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「夜明けのすべて」などを手掛ける映画編集者、大川景子。監督作「Oasis」で一番嬉しかった瞬間は?

水上賢治映画ライター
「Oasis」より

 2年に一度の隔年で開催されるドキュメンタリー映画の祭典<山形国際ドキュメンタリー映画祭>(以下、YIDFF)。

 コロナ禍でオンライン開催となった2021年を経て、昨年の開催は実に4年ぶりのリアル開催に。本来の姿を取り戻した映画祭には、連日盛況で終幕を迎えた。

 その本開催の翌年に行われている恒例の特集上映が<ドキュメンタリー・ドリーム・ショー 山形in東京2024>だ。

 本特集は、昨年のYIDFFの<インターナショナル・コンペティション><アジア千波万波>部門に選出された作品を中心に上映。そこに今年は「パレスティナ-その土地と歩む」と銘打たれたパレスティナに思いを寄せる特集プログラムが加わり、約2万人の観客が押し寄せた昨年のYIDFFが、東京で実感できる貴重な機会となる。

 そこで、この機会に二作品の監督へのインタビューをお届けする。

 はじめにピックアップするのは映画「Oasis」。

 大川景子監督が手掛けた同作は、昨年のYIDFFの日本プログラム部門で上映され大きな反響を呼んだ1本だ。

 主人公は、アーティストの舞と自転車愛好家の林太郎。

 二人は自転車で都市を巡り、高架下の川、溝に生える蔦、解体工事中の都営住宅など、心にとまったものを写真に収めていく。

 その心の琴線に触れたものから、舞はひとつのアート作品を生み出していく。

 その一方で、さまざまな音を採録して都内を巡る録音技師の黄が登場。

 舞と林太郎の日々に深く交わるわけではないが、並走するような形で彼のフィールドワークも映し出される。

 作品は、彼らの日常の中にある他愛もない会話のやりとり、休日のひとときや仕事の風景を収めたシーンで構成。

 その各シーンは何気ない日常のひとコマに過ぎない。

 ただ、その何気ない日常のひとコマが、わたしたちに実に多くのことを気付かせてくれる。

 慌ただしい毎日の中で心にゆとりがなくなっていないか? 忙しさにかまけて日々の生活をおろそかにしていないか?自分のすぐそばにある生命の輝きを見逃してはいないか?

 ふとわが身に置き換えて、なにかいまある自分の暮らしを、生き方を見つめ直すきっかけをくれるような1作になっている。

 ご存じの方もいると思うが、大川監督は、近年は映画編集者として大活躍。近年では、「彼方のうた」「夜明けのすべて」、現在公開中の「石があ」「SUPER HAPPY FOREVER」などの編集を手掛けている。

 どのような経緯で本作「Oasis」は生まれたのか?

 大川監督に訊く。全三回/第三回

「Oasis」の大川景子監督  筆者撮影(※昨年のYIDFF時)
「Oasis」の大川景子監督  筆者撮影(※昨年のYIDFF時)

脚本はあるようなないようなといいますか……

 前回(第二回はこちら)からの話を続ける。

 いくつかのアイデアのもと、撮影に入ったということだが、どのような体制で進められていったのだろうか?ちなみに脚本はあったのだろうか?

「あるようなないようなといいますか……。

 たとえば、ある日は、今日はあそこの場所からあそこの場所まで自転車で回ってみようと決めて撮っています。

 舞さんの絵の制作で言うと、だいたいのスケジュールを教えてもらって、ポイントとなる日の作業が近づいたら連絡をいただいて、撮りに行く。

 最近、杏仁豆腐作りにハマっているとか、モロッコインゲンの天ぷらが旬でうまいとか。サックと揚げるコツは…とか。二人との会話の中で、面白いことが出てくる。

 そういう話が出て(わたしが)興味をもったら、改めて準備してもらって撮りました。たとえば食事のシーンが入っているのはそういうところからです。

 だから、セッティングをしていないわけではない。

 行き当たりばったりではないんだけど、でも、撮影自体はそこまでかっちりしていなくて、二人に普段通りに動いてもらって、それを撮るといった感じです」

「Oasis」より
「Oasis」より

録音技師の黄永昌(本作の整音も担当)のエピソードについて

 その二人のエピソードに、町のいろいろな場所で音を採集する録音技師の黄永昌(本作の整音も担当)のエピソードも加わってくる。

 これはどのような過程があってのことだったのだろうか?

