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きょうから侮辱罪を厳罰化、懲役刑も選択可能に ネット中傷の捜査への影響は?

前田恒彦元特捜部主任検事
(写真:イメージマート)

 きょうから侮辱罪の法定刑が引き上げられ、厳罰化される。改正刑法の施行に基づく措置だ。人を死に追いやるような悪質な「ネット中傷」など、7月7日以降に公然と人を侮辱したら、懲役刑の選択も可能となった。

何が変わった?

 すなわち、侮辱罪は、具体的な事実を示さずとも、「バカ」「クズ」「ゴミ」「ハゲ」「チビ」「デブ」など公然と人の社会的評価を下げるような言動をし、侮辱すれば成立する。これが事実の摘示を要する名誉毀損罪と異なる点だ。

 ただ、「公然」、すなわち不特定または多数の者が認識できる中で何らかの具体的な事実を示したほうが、人の名誉を傷つける程度は大きい。そこで、名誉毀損罪の法定刑が3年以下の懲役・禁錮または50万円以下の罰金であるのに対し、これまで侮辱罪は拘留または科料どまりとなっていた。

 しかし、拘留は刑事施設での1日以上30日未満の身柄拘束、科料は千円以上1万円未満の金銭罰にすぎない。これは刑法でも侮辱罪だけであり、法定刑だけをみると軽犯罪法違反と同じだ。しかも、拘留には執行猶予の制度がなく、必ず実刑になるから、ほとんどの侮辱事件が科料9000円か9900円で終わっている。

 そこで、自殺者まで出るなど「ネット中傷」の社会問題化を踏まえ、侮辱罪の法定刑に1年以下の懲役・禁錮と30万円以下の罰金を追加するかたちで刑罰の引上げが行われた。

 ただし、条文の文言など侮辱罪そのものの中身までは全く変えられていないから、今回の法改正によって侮辱罪の成立範囲が広がるということはない。政治家に対する公正な批判や論評も、これまで同様、正当な表現行為であれば処罰されることはない。

 それでも法務省は、表現の自由への制約が懸念されていることを踏まえ、念のため全国の検察庁に対し、法改正の趣旨を踏まえた適切な運用を求める通達を出したという。改正法も、施行3年後の段階で施行状況の検証を求めているところだ。 

捜査への影響は?

 とはいえ、法定刑に1年以下の懲役が加わったことで、次のとおり捜査に劇的な影響を及ぼすことは確かだ。

(1) 逮捕のハードルが格段に下がる。

 拘留・科料どまりだと、逮捕状による逮捕は定まった住居を有しないか、正当な理由なく警察官らの出頭要求に応じない場合に限られる。懲役刑の追加により、こうした制限が適用されなくなった。

(2) 時効が1年から3年に延び、捜査に余裕が生まれる。

 拘留・科料どまりだと、公訴時効は1年で成立するが、最高刑が懲役1年になったことで、時効も3年に変わった。匿名で書き込みをしている犯人が誰か特定する作業など、捜査に費やす警察や検察の手持ち時間が増える一方で、犯人の「逃げ得」が減る。

(3) 教唆や幇助をした者まで処罰できるようになる。

 拘留・科料どまりだと、処罰できるのは誹謗中傷の書き込みなどをした本人に限られ、たきつけてそそのかしたり、場所や空間を提供するなど手助けをしたりした者は罪に問えない。懲役刑の追加により、それらの者まで教唆犯や幇助犯として処罰できるようになった。

 一方、警察や検察においてどのような「ネット中傷」の書き込みを侮辱罪として立件対象にするのかについては、これまで数多くの侮辱事件の裁判で積み重ねられてきた裁判例が参考にされるだろう。法務省も、2020年に有罪となった侮辱事件に関する事案の概要を明らかにしている。

 例えば、SNSやネット掲示板に被害者の氏名や画像とともに「肉便器」「援交大好き」「尻軽」「特技は股開くこと」などと投稿したとか、配信動画の中で「体形は豚、顔はブス、体は臭そうってやばいなお前」などと言い放ったケースが目立つ。

 ほかにも、ネット掲示板に被害者の氏名とともに「親子共々、精神が幼すぎ」「ワキガと口臭どうにかして」「顔も、便器みたいな顔、ブスでぺしゃんこ」「母親が金の亡者」「変質者」などと掲載したケースもみられる。起訴に至っているのは、いずれも明らかに度が過ぎた事案であることが分かる。

 匿名が隠れ蓑になるネットの世界では、投稿が無責任で過激な表現になりやすい。相手が悪く、自分は絶対に正しいといった「歪んだ正義感」や、他の人が叩いているから一緒に叩いても構わないといった安易な考えから、罪悪感も薄くなる。

 女子プロレスラー・木村花さんの悲劇を受け、警察や検察が「ネット中傷」の立件に前向きになりつつある中での今回の法定刑引上げは、そうした積極姿勢をさらに推し進めることになるはずだ。これまで以上に、ネットでの書き込みの内容には留意しておく必要があるだろう。(了)

【参考】

拙稿「『いつ死ぬの?』テラハ・木村花さんを誹謗中傷の男、なぜ逮捕されなかったか

拙稿「安易なリツイートにも注意を どのような行動が『ネット中傷』になり得るのか

元特捜部主任検事

1996年の検事任官後、約15年間の現職中、大阪・東京地検特捜部に合計約9年間在籍。ハンナン事件や福島県知事事件、朝鮮総聯ビル詐欺事件、防衛汚職事件、陸山会事件などで主要な被疑者の取調べを担当したほか、西村眞悟弁護士法違反事件、NOVA積立金横領事件、小室哲哉詐欺事件、厚労省虚偽証明書事件などで主任検事を務める。刑事司法に関する解説や主張を独自の視点で発信中。

元特捜部主任検事の被疑者ノート

税込1,100円/月初月無料投稿頻度:月3回程度(不定期)

15年間の現職中、特捜部に所属すること9年。重要供述を引き出す「割り屋」として数々の著名事件で関係者の取調べを担当し、捜査を取りまとめる主任検事を務めた。のみならず、逆に自ら取調べを受け、訴追され、服役し、証人として証言するといった特異な経験もした。証拠改ざん事件による電撃逮捕から5年。当時連日記載していた日誌に基づき、捜査や刑事裁判、拘置所や刑務所の裏の裏を独自の視点でリアルに示す。

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