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“スパーリングの伝説”から“真のスター候補”へ エロール・スペンス Jrが迎える初のテストマッチ

杉浦大介スポーツライター

Photo By Ed Diller/DiBella Entertainment

4月16日 ブルックリン バークレイズセンター

ウェルター級10回戦

エロール・スペンス Jr(アメリカ/26歳/19勝全勝(16KO))

元WBO世界スーパーライト級王者

クリス・アルジェリ(アメリカ/32歳/21勝(8KO)2敗)

期待の本格派サウスポー

“メイウェザー、パッキャオ世代”の後を担い、ボクシング界を引っ張るのは誰か。

今後の焦点となるその問いの答えとして、一般的に候補として挙げられるのが、サウル・“カネロ”・アルバレス(メキシコ)、ゲンナディ・ゴロフキン(カザフスタン)、テレンス・クロフォード(アメリカ)といった選手たちだ。

その限られたリストの中に、近未来に入ってきても不思議はないと目されるウェルター級プロスペクトがいる。ロンドン五輪の米国代表、プロでも19連勝を続けるサウスポーの本格派、エロース・スペンスである。

今春、このアメリカ期待の星が初のテストマッチを迎える。4月16日、ブルックリンにて、 元スーパーライト級王者のアルジェリと10回戦を行う。ノンタイトル戦ながら、地上波NBCがプライムタイムに生中継する大舞台だ。

「多くの人にいつ強豪と対戦するのかと訊かれてきた。良い試合をしてしまうと、誰も戦ってくれなくなるからね。名前のある選手が拒否する中で、対戦を受けてくれたクリス・アルジェリに礼を言いたい」

3月9日にニューヨークで開かれたキックオフ会見の際、スペンスは妙な形でアルジェリに感謝していた。

実際にこれまでのスペンスは、プロではまだ名前の通った相手とはほとんど対戦していない。にも関わらずその名を有名にしたのは、スパーリングでの武勇伝である。

メイウェザーを苦しめ、ブローナーを倒した?

2013年9月のロバート・ゲレーロ(アメリカ)戦前、フロイド・メイウェザー(アメリカ)がゲレーロと同じサウスポーのスペンスをスパーリングパートナーに抜擢。その練習中、メイウェザーが目に青アザを作ったというエピソードは盛んに喧伝されてきた。

同時期には、当時はメイウェザーの弟分的存在だったエイドリアン・ブローナー(アメリカ)をスペンスがスパーでKOしてしまったという。真偽の定かでないこれらの噂話を耳に挟んだことがあるファンも多いのではないか。

目撃者の少ないスパーリングの話は大きく語られがち。例え真実だとしても、しょせんは練習なのだから、特筆すべきではないかもしれない。しかし、以降はメイウェザーがスペンスを絶賛し続けていることからも、この選手のポテンシャルの高さは伺い知れる。

筆者の周囲にも、スペンスを現代の米ボクシング界の即戦力として高く評価するメディアは数多い。「キース・サーマン、ショーン・ポーター(ともにアメリカ)と今すぐ対戦しても勝ってしまうのではないか」といった声も聴こえてくる。安定感のあるスキル、バランス、確かなパワーに加え、若さに似ぬ冷静さを備えていることもその評判に拍車をかけているのだろう。

もっとも、その一方で、プロボクサーとしての台頭期にいながら、精神的に妙に成熟していることをマイナスに捉える関係者が存在するのも事実ではある。

華やかさに欠けるとの評も

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マンハッタンのステーキハウスで開催された9日の会見の際、筆者はスペンスと同じテーブルを囲むことになった。

ボクサーらしからぬ綺麗な顔、クールな物腰、礼儀正しさには感心させられた。その一方で、そこにいるだけで場が華やぐようなスター性はスペンスからは感じられなかった。

ティモシー・ブラッドリー(アメリカ)ほど地味ではなく、アンドレ・ウォード(アメリカ)ほど尊大ではないが、キャラ的には彼らに近いものがある。

ロンドン五輪組では双璧の有望株と目されるフェリックス・ヴェルデホ(プエルトリコ)より、現時点での完成度はスペンスが遥かに上。ただ、集客力ではヴェルデホが上回っているし、“将来的にPPVスターになる可能性を感じるのはどちらか”と問われれば、大半のファンがプエルトリコの星を選ぶだろう。

カリスマ性とは生来のもの。全盛期は退屈といわれ、キャリア後半に国民的英雄になったイベンダー・ホリフィールド(アメリカ)のようなケースもあるが、これはごく例外に過ぎない。ナチュラルなスターパワーを感じさせないスペンスが次代のエース候補に躍り出るためには、やはり本格派としての技量でアピールしていくべきに違いない。

地上波NBCのプライムタイム放送でアピールできるか

意図の不明なマッチメイクの多いPBCだが、スペンスへの期待度の大きさを考えれば、アルジェリ戦を地上波のメインに持ってきたのは理に叶っている。

スペンス有利の声が圧倒的も、アルジェリは簡単に倒せる選手ではない。2014年6月にはルスラン・プロポドニコフ(ロシア)に勝ち、昨年5月にはアミア・カーン(イギリス)にも予想以上の善戦。2014年11月にはマニー・パッキャオ(フィリピン)に6度のダウンを奪われて格の違いを思い知らされたが、この試合でも判定まで粘っている。来月の一戦は地元ニューヨークで行う地の利もあり、今回も侮れない相手ではある。

「アルジェリはハードパンチャーと対戦してきた選手だから、彼をストップに持ち込めばアピールできる。僕のパワーを見せつけるつもりだよ。僕のような若いコンテンダーは、自分の持っているものすべてを誇示する必要があるんだ」

聡明なスペンスがそう自己分析する通り、実際にアルジェリを初めてノックアウトする選手になれればインパクトは大きい。

NBCの約200〜300万人の視聴者の前で派手なKO劇を披露すれば、知名度は一気に跳ね上がる。逆に言えば、一目瞭然のカリスマとパーソナリティを持たないスペンスにとって、分かりやすい試合内容、結果が必要という言い方もできる。

“スパーリングの伝説”から、“真のトッププロスペクト”へ。そして、クロフォード同様、“メイウェザー、パッキャオ後の世界”のエース候補へ。

スペンスにステップアップの季節が迫っている。ここでアルジェリを印象的な形で下せば、その後には、IBF世界ウェルター級王者ケル・ブルック(イギリス)との本格派同士の垂涎バトルも視界に入ってくるはずである。

スポーツライター

東京都出身。高校球児からアマボクサーを経て、フリーランスのスポーツライターに転身。現在はニューヨーク在住で、MLB、NBA、ボクシングを中心に精力的に取材活動を行う。『日本経済新聞』『スポーツニッポン』『スポーツナビ』『スポルティーバ』『Number』『スポーツ・コミュニケーションズ』『スラッガー』『ダンクシュート』『ボクシングマガジン』等の多数の媒体に記事、コラムを寄稿している

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