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北朝鮮による「ミサイル発射」の威嚇が意味するもの

六辻彰二国際政治学者

北朝鮮による威嚇のエスカレート

北朝鮮が中距離弾道ミサイル「ムスダン」2基を移動式発射台に設置したことから、10日にこれを発射するのではないかとの観測が韓国やアメリカの当局から流れたものの、現在のところ、幸運にも実現には至っていないようです。しかし、北朝鮮自身が「10日」と明言していたわけでなく、スパイ衛星等の観測で発射の兆候が確認されたことは間違いありません。そのため、これからも、あるいは明日11日以降も、決して安心できないといえます。

今回、北朝鮮はアメリカ、さらにその同盟国たる韓国と日本に対して、これまでになく攻撃的な意思表示をしてきています。北朝鮮によるミサイル発射を規制する、中国やロシアが参加した国連安保理の決議にさえ従う気配はみられず、むしろ朝鮮戦争に関するアメリカとの停戦協定を一方的に破棄し、さらにアメリカ本土への直接的なミサイル攻撃にすら言及しています。これに加えて、平壌に駐在する各国の大使館に避難勧告をする、韓国に滞在する外国人にも退去勧告をする、北朝鮮と韓国が共同で運営する開城工業団地に北朝鮮労働者を出仕させないなど、これらはいずれも、北朝鮮が言う、戦時下での対応に映ることは否めません。

これまでにも北朝鮮は、金正日の時代から、核実験やミサイル実験を立て続けに行なったことはありました。1993年5月29日、ノドン発射実験を行い、能登半島沖に着弾したのを皮切りに、2006年7月5日にはノドン、スカッド、テポドン2号など7発の発射実験を、同じく2006年10月30日にはSA2地対空ミサイル5発の発射実験を行なっています。しかし、これらはいずれも「実験」として行なわれ、特定の国を明示的に名指しして発射したものではありません。

それと比べると、今回はアメリカだけでなく、米軍基地のある日本の横須賀(私の暮らす土地です)、三沢、沖縄の地名をあげて、ミサイルの標的となり得ることを示唆するなど、これまでとは数段異なる攻撃的な姿勢をとっているといっていいでしょう。

北朝鮮の攻撃的な姿勢は、なぜこのタイミングで生まれたか

なぜ、北朝鮮はこれほど攻撃的になったのでしょうか。

最大の要因は、やはり若い金正恩が体制の維持を図っていることにあるといえるでしょう。金正日は対外的には経済支援を引き出すために、対内的には体制を支える軍の歓心を買うために、核・ミサイル実験を行なってきました。そのため、金正日の頃は核・ミサイルの利用を見通すことが、比較的容易でした。しかし、今回の場合は、軍事活動にともなう明確な要求を確認することはできません。

これについては、二つの見方が可能です。第一に、昨年11月までに、金正日の側近だった軍高官4名を相次いで更迭し、自らの後見人である張成沢(義理の叔父にあたる)らを要職に据えるなど、体制内の勢力図にあったことを踏まえて、従来と比べて体制内での立場の低下に軍が懸念や不満を抱くのを抑えるため、(結局は同じ手法になるのですが)金正恩がこれまでにない対外的な強硬姿勢をとっている、という見方です。実際、外国との戦争は国内を一つにまとめるうえで、最も「手っ取り早い」方法です。また、4月15日は故金日成主席の誕生日です。その前後に、国内、体制内の結束を図るショーとして、ミサイルを撃つか、あるいは2010年11月の延坪島砲撃事件のような、なんらかの軍事行動をとることは充分あり得ると考えられます。

第二に、日米韓だけでなく、「保護者」たる中国への威嚇です。これまで、日米韓による北朝鮮への制裁から北朝鮮を擁護してきたのが中国であることは、よく知られています。しかし、昨年4月のミサイル発射実験を受けて、中国は国連安保理での北朝鮮非難決議に賛成しています。「子分を守るのが親分の勤め」という面子意識に縛られた中国の足元をみるかのように、軍事行動をエスカレートさせる北朝鮮に対して、北京がしびれを切らしつつあるとみていいでしょう。

