだ。高い入居初期費用や保証人を用意する必要があるし、安定した職に就けていなければ審査に通ることも難しい。
こうした背景があって、地方や家族との関係が悪い若者は、自立のために「寮付きの仕事」を選択する。しかし労働問題が発生すると、仕事と同時に住居を失うリスクも高い。そして、一度住居を失うと、就職すること自体が困難になる。履歴書に住所をかけず、また落ち着いて就職活動をすることもできない。そして、ネットカフェや路上での生活が長期化していく。
そのような生活を続けることで、身体や精神の健康を損ない、「自立困難」な働けない状態へと追いやられていくことになるのだ。
目に見えない現代の貧困
今回「年越し大人食堂」に参加した若者の事例は、決して特殊なケースではないこともわかっている。東京都が行った「住居喪失不安定就労者等の実態に関する調査」によれば、2016年の時点で、ネットカフェをオールナイトで利用する人の25.8%が「住居喪失」を理由としていた。
年代は30代(38.6%)と50代(28.9%)となっており、大人食堂に参加した層と重なる。さらに彼、彼女らの75.8%は派遣、契約社員、パート・アルバイトなど不安定な状況で「働いている」のである。そのうち半数は11〜15万円程度の収入がある状況だ。
こうした人たちは、いわゆる「ホームレス」のようにボロボロの身なりで路上生活をしているわけではない。大人食堂に参加した人たちの中でも、外見だけではスタッフと変わらない人たちも多かった。スマートフォンを所持している人も少なくない。スマホが仕事を見つけるためのインフラになっているからだ。
意識して「見よう」としなければ、現代の貧困は見えてこない。生活が苦しいという実感を持っている人は多い一方で、「貧困」と言われるとアフリカなど国外の問題を想起してしまい、国内の問題として理解されづらい理由の一つだ。
「大人食堂」は、「自己責任」のように扱われてきた「大人の貧困」を、社会のなかに可視化させていくための取り組みでもある。このような取り組みを通じて、貧困が怠惰などの個人的な要因で生じているものではなく、社会構造から生じる問題であることが示されてきたことは有意義であろう。
貧困対策を前に進めるために
多くの先進国では、貧困は個人の問題ではなく、社会問題であるとの認識に至ったのは100年以上も前のことだ。そこから、貧困をなくすことを政策目標に掲げ、社会的な取り組みを進めてきた。
日本では、まだまだ貧困は「自己責任」だとする世論は根強い。貧困対策を前に進めていくためには、現場レベルで貧困問題に取り組み、そこから世論に働きかけていくような社会運動が不可欠だ。
子ども食堂や無料塾などの取り組みも、これまであまり注目されていなかった「子どもの貧困」を可視化させていく意義があったと思う。その一方で、「大人の貧困は自己責任である」というメッセージにつながってしまう危険性があることも否定はできない。
子どもの貧困の背景には親(大人)の貧困がある。また、子どもたちは成長してやがて大人になる。大人の貧困、そしてその最大
の要因であるワーキングプア問題へと目を向けなければ貧困問題の解決は遠のくばかりだ。
社会運動としての「大人食堂」は、今後も多くの団体が連携して継続していく予定だ。各地からも関心がもたれつつある。今後は「子ども食堂」と同じように多くのボランティアの参加に期待したいところだ。
さらには、日頃からの生活相談活動ボランティアや、貧困問題の実態を明らかにするための調査・分析を通じ、貧困問題の解決に多くの人たちに関わってほしいと思う。