「いつ死ぬの?」テラハ・木村花さんを誹謗中傷の男、なぜ逮捕されなかったか
フジテレビ「テラスハウス」に出演していた木村花さんをツイッター上で誹謗中傷したとして、20代の男が書類送検された。木村さんを自殺に追い込むほどの書き込みだったが、逮捕はないし、刑罰も軽い。なぜか――。
どのような事案?
「テラスハウス」は複数の男女の共同生活を配信する番組だったが、木村さんが男性出演者に怒りをぶつけた3月以降、ツイッター上には木村さんを誹謗中傷する匿名の投稿が相次いだ。
しかし、5月23日に木村さんが自殺し、そうした書き込みを苦にしていたと報じられたことから、投稿者らは次々と投稿や匿名アカウントを削除した。
その後、木村さんの母親による告訴を受けた警視庁は、木村さんのスマホのネット閲覧履歴などを復元し、約600アカウントによる約1200件もの投稿を精査したうえで、そのうちの悪質な1人として大阪府に住む今回の男を特定した。
男は、5月中旬ころ、数回にわたり、木村さんのツイッターアカウントに対して「顔面偏差値低いし、性格悪いし、生きてる価値あるのかね」「ねえねえ。いつ死ぬの?」などと書き込んでいた。
番組での木村さんの態度が許せなかったなどと供述し、容疑を認めているという。
侮辱罪は極めて軽い
この男が書類送検にとどまったのは、適用された罪名が侮辱罪だったからだ。
すなわち、「殺すぞ」「爆破する」といった露骨な投稿であれば脅迫罪や威力業務妨害罪が成立するし、名誉を侵害する何らかの事実、特に虚偽の事実を書き込んだのであれば名誉毀損罪に問うことができる。いずれも懲役刑がある。
しかし、何ら具体的な事実を摘示せず、「バカ」「クズ」「ゴミ」「ハゲ」「チビ」「デブ」「死ね」「消えろ」といった投稿をしただけであれば、侮辱罪が成立するにとどまる。
名誉毀損罪などと比べると格段に刑罰が軽く、拘留(1日以上30日未満の身柄拘束)か科料(千円以上1万円未満の金銭罰)に限られる。懲役刑どころか、1万円を超える罰金刑すらない。
これは刑法が規定しているさまざまな犯罪の中でも侮辱罪だけであり、法定刑でいうと軽犯罪法違反と同じレベルだ。
時効もわずか1年で成立してしまうし、誹謗中傷の書き込みをそそのかした者も処罰できない。「演出によって炎上させたフジテレビが悪い」という声もあるが、侮辱罪だと教唆犯や幇助犯の刑事責任を問うことは不可能だ。
逮捕が認められる要件も格段に厳しくなる。拘留・科料に当たる軽微な犯罪だと、逮捕状による逮捕は定まった住居を有しない場合か、正当な理由がなく警察官らの出頭要求に応じない場合に限られている。
今回の男の場合、住居は明らかだし、警察にも出頭して容疑を認めている。現行の侮辱罪を前提とする限り、逮捕はありえないし、厳しい処罰もないというわけだ。
厳罰化が必要では
もちろん、ネット上の匿名による誹謗中傷でも手順を踏めば犯人が特定されるし、警察もきちんと捜査し、被疑者の取調べを行い、刑事責任が問われる事態にもなるということを世に示した意義は大きい。警察は、ほかの悪質な書き込みについても捜査を進めている。
一方で、限界も明らかになった。今回の悲劇を受け、政府は誹謗中傷の書き込みをした発信者がどこの誰なのかより容易に特定できるようにするため、開示手続の簡略化を検討しているところだ。
また、直接対面する場合に比べると、匿名を隠れ蓑にすることで安易に誹謗中傷が行われやすいし、公然性の度合いも大きく、炎上しやすい。被害者が大量の「言葉のナイフ」を一身で抱え込み、今回のような深刻な結果を招く危険性も高い。
そこで、諸外国の中には、ネットを介した誹謗中傷を通常よりも重く処罰しているところもある。わが国もこれを参考にし、厳罰化に向けた法改正を進める必要がある。警察がすぐに動こうとしないのも、侮辱罪の法定刑があまりにも軽すぎるからだ。
このほか、登録者情報や書き込み内容の保存期間をもっと長くするように運営側に義務付けるとか、通報を受けた運営者による放置行為に対して行政措置を下せるようにするなど、「責任ある言論」の熟成に向けた仕組みづくりが求められる。
次の悲劇が起きてからでは遅い。(了)