ここで北朝鮮が取れる選択は二つ。

  • 中国の顔を立て、軍事的恫喝をやめ、中国が主張する六者協議への復帰をすること。

この場合、朝鮮半島における軍事的な優位はこれ以上得られませんが、少なくとも中国からの経済的な見返りは期待できます。

  • それでも中国が北朝鮮を見捨てることはできないはずとタカをくくり、中国の顔を潰してでも軍事行動に走る。

もし、中国がそれでも難民流出などをともなう北朝鮮の崩壊を恐れて擁護するなら、北朝鮮は軍事的優位だけでなく経済的な見返りも得られる、と捉  えている可能性があります。

ここで思い出すべきは、昨年のミサイル実験からわずか4ヵ月後の8月、張成沢を代表団とする50名規模の労働党幹部が北京を訪問し、中朝国境地帯での経済特区開発に関する管理委員会の設立で合意したことです。つまり、北朝鮮は昨年の成功に味をしめ、「二匹目のドジョウ」を期待して、軍事活動を強行することで、軍事的優位だけでなく経済的利益もまた得られると踏んでいると考えられます。また、中国の執行部が交代し、習近平体制に代わって間もないことから、この時点での軍事活動は早めに揺さぶりをかける効果があるといえるでしょう。そして、もともと足並みが揃いにくかった日中韓が、領土問題で昨年来さらに協調しにくい(少なくとも日本と中韓は)状況も、北朝鮮にしてみれば動きやすいと写るでしょう。

このようにみてくれば、北朝鮮が昨年4月からの「二匹目のドジョウ」を期待して、煽るだけ煽っていると考えられます。

「二匹目のドジョウ」と周辺国

そうだとすると、地上戦を含む大規模な戦闘に突入することは、可能性として低いとみることに無理はありません。アメリカ政府は基本的に、北朝鮮に対する全面的な戦闘に突入することに消極的です。財政難に加えて、アフガンなどからこれ以上人員を回すことも困難なうえ、さらに局地戦で抑えなければ核兵器の使用という最悪の事態に陥る可能性もあるからです。よって、アメリカ政府も「戦略的忍耐」を崩すことはできません。

北朝鮮も、それは理解しているでしょう。むしろ、北朝鮮はその軍事活動でアメリカ人から一人でも犠牲者を出さないようにしているとみた方が無難です。アメリカの激昂した世論が、いかに非合理的な軍事作戦でも推し進める原動力になり得ることは、ベトナムやイラクの歴史が物語ります。アメリカとまともに衝突すれば、金正恩が何より優先したい「体制の存続」そのものが瓦解するだろうことは明らかです。その意味で、北朝鮮政府がグアムやアラスカなどにミサイルを飛ばして、アメリカに実際の損害を与えることは考えにいのです。

もちろん、それは北朝鮮が何もしない、ということではありません。アメリカの軍事介入を避けつつ、他方で北朝鮮の軍事力を誇示するために、先に述べた延坪島砲撃事件のように、主に韓国を標的とした局地的な軍事活動を実施する可能性は、むしろ高いと見た方がいいでしょう。その場合、日本ももちろん対象外ではありません。そして、仮に日本が攻撃を受ければ、「自衛隊の国防軍化」といったテーマが急速に進むであろうことは、想像に難くありません。

重要なことは、これまでより数段階高いレベルの恫喝、威嚇で臨んでくる北朝鮮に対して、何らかの見返りを与えてしまえば、それが今後も同様の事態を引き起こす誘因になるということです。今回の危機を乗り切れるかどうかは、北朝鮮の現体制だけでなく、それに振り回される周辺各国の今後を大きく左右することだけは確かといえるでしょう。

国際政治学者

博士(国際関係)。横浜市立大学、明治学院大学、拓殖大学などで教鞭をとる。アフリカをメインフィールドに、国際情勢を幅広く調査・研究中。最新刊に『終わりなき戦争紛争の100年史』(さくら舎)。その他、『21世紀の中東・アフリカ世界』(芦書房)、『世界の独裁者』(幻冬社)、『イスラム 敵の論理 味方の理由』(さくら舎)、『日本の「水」が危ない』(ベストセラーズ)など。

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