緑の党等、欧州の左派がデア ライエンのEUの委員長就任に反対している3つの理由:軍隊、人権と移民問題
7月3日に、ドイツの国防大臣、ウルズラ・フォン・デア・ライエンが、ユンケル氏の後継者と決まった。
欧州連合(EU)のトップである。
彼女の就任は、欧州議会で過半数の承認を得なければならない。しかし、左派の人たちが彼女の就任に反対をしているのだ。
党として反対をしているのは、現在4番目に位置している政党(会派)、緑の党系のグループ「欧州緑グループ・欧州自由連盟」だ。
それから、2番目の中道左派の集まり「社会民主進歩同盟」の中から大変多くの反対者が出るのは間違いない。
他の党はどうだろうか。
現在5番目となっている「アイデンティティと民主主義」は、極右政党の集まりが再編成して1カ月前にできあがったばかりの新しい政党で、73議席もっている。また、7番目の極左の集まり「欧州統一左派・北方緑の左派同盟」は41議席もっている。彼らが賛成に投票するのは、期待できない。
だから6番目の、EU懐疑派が集まる「欧州保守改革グループ」の62議席に、フォン・デア・ライエンの出身の第一党「欧州人民党グループ」(中道右派)は支持を訴えようとした。
しかし、ここはかつては英国保守党が中心だったのだが、いまはポーランドの政権与党で「極右」と呼ばれる「法と正義」党が中心となっている。このような党に支援を求めるのは、自分たちの政策に疑問をもたれ、影でつながりがあるのではないかと疑われるということで、進んでいない。
欧州議会の議席は、751議席。過半数は376議席で、メルケル首相の勢力範囲である第1党(中道右派)と、マクロン大統領の勢力範囲である第3党(中道リベラル)を両方合わせても、182+108=290議席で、過半数に届かない。しかも、この2党の議員全員が賛成に投票することは、おそらくないだろう。
議会の採決は7月16日に予定されている。
彼らは何に反対しているのか。理由は主に3つあると思う。
1,密室での取り決め
よく報道されているように、一つは大国の指導者が密室で決めたことに対する批判である。
昔は今回と同じように、大国の指導者が密室で決めていた。
しかし、前回2014年の選挙からやり方が変わって、欧州議会を重視した民主的な方法になっていた。
選挙の前に、各欧州政党(会派)が次期委員長の公式候補者を決めるのだ。
例えば前回、第1党の中道右派の集まり「欧州人民党」は、最終的に3人の候補にしぼった。
この党に属する欧州議員278人と、党のメンバー550人、計828人が投票した結果、382票とったジャン=クロード・ユンケル氏が公式候補に選ばれた。
そしてEU市民が投票した欧州議会選挙の結果、この党が第1党を維持したので、自動的にユンケル氏が委員長となった。
しかし今回2019年の選挙では、昔に逆戻りしてしまったのだ。
2,ドイツの国