ステルス機を「見る」技術
近年の軍用機開発では、機体のステルス性についても重視される傾向にあり、米軍のF-22、自衛隊も導入するF-35の他にも、中国で開発中のJ-20、ロシアで開発中のT-50と、いずれも高いステルス性を持つとされます。
この軍用機のステルス化トレンドに対し、防衛省が「ステルス機を丸見えにする」技術の研究開発に乗り出すという報道がありました。
しかし、記事中ではどういった技術によって、ステルス機を見えるようにするかは書かれていません。そこで、今回は記事の補足として、どのような技術を用いてステルス破りを行うのか、過去の防衛省の研究などから解説したいと思います。
なぜ、ステルス機は「見えない」か?
ステルス破りの解説をする前に、ステルスの定義と、なぜステルス機が「見えない」のか、という事について触れる必要があります。
ステルス性とは「ある兵器がセンサー類からどの程度探知され難いか」を相対的に表す言葉で、探知する側のセンサーもレーダー(電波)から赤外線や可視光等、多岐に渡りますが、軍用機ではレーダーに映らないようにするのがステルスの第一義と考えて差し支えないので、ここではレーダーに対するステルス性に限定して話を進めたいと思います。
レーダーの原理とは、電波を発振して、対象に当たった反射波を拾うことで、対象の位置を測定します。人間の目も、光の反射を拾うことで物体を認識していますが、レーダーは目と同じことを光ではなく電波でやっていると考えて下さい。
機体に施せるステルス化の手段としては、以下の2つのアプローチが一般的です。
- レーダーの反射波を小さくする。
- 反射を電波が来た方向(レーダーの方向)に返さない形状にする。
レーダーの反射波を小さくする方法としては、機体形状を反射の小さいものにしたり、機体表面に電波を吸収する素材を用いることで反射波を減らすことが挙げられます。しかし、ステルス化した機体は難しい加工が必要な形状だったり、電波吸収材料(RAM)で被膜した機体はメンテナンスにコストがかかるなど、ステルス機の製造・運用コスト高の一因ともなっています。
第二の方法は、反射波を電波が来た方向に返さず、別の方向に反射させることです。反射波が返ってこなければ、レーダーに機体は映りません。鏡を45度傾けると自分が鏡に映らなくなりますが、それと同じ現象です。この2つのアプローチを用いることで、ステルス機はレーダーに映りにくくしているのです。
ステルス破りの技術
ではステルスを見破るにはどのような手段があるでしょうか。防衛省でも過去・現在で研究が行われている、実現性の高い手段についていくつか挙げてみます。
第一に挙げられるのは、レーダー性能を高めるという力技のアプローチです。
ステルスの定義で書いたように、ステルス性とは相対的で、センサー側の進歩により従来のステルス優位が崩れる事もあります。ステルス機の小さい反射波もレーダーで捉えることができれば、ステルス機を「見る」ことができます。近年はレーダー出力を増大させる窒化ガリウム(GaN)を用いたレーダーの研究が行われており、この分野の研究は日本が世界のトップにあります。
第二に挙げられるのは、電波を発振する装置と、反射を拾う装置を別々にするバイスタティック・レーダー技術です。
ステルス機が電波の来た方向とは別の方向に反射波を返したとしても、その反射した方向で別のレーダーが反射波を拾えば、ステルス機を発見することが出来ます。航空自衛隊は28のレーダー・サイトを運用していますが、レーダー・サイト同士を高速な回線で接続して発振電波の情報を共有し、別のレーダー・サイトの反射波を拾うようにすれば、ステルス機を発見することも期待できます。現在、自衛隊のレーダー・サイトでも、比較的新しい型のJ/FPS-5(ガメラレーダー)ではこのバイスタティック・レーダー技術に対応していると言われ、平成24年度予算で配備が始まったばかりのJ/FPS-7はより進んだものとなっているとされます。
第三に挙げられるのは、レーダーに使う電波の周波数帯を、探知する機体の長さに近い低周波帯を用いる方法です。
ステルス機に当たる電波の波長が機体のサイズに近いと共振が発生し、レーダーに映る面積が数倍になります。この原理を用いた低周波レーダーは精度は悪いものの、電波が遠くまで届くという利点がありますが、用いる波長より短い物体は原理的に発見できないという欠点があります。
最後に電波以外の索敵手段を使うというアプローチもあります。低周波レーダーとは逆に、より光波長の電磁波である赤外線や光を用いる方法です。
ジェットエンジンは高熱を排出するため、赤外線を利用した探知が可能です。しかし、ステルス機は排気を冷却して赤外線ステルスを行っているのもあり、従来機よりも電波と同じように赤外線対策が行われています。また、レーザー光線を利用したレーダーは、原理的に全てのステルス機を探知可能ですが、探知距離が短く、気象条件に影響を受けるといった制約があります。
”次の技術”のために
ここまで、ステルス破りの手段のうち、代表的なものを挙げてみました。
注意して欲しいのは、これらの技術は機体を「見つけやすくする」というもので、絶対的なものではありません。ステルス機に限らず、軍用機には敵のレーダーから隠れたり、誤魔化すための飛行法が存在します。時には非ステルス機でもレーダーに映らずに(あるいは映っても敵機だと思われずに)侵入した事例が多々あります。自衛隊でも1976年のベレンコ中尉亡命事件では、地上レーダー、スクランブル発進したF-4EJ戦闘機共に、低空飛行するMiG-25を捉えきれず、MiG-25の函館空港強行着陸を許す事態にまでなりました。
レーダーを操るのも、航空機を操縦するのも人間で、両者ともに知力を尽くして相手の裏をかく努力をしています。ここで挙げた技術もいずれは相手に裏をかかれることになりますが、その時に”次の技術”が用意できるか否かは、たゆまぬ研究にかかっていると言えます。