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「J6」ながら天皇杯準々決勝に進出! 福山シティFCとはどんなクラブか?

宇都宮徹壱写真家・ノンフィクションライター
福山シティFCが展開するグッズ。県1部とは思えないほど種類が豊富でセンスも良い。

 来年の元日に東京・新国立競技場で決勝戦が開催される、天皇杯JFA第100回全日本サッカー選手権大会(以下、天皇杯)。コロナ禍によるレギュレーション変更により、今大会は1回戦から5回戦までの46試合は、いずれもアマチュアチームのみの参加となった。本日23日に開催される準々決勝からは、いよいよJクラブが参戦する。

 準々決勝から出場するのは、J2優勝の徳島ヴォルティスとJ3優勝のブラウブリッツ秋田。それぞれ対戦するのは、アマチュアシードのHonda FCと広島県代表の福山シティFCである。このうちHondaについては、JFLでの最多優勝(9回)を誇り、天皇杯でも40回出場しているお馴染みの存在。しかし初出場の福山については、サッカーファンでもご存じない方が多いはずだ。

 それもそのはず、福山はJFLの下の地域リーグのさらに下、広島県リーグ1部で活動しているアマチュアクラブ。トップリーグのJ1から数えて6番目、つまり「J6」ということになる。このクラブを紐解くキーワードは3つ。すなわち、①広島第2のJクラブを目指す!②県リーグ時代からの「ブレないサッカー」③SNSを活用した「令和的戦略」である。

広島県第2の人口を誇る福山市。「バラの街」として知られ、サンフレッチェ広島や広島カープの影響は薄い。
広島県第2の人口を誇る福山市。「バラの街」として知られ、サンフレッチェ広島や広島カープの影響は薄い。

■広島第2のJクラブを目指す!

 広島といえば、何と言ってもサンフレッチェ広島。その存在感が大きすぎるあまり「広島から第2のJクラブを目指そう」という動きは、これまでまったく起こらなかった。そうした空気に風穴を空けたのが、福山シティFC。それにしても、なぜ広島市でなく福山市だったのか? 広島市出身のクラブ代表、岡本佳大氏は「むしろ福山ほどJクラブを作るのにふさわしい土地はない」と言い切る。

「これが広島市だと、サンフレッチェもカープもあるし、Bリーグのドラゴンフライズもある。プロスポーツに関しては飽和状態なんです。福山市は広島市から約100キロ離れていて、サンフレッチェやカープの影響はそれほど大きくない。それと福山の人は、地元について『誇れるものがない』とか『遊ぶ場所もない』とか言うんです。そういう土地ほど、Jクラブを作る立地として最高ですよね?」

 福山市の人口は約47万人。県庁所在地である広島市(約120万人)の4割ほどだが、柏レイソルのホームタウンである柏市と人口規模はほぼ同じ。加えて新幹線のぞみは停車するし、福山城などの観光資源もあるし、独自の商圏と文化圏を持っている。「なぜ今まで福山にJリーグクラブが生まれなかったのか。そっちのほうが不思議でしたね」と力説する岡本代表の言葉には、うなずくほかない。

チームを率いる小谷野拓夢監督。大卒1年目、22歳の青年指導者は、クラブの方向性を体現する存在でもある。
チームを率いる小谷野拓夢監督。大卒1年目、22歳の青年指導者は、クラブの方向性を体現する存在でもある。

■県リーグ時代からの「ブレないサッカー」

 天皇杯での福山シティFCは、初戦となる2回戦から5回戦まで、いずれも格上の地域リーグのチームと対戦し、4試合すべて90分勝利。失点はわずか1である。どんな名将が率いているのかと思ったら、小谷野拓夢監督は金沢の北陸大学を出たばかりの22歳。なぜ、このような若い指揮官にチームを託したのだろうか? こちらの疑問には、副代表の樋口敦氏が答えてくれた。

「まず、サッカー界をあっと言わせるような、新世代の人材を起用したかったんです。もちろん、サッカーをよく知っていて、先を見据えたビジョンを持っていて、ここからのし上がっていこうとするマインドも持っていてほしい。外部テクニカルアドバイザーに何人かピックアップしてもらって、こちらから課題を出したり面談をしたりして、最も評価が高かったのが小谷野でした」

 福山がユニークなのは、良い選手ではなく良い指導者を輩出することで、日本サッカー界への貢献を目指していることだ。すでに福山と東京と大阪で、クラブ主導の指導者養成講座をスタートさせており、若く優秀な指導者を30人ほど囲いこんでいるという。岡本代表は、県内の偉大な先達を例に挙げながら、クラブのビジョンをこのように説明してくれた。

「サンフレッチェ広島は、素晴らしい指導者をたくさん輩出していますが、やっているサッカーが一貫していたかというと、そんなことはなかったわけです。監督が変われば、サッカーも変わってしまう。われわれが目指すのは、誰が監督でも、誰が社長でもブレないサッカー。そこは後発の強みを生かして、県リーグのうちからクラブの目指すべきサッカーを構築しようと考えています」

代表の岡本佳大氏(左)は平成生まれの31歳、副代表の樋口敦氏はトレーナー出身という異色のキャリア。
代表の岡本佳大氏(左)は平成生まれの31歳、副代表の樋口敦氏はトレーナー出身という異色のキャリア。

■SNSを活用した「令和的戦略」

 実は福山シティFCの名前は、かねてから一部のサッカーファンの間では注目される存在であった。というのもクラブ関係者(特に樋口副代表)が、クラブの理念を積極的にSNSで発信していたからだ。そうした活動が効力を発揮したのが、コロナ禍で経営が逼迫した際に実施したクラウドファンディング。わずか3日間で、目標の500万円を達成したのだから驚きだ。しかも、県1部のアマチュアクラブが、である。

「今回のクラウドファンディングは、われわれの『令和的戦略』の試金石だったと言えます。今の時代はSNSもあるし、リモートワークの普及で距離も関係なくなりました。そうなると、地元の福山だけでなく、全国を市場として捉えることが可能となります。東京の企業からスポンサーを募って、そこで得られたお金を福山に還元することもできるわけです」

 そう語る岡本代表は、平成生まれの31歳。クラブもまた、後発の強みを活かしながら「令和的戦略」を掲げて、これまでにないアプローチでJリーグを目指している。そして今回、天皇杯初出場の「J6」クラブは、ついに準々決勝に進出。28試合無敗で、J3優勝とJ2昇格を決めた秋田と対戦することとなった。果たして、さらなる奇跡は起きるのか。この準々決勝に勝利すれば、次の相手は、あの川崎フロンターレである。

【付記】本稿は宇都宮徹壱WMの記事をベースに執筆。また新著『フットボール風土記』でも、福山シティFCについて1章を割いている。

<この稿、了。写真はすべて筆者撮影>

写真家・ノンフィクションライター

東京藝術大学大学院美術研究科修了後、TV制作会社勤務を経て、97年にベオグラードで「写真家宣言」。以後、国内外で「文化としてのフットボール」をカメラで切り取る活動を展開中。『フットボールの犬』(同)で第20回ミズノスポーツライター賞最優秀賞、『サッカーおくのほそ道』(カンゼン)で2016サッカー本大賞を受賞。2016年より宇都宮徹壱ウェブマガジン(WM)を配信中。このほど新著『異端のチェアマン 村井満、Jリーグ再建の真実』(集英社インターナショナル)を上梓。お仕事の依頼はこちら。http://www.targma.jp/tetsumaga/work/

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