加古隆 “美しい音”を追求し50年。「新たな音楽との出会いを求めて生涯現役」、ピアノの詩人の旅は続く
『加古隆50thアニヴァーサリーコンサート ソロ&クァルテット~ベスト・セレクション~』が4月からスタート。ファイナルは5月28日サントリーホール
NHK『映像の世紀』『映像の世紀バタフライエフェクト』のテーマ曲「パリは燃えているか」を始め、映画、ドラマ、CMなどの映像音楽を数多く手がけている作曲家・ピアニストの加古隆が、フランス・パリでデビューしてから今年で50周年を迎えた。それを記念し、4月からスタートした『加古隆50thアニヴァーサリーコンサート ソロ&クァルテット~ベスト・セレクション~』のファイナルが、5月28日東京・サントリーホールで行われる。50年というキャリアの中で特に印象に残っていること、そしてアニヴァーサリーコンサートのファイナル、サントリーホール公演についてインタビューした。
1973年パリでフリージャズのピアニストとしてステージデビュー
加古は1973年パリでフリージャズのピアニストとしてステージデビューし、幼い頃から親しんだクラシック音楽と、パリで開花した現代音楽とジャズがブレンドされた音楽スタイルで、そのキャリアをスタートさせた。
加古 パリでデビューしたということは僕の音楽家としての人生に何をもたらしたか。それはピアノを弾くということです。僕はそれまで高校生のときにジャズが好きで、大学に入ってからは作曲の道に進みました。大学院までずっと作曲を続けて、パリ国立高等音楽院の作曲科に入学しました。作曲科に入ったら、極端なことをいうとピアノを弾けなくてもいいんです。ピアノが弾けない作曲家はいます。僕も作曲するときはピアノを、本当に音を確かめる程度には使っていましたが、それ以上弾くことはなく、ましてや人前でピアノを弾くということはありませんでした。でも唯一ジャズをやるときだけは、ピアノを弾かないと成立しない。だからパリでデビューしたとき無我夢中でピアノを弾きました。それをきっかけに自分がピアノで即興的に音楽を出せることがわかって、次はピアノの音色や響きを経験の中から学んでいきました。僕が自分のことを紹介するとき「作曲家でピアニスト」と言います。だからパリでデビューしていなければ、ピアニストという肩書は僕の人生から消えていたんです。
「人との出会いから新しい音楽と出会いがあり、僕の音楽が広がっていった」
1980年の帰国後は、新しい音楽との出会いの連続だったという
加古 自分自身の音楽でありながら、それまであまりテーマとして取り上げたことがないようなものをオーダーされた時、考えて工夫すれば「あ、僕の音楽の中にこういうタッチがあったんだ」という発見がいくつもありました。一番印象に残っているのは、『博士の愛した数式』(2006年)という映画の音楽を作った時です。それまで僕は自然や美しい風景をテーマに音楽を作ってきて、あまり人の優しさとか、そういうことをテーマとして取り上げた経験がなくて。でもあの映画は台本を読んで、本当に感動して涙が出てきました。その気持ちのままでピアノに向かったときに、あのメロディが出てきて「こんなメロディ、今まで書いたことがなかった」と思いました。人との出会いから、自分の中で新しい音楽と出会いがあり、僕の音楽が広がりを持って、みなさんにも聴いていただけたと思っています。
代表曲「パリは燃えているか」に込めた思い
その中の大きな出会いのひとつが、加古の代表作「パリは燃えているか」がテーマ曲となっている『映像の世紀』(NHK)だ。現在は『映像の世紀 バタフライエフェクト』として放送され、その音楽は老若男女から愛され続けている。
加古 1995年の『NHKスペシャル 映像の世紀』の音楽の打合わせで、プロデューサーから、「100年間の壮大な歴史のうねりを表現してほしい」ということと「放映時間がゴールデンタイムなので、お茶の間の多くの人々が親しみやすい印象的なメロディ」というリクエストがありました。世界中の貴重な映像を使い、まるで映画を観ているようなスケール感で歴史を体感できるような番組なんだ、ということを感じ取りました。そしてまず思い浮かんだのは『アラビアのロレンス』などの大河ロマン映画のテーマ音楽のようなものでした。ショパンのピアノ曲「雨だれ」に近い、儚い、哀しい感じのメロディが思い浮かんできましたが、スケール感に欠けていました。時を同じくして番組オープニング用の短いCG映像が届きました。それを見ているうちに、もっとテンポを上げたらどうだろうと思い、勇壮なオーケストレーションが思い浮かんできて、すぐに映像に合わせてみたところ「これだ!」と。
20世紀は本当に戦争が多く、不毛な戦争を繰り返す人間という存在は、つくづく愚かだと痛感しました。同時に素晴らしい文化を創造し、作り上げ懸命に守ってきたという側面もある。ヒトラーが燃やそうとしたパリは、その象徴的存在だと思います。その両面を感じさせるものにしたいという思いを曲に込めました。
アニヴァーサリーコンサートは、加古の“4つの目的地”を巡る旅
「僕の50年間の音楽の流れを一望していただける内容になります」――そう加古が語るように、今回のコンサートは、「音楽の詩人」「音楽の画家」と呼ばれるその美しい音色で魅了し続けてきた、加古隆というフランスと日本で活躍してきた一人の音楽家のヒストリーを辿る、4つの目的地を巡る旅でもある。
Part1はピアニストとしてデビューし、自身の音楽スタイルを形成するきっかけとなったフランス・パリでの日々を描いた【巴里の日】、Part2は「グリーンスリーブス」を独自の感性で解釈し作り上げ、転換期となった作品「ポエジー~グリーンスリーヴス」(「ニッカ・ウイスキー」CM曲)をクローズアップする【ポエジー】。第1部はピアノソロで披露する。そしてPart3は加古にとってなくてはならない存在の、加古隆クァルテットの魅力を存分に伝える【クァルテットの誕生】、そしてPart4は代表作【映像の世紀~パリは燃えているのか】を、クァルテットの芳醇な音でたっぷりと聴かせる。演奏曲は「黄昏のワルツ」「秋を告げる使者」「ジブラルタルの風」「湖沼の伝説」「ハ長調『幻影』」「グラン・ボヤージュ」「風のリフレイン」他が発表されている。
加古は常々「コンサートは演奏者と聴き手がその瞬間、その時間を一緒に生きるかけがえのない時間」と語っている。今回のコンサートについても「私が一番大事にしていることは、来て下さった皆さんにその時間を楽しんでいただくということ。今回も私の50年間のヒストリーを音で表現できたとしても、それを楽しんでいただくことができなければ意味がありません」。
そして50年間作曲家・ピアニストとして貫いている思いがある。
加古 常に“音の美しさ”というものを大切にしています。音が美しいということは、素晴らしいこと。音が美しいと感動できるんです。美しさと感動、この二つをキーワードに、皆さんに十分に楽しんでいただけるコンサートにしたい。
「僕の夢は生涯現役」
加古隆が50年間作り続けてきたどこまでも美しい音楽を、ピアノとクァルテットで心ゆくまで楽しみたい。そしてこのアニヴァーサリーツアーが完結した時、加古の視線が捉えている“その先”が気になる。
加古 その先のことが浮かんでも浮かばなくても、僕の夢は生涯現役ということです。だからまた懲りないで次のことを考えるというか、また新たな音楽と出会う機会があったら、断らないでやっていくと思います。
※「隆」は旧字体、「生」の上に「一」が入ります。