理研研究者がiPS細胞関連特許の強制ライセンスを求めて裁定請求
出典:特許6518878号公報
理化学研究所に所属する研究者の方によるこのようなツイートがありました。
以下、このツイートからつながる一連のツイートをそのまま引用します。
私は、詳細な事実関係を知る立場にありませんが、ここでは、この動きの背景となっている特許制度上の仕組みについて解説したいと思います。
特許制度の本質は、発明の実施の独占権(特許権)を一定期間付与することで、発明およびその公開のインセンティブとすることにあります。特許権は独占権なので、権利者はその発明を自分で実施しようが、他人にライセンスして実施させようが、開放特許として自由に使えるようにしようが、売却しようが自由です。さらには、発明をライセンスも実施もせずに塩漬けにしておくことも違法ではありません(土地の持ち主が土地を使わず塩漬けにしていても固定資産税さえ払っていれば違法ではないのと同じです)。
これは特許権が独占的財産権である以上当然のことなのですが、このような強力な権利であることで社会全体の利益が損なわれる可能性があります。典型的なケースとしては、今回の話とはまた別ですが、コロナウイルスのワクチンや治療薬に関する特許の問題があります。特許による独占がなければ製薬会社がワクチン等の開発投資のインセンティブがなくなってしまうので特許権が必要なのは確かなのですが、その扱いを市場原理だけに任せておくと、開発途上国等の人々が適切な治療を受けられないといった問題が生じ得ます。
このような問題の解決策として、多くの国の特許法には強制ライセンス(裁定通常実施権)の制度が設けられています(土地にたとえれば必要な道路を作るために土地の所有権を制限して強制収用するようなものです)。今回関連するのは特許法93条(公共の利益のための通常実施権の設定の裁定)の規定です。
93条の規定はずっと以前から存在していますが、裁定されたことはおろか、請求されたことすらないはずです。なお、強制ライセンスとは言っても無料で使わせるということではありません。ライセンス料金なども含めて国が適切な条件を決定するということです。
なお、理研と株式会社ヘリオスが共同権利者になっている特許は6850455号と6518878号です(前者は後者の分割)。上記ツイート者の高橋政代先生が発明者の一人になっています。特許の技術的内容については私の専門外なので他の方にお任せしたいと思います。
今回の件は、特許法の「伝家の宝刀」規定の発動というだけではなく、産学連携のあり方、そして、特に人の健康が関連する特許における独占権と公共の利益のバランスのあり方という点で大変興味深いものがあります。