「黄さんについては撮影の途中で出てもらおうと思いついてお願いしました。

 二人を撮っている過程で、もうひとつ別の時間軸が欲しいなと思いました。

 もう一人登場してもらうことで、舞と林太郎の二人のシーンの隣に黄さんのシーンをつなげ、また二人のシーンに戻すことができます。ミクロな視点で場所を観察する二人と、音で採集する黄さんが、街の中ですれ違ったり、各々で過ごしている。映画に中に時間のズレや重なりが生まれて面白い。完全に編集脳の発想です。

 わたしは黄さんともよく一緒に仕事をしていて、いつも黄さんに音の素材を頂く形になります。

 そのとき、撮影時に同時に録音したものほかに、黄さんが音ロケして録ってきた音源が届きます。

 その音源の頭に、どこの場所で撮った、どんな音であるかの短い説明が入っているんですけど、黄さんの場所の描写が妙に的確でおもしろくて、好きなんです。それを映画で使いたいと思いました。

 港区の都市に息づく文化を多様な視点から物語り、つないでゆくことを主旨とした『都市のカルチュラル・ナラティヴ』のプロジェクトにおいて、『場所』は大きなキーワード。黄さんに登場してもらうことで、二人とはまた違ったアプローチを入れることができて作品の世界が広がるのではないかと考えました」

「Oasis」より
「Oasis」より

自分を見失いがちになってしまったときに

 林太郎と舞の日常の風景をメインにひとつに紡がれた作品は、明確なストーリーがあるわけではない。

 だが、二人の過ごす日々に触れると、なぜか心が和む。肩の力がふっと抜けて心が落ち着く。

 それは作品から、彼らの中にある優しさや実直さ、誠実さが感じられるからかもしれない。

「たとえば仕事で忙殺されたり、大きな問題に直面すると、自分の尺度がわからなくなってしまうといいますか。

 どういうリズムで生きるのが心地良くて、どうすれば平静を保つことができるのか、わからなくなってしまう。

 つまり、自分を見失いがちになってしまう。

 そういうちょっと自分が自分でいられなくなるようなときに、わたしは二人と会って自転車で出かけると不思議と心のズレが取り戻せます」

「Oasis」より
「Oasis」より

舞さんの創作の過程を入れたことで、この映画がひとつ豊かなものになった

 それと、舞さんが1つの作品を作り上げていく過程を収めたシーンも印象深い。

 日々の営みの延長線上にある彼女の創作は、アートがわたしたちの暮らしから遠く離れたものではない。

 実は、わたしたちの生活のすぐそばにあって、心を穏やかに豊かに、そして励ましてくれるものであることを物語る。

 また、その創作の時間がいかに舞さんにとって大切であるかが伝わってくる。

 そこにはとりわけ創作に携わる者にとっては愛おしくなる時間が流れている。

「舞さんの創作の過程を入れたことで、この映画がひとつ豊かなものになったと思います。

 絵が完成したときに舞さんがちょっとだけ微笑むような顔をする瞬間と、ある日の林太郎くんとの会話で『今日何をしていた?』と言った問いに対して、彼女が『まだ形にならないものを描いていた』と答えるシーンがあります。

 わたしの中で、この2つの瞬間に出合えたときが一番嬉しかったです。

 受けとめ方はもうみなさんに委ねたいのであえて言及はしないのですが、わたしが描きたかったテーマのひとつに深くつながっています。

 なので、この二つの瞬間を、作品の中に入れられことを幸せに思っています」

(※本インタビュー終了)

【「Oasis」大川景子監督インタビュー第一回】

【「Oasis」大川景子監督インタビュー第二回】

「Oasis」より
「Oasis」より

「Oasis」

監督・撮影・編集:大川景子

撮影:太田達成

音楽:野中太久磨

整音:黄永昌

「ドキュメンタリー・ドリーム・ショー 山形in東京2024」ポスタービジュアル  提供:シネマトリックス
「ドキュメンタリー・ドリーム・ショー 山形in東京2024」ポスタービジュアル  提供:シネマトリックス

<ドキュメンタリー・ドリーム・ショー 山形in東京2024>

10/19(土)~11/8(金)まで新宿K's cinemaにて、

11/9(土)~11/20(水)までアテネ・フランセ文化センターにて開催

「Oasis」は10/20(日)12:00~上映 大川景子監督トークあり

詳細は公式サイト https://cinematrix.jp/dds2024

映画ライター

レコード会社、雑誌編集などを経てフリーのライターに。 現在、テレビ雑誌やウェブ媒体で、監督や俳優などのインタビューおよび作品レビュー記事を執筆中。2010~13年、<PFF(ぴあフィルムフェスティバル)>のセレクション・メンバー、2015、2017年には<山形国際ドキュメンタリー映画祭>コンペティション部門の予備選考委員、2018年、2019年と<SSFF&ASIA>のノンフィクション部門の審査委員を務めた。

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