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安心だ安心だと国民を騙して先細りする日本

田中良紹ジャーナリスト

フーテン老人世直し録(460)

葉月某日

 年金制度の健全性を5年に一度チェックする「財政検証」がようやく公表された。例年なら6月までに公表される「財政検証」が7月の参議院選挙前に公表されなかったのは、選挙への影響を恐れた安倍政権が意図的に遅らせたと言われたが、公表された内容を見ればなるほどと合点がいく。

 国民が老後に受け取れる年金水準は「先細り」していくことが確実だからである。根本厚労大臣は「経済成長と労働参加が進めば、概ね100年間の給付と負担が均衡し、持続可能なものになる」と語ったが、少子高齢化で世界のトップランナーを走る日本が、今後も経済成長と労働参加を進めるのは至難の業で「100年安心」と考えるには無理がある。

 7月の参議院選挙は「財政検証」だけでなく日米貿易交渉など与党の不利になりそうな要素をすべて先送りした。一方、衆参両院で3分の2の議席を持ちながら憲法改正にてこずり、拉致問題の解決もできずに支持層から不満を持たれた安倍総理は、支持層の反韓国感情に訴えて選挙を有利にするため、半導体材料の輸出管理強化を選挙直前に打ち出した。

 そうしたことからフーテンは参議院選挙を「上げ底選挙」と見ていたが、日米貿易交渉の結果はまるで米国の思い通りで日本は国益を失い、韓国に仕掛けた貿易戦争も韓国の自立を促す結果になりかねず、米国にとってはこの問題も日本に貸しを作り金を吸い上げる口実になる。それを愚かな日本人は「米国が韓国に怒っている」と喜んでいる。

 まず「上げ底」の一つである日米貿易交渉だが、日本が頼み込んで交渉日程を参議院選挙後にしてもらったことから、米国有利の結果になることは目に見えていた。案の定日本がTPPの交渉内容より後退する形で合意し、おまけに中国が輸入しない余剰トウモロコシを代わって日本が買うというのだからトランプ大統領は鼻高々だ。日本は必要ないことに税金を使わなければならなくなった。

 次に日韓貿易戦争だが、徴用工判決に対する不満を半導体材料の輸出管理強化に結び付けたのは安倍政権である。それが支持層からは「よくやった」と評価されたが、徴用工問題と貿易管理を結び付けることは国際社会の理解を得られない。下手をするとWTOで日本が負ける可能性もある。そこで日本政府は「安全保障上の問題」と理由を変えた。

 それなら韓国が日本の材料を北朝鮮に輸出している証拠を示せばよい。すると日本政府は日本国内の管理の問題だと説明を二転三転させた。これでは国際社会は何のことやら理解できない。ところが「安全保障で信頼関係が成立しないならGSOMIAを破棄する」と文在寅政権が言い出し、問題は日韓だけでなく国際関係にまで波及した。

 そこで米国務省や国防総省が「失望」を表明するが、しかしそれが米国にとって重大問題かと言えばそれほどではない。毎日CNNを見ていたが北朝鮮のミサイル実験はニュースになってもGSOMIA破棄はニュースにならない。日本のメディアがトランプ政権幹部の言葉尻を捉え「米国の文政権批判」に仕立てているだけだ。

 そして日本のメディアは「日米韓の枠組みが弱体化して中国がにんまり」と解説するが、にんまりしているのは米国も一緒である。日韓対立で韓国も日本も米国を自分の側に引き寄せようとするから米国には誠に都合が良い。これで韓国からも日本からも金を引き出す口実が出来た。

 冷戦後の米国にとって日本や韓国は絶対的な存在ではない。アジアで最も重要な国は中国で、現在は覇権争いをしているが、状況次第でいつでも手を組むことができる。トウモロコシを日本に買わせることが出来たのも日韓対立のおかげと思えば、米国にとって日韓対立はおいしい話だ。冷戦思考から抜けられない人間だけがそのことに思いが至らない。

 トランプは在韓米軍撤退と在日米軍撤退を目標にしている。そして文在寅も日米との枠組みより北朝鮮との連携を優先する。GSOMIA破棄は中国以上に北朝鮮を喜ばせ、そしてロシアも喜ぶ。文在寅は米国を怒らせて在韓米軍撤退を言わせたい。そのお膳立てを安倍政権がしてやったことになる。

 そこで三つ目の「上げ底」の「財政検証」の話に戻る。公的年金制度の「100年安心プラン」を主導したのは公明党の坂口力元厚労大臣である。2004年の小泉政権下で年金法改正案を作る時に、物価や賃金の伸びよりも年金の給付水準を抑える「マクロ経済スライド」を導入し、それによって「年金制度を100年安心にしたい」と言った。

 この時、少子高齢化によって危機的になる年金の将来について本来はしっかりと議論を行い、国民に危機意識を植え付けなければならないとフーテンは思った。ところがなぜか国会議員の年金未納問題がスキャンダラスに報道され、それに民主党(当時)の菅直人代表が悪乗りしたため、議論よりスキャンダルに国民の目は引き付けられ、危機意識より「100年安心」という甘い言葉だけが残った。

 しかし反小泉の麻生太郎氏が総理になると、小泉政権がやったことを否定する立場から、「100年安心」を言わなくなる。その後の自民党歴代厚労大臣もその言葉を使わずにきた。ところが7月の参院選前に金融庁の審議会が「老後2000万円必要」と報告書を作成したことで「年金不安」が広がると、安倍総理が再び「100年安心」を言い出した。

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ジャーナリスト

1969年TBS入社。ドキュメンタリー・ディレクターや放送記者としてロッキード事件、田中角栄、日米摩擦などを取材。90年 米国の政治専門テレビC-SPANの配給権を取得。日本に米議会情報を紹介しながら国会の映像公開を提案。98年CS放送で「国会TV」を開局。07年退職し現在はブログ執筆と政治塾を主宰■オンライン「田中塾」の次回日時:11月24日(日)午後3時から4時半まで。パソコンかスマホでご覧いただけます。世界と日本の政治の動きを講義し、皆様からの質問を受け付けます。参加ご希望の方は https://bit.ly/2WUhRgg までお申し込みください。

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