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天気予報の扉をノックする

片山由紀子気象予報士/ウェザーマップ所属
数値予報・・・物理の方程式をコンピュータを使って計算し、将来の天気を予測する

天気予報の現場に衝撃走る

気象庁のスーパーコンピュータにシステム障害が発生・・・前代未聞の事態に、天気予報の現場は騒然としました。

昨年2月4日午後8時48分、スーパーコンピュータの冷却装置に不具合が発生し、内部の温度が上昇したことで自動停止、天気予報の配信がストップしました。

地球全体を規則正しく格子で覆う(気象庁)
地球全体を規則正しく格子で覆う(気象庁)

現在の天気予報は世界中で観測された気象データ(気圧、気温、風など)を物理の方程式を使って計算し、将来の大気の状態を予測する「数値予報」という方法で行われています。

この方法ではコンピュータで扱いやすいように、まず地球全体を網の目のように格子状に分けます。さらに、格子点ごとに気圧、気温、風などがどのように時間変化していくのか計算し、全体として将来の天気を予想します。

天気予報の精度を向上させるために、網の目の大きさはどんどん小さくなっていて、現在では2キロまで細分化されています。細分化すればするほど、計算しなくてはならない格子点の数は膨大になります。

そのため、現代の天気予報はスーパーコンピュータなくして成り立たず、システム障害は天気予報の根幹を揺るがす重大な事態といっても、けして大げさではないのです。人の経験が重要視された時代は疾う(とう)の昔に終わりました。

日米欧が競う「世界一の天気予報」

Annual Report 2012(欧州中期予報センター)
Annual Report 2012(欧州中期予報センター)

なぜ、網の目を細かく、細分化にこだわるのか?それは豪雨や竜巻を引き起こす雨雲の大きさが数100メートルから数10キロ程度と小さく、さらに発生してから消滅するまでの時間は1時間程度と短いからです。たとえるならば、小さな魚を捕まえるために、細かい網を使うのと一緒でしょうか。

活発な雨雲ほど、この特徴がはっきりしているので、精度の高い(よく当たる)天気予報は、膨大な数のデータを瞬時に計算できるスーパーコンピュータの性能に大きく依存しています。

現在、最先端のスーパーコンピュータを使って天気予報を行っているのは、日本(JMA)、米国(NCEP)、英国(Met Office)、欧州中期予報センター(ECMWF)などです。日本は2012年6月にスーパーコンピュータを更新し、計算速度は1秒間に847兆回、世界トップレベルです。

ただ、世界トップと言われても、天気は当たらないと意味がないと思われるでしょう。もっともなことです。人間の英知(コンピュータ)が自然の振る舞いにどこまで近づけるのか、興味はつきません。

ブータン王国「自前の天気予報を」

先進国では官民で気象情報サービスが盛んですが、南アジアにあるブータン王国にはこれまで自前の天気予報がありませんでした。これは独立行政法人国際協力機構(JICA)のボランティアとしてブータン王国に気象情報の技術協力をした森博之氏の報告で知りました。

ブータン王国では海外の企業から天気予報を入手していて、自国で気象情報を解析、評価することが出来なかったそうです。つまり、天気予報を海外に依存していました。

日本の天気予報技術によって、ブータン王国が自前で天気予報ができるようになるまでの話は興味深く、微笑ましさを感じます。

【参考資料】

Annual Report 2012(欧州中期予報センター)

「Accuracy」Met Office(英気象庁)

森博之,2007:ブータン王国での気象業務事情,天気,54

森博之,2008:ブータン王国での気象業務の変化,天気 ,55

タイトルはリサ・ランドール著「宇宙の扉をノックする(NHK出版)」からヒントを得ました。

気象予報士/ウェザーマップ所属

民放キー局で、異常気象の解説から天気予報の原稿まで幅広く天気情報を担当する。一日一日、天気の出来事を書き留めた天気ノートは128冊になる。365日の天気の足あとから見えるもの、日常の天気から世界の気象情報まで、天気を知って、活用する楽しみを伝えたい。著作に『わたしたちも受験生だった 気象予報士この仕事で生きていく』(遊タイム出版/共著)など。

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