由紀さおり 美しい歌を歌い続け55年、その先へ――大切な3曲をセッションし、感じたこと
55周年を迎えた由紀さおりが登場。「生の音で歌うことが歌い手の命」
アーティストと、日本の音楽シーンを代表するアレンジャーが一夜限りのアレンジをした楽曲で一流ミュージシャンとセッションする、生演奏にこだわるライヴ番組『Sound Inn S』(BS-TBS)。セッションを通じてオリジナル曲、カバー曲の魅力を再発見でき、また自身の新たな引き出しを見つけるきっかけになったと語るアーティストも多い。
6月15日(土)放送回にはデビュー55周年を迎えた由紀さおりが登場し、自身のキャリアの中で大切な3曲を披露する。歌謡曲、ポップス、ジャズ、シャンソン、童謡、あらゆる音楽を歌ってきた由紀の現在地、“今”の歌の瑞々しさ、深さを堪能できるパフォーマンスだ。そしてその金言の数々にも注目したい。
「あの時代の『手紙』より大人になった私が歌うアレンジになりました」
一曲目は「手紙」(1970年)。「第12回日本レコード大賞」で、歌唱賞を受賞した作品のアレンジを手がけたのは、この15年間由紀の作品のアレンジを手がけている坂本昌之。今回のアレンジについて由紀は「ヨーロッパの風がふわっと吹いてきた感じがしました。あの時代の『手紙』より、大人になった私が歌うアレンジにしてくださいました」と、AORの薫りを感じさせてくれるアレンジのサウンドに乗せ、思いを込め切々と歌った。坂本が捉えた今の「手紙」、それを歌う由紀との素晴らしいセッションになった。
アレンジャー坂本昌之との出会いに感謝。「色々なアレンジの曲を歌うことは挑戦の連続、でもそれが大きな経験になった歌い手としての命が伸びた感じがします」
由紀は坂本について「ここ十数年、様々な作品で色々なアレンジをしてくださって、ここを乗り切れるか乗り切れないか、チャレンジの連続でした。でもそれは私の歌い手人生の中ですごく大きな経験になって、命が伸びた感じがしました」と、その出会いに感謝していた。坂本は由紀の歌について「日本語の美しさ、ずっと鼻濁音に留意した発音を大切にしていらっしゃいます」と、由紀の歌の素晴らしさを改めて語っている。由紀は美しい日本語で歌うシンガーとして評価が高く、それは物心ついたころから、姉の安田祥子と共に児童合唱団で厳しく丁寧な指導を受けたことがベースになっていると教えてくれた。
「生きがい」は「ずっと変わらないピュアな感じ。そこが隠れてしまわないように気を付けて歌っています」
二曲目は、これまで渡辺真知子や原由子を始め多くのアーティストがカバーしてきた「生きがい」を河野圭のアレンジで披露した。シンプルで優しいメロディと言葉を、柔らかでどこまでも優しい歌で丁寧に届ける。「ずっと歌ってきてもすごくピュアな感じが全然変わらない曲。だからあまり崩して歌わないように、ピュアな感じが隠れてしまわないように気を付けて歌っています」と、この曲への向き合い方を教えてくれた。
多くのアーティストがなぜこの曲をカバーするのか、と聞かれた由紀は「アップダウンの激しい曲を歌ってきた皆さんが、逆にこの淡々とした曲にトライしたいと思ってくれるのでは?」と分析していた。さらに「日本語の情感みたいなものが溢れている歌で、最近すごく思うのが、音も言葉も余韻がすごく大事だと思います。余韻のない歌が多くなったなって思うので、自分はそこを大切にして歌ってきて、それが由紀さおりの歌になっていると思うので、これからもそこは大切にしたい」と語っている。
最新曲「人生は素晴らしい」を笹路正徳のアレンジで披露
最後は新曲の「人生は素晴らしい」を笹路正徳のアレンジで披露。アンリ・サルヴァドール、セリーヌ・ディオンを始め、名だたるシンガーに楽曲を提供してきたフランスの作曲家ジオアッキーノ・モリシが作曲、作詞は松井五郎が手がけた。笹路がフルートやオーボエなどの木管楽器とストリングスで温もりと“誠実”さを感じるアレンジで、由紀の歌にそっと寄り添いながら曲の世界観を薫り立てる。
55年間の歌手人生の中で分岐点
55年間の歌手人生の中で、歌うことが嫌になったことはなかったのだろうか。
「自分は歌っていていいのかな、何を歌うべきなのか、悩んだ時期もありました。それが姉との童謡のコンサートにつながっていくのですが、その期間をほとんど歌謡曲は歌っていなくて、その代わりに童謡・唱歌のアルバムを出させていただき、トルコ行進曲まで歌いました」と、進むべき道に迷いながら、1985年から姉と童謡デュエットをスタートさせた。そして姉妹の代名詞ともいえる二人のスキャットで表現する「トルコ行進曲」が生まれた。しかしそれが「日本語もちゃんと歌いたい」と思うきっかけになり、日本語の歌と向き合うと決め、二十数年ぶりにソロ活動に軸足を移そうとしていた2011年、アメリカのジャズオーケストラ、ピンク・マルティーニとコラボしたアルバム『1969』が世界的なヒットとなった。
「離婚や大病で女性としての人生はしくじったかもしれないけど、今の道を選んだ答えを見つけなければという思いで、この10年は歌と向き合ってきました」と、歌手人生を振り返った。
「お客さんの前で歌って気づいた『人生は素晴らしい』という本当の意味」
松井五郎が作詞した「人生は素晴らしい」では“ありがとう”という言葉が何度も出てくる。
「人生は素晴らしいけれど、私のような年代になると手放しで喜ぶのではなく、これまで色々な出会いがあって、教えてもらったこと、気づかせてもらったこと、時間を共有できた喜びがあるからこそ、素晴らしい人生になったんだと思い歌うことができれば、素晴らしいという言葉の意味の深さが出てくるかもしれないと思いました。レコーディングの時は、そんなことは考えなかったけど、初めてお客さんの前で歌って、気づかせてくれたんです」と、この曲で改めて自身の人生と対峙し、思いを新たにしたようだ。
「努力とメンテナンスを怠らずお客さんの前に立ち続けたい」
全てのセッションを終えた由紀は「生の音で歌うことが歌い手の命」と語り、「努力とメンテナンスを怠らずお客さんの前に立ち続けたい」と、生涯現役で歌い続けると約束した。
由紀さおりのパフォーマンスが楽しめる『Sound Inn S』は6月15 日(土)、BS-TBS(18時30分~)で放送される。またTVerでは未公開部分を追加した特別バージョンが見逃し配信される(6/16(日) 12:00~7/16(火) 11:59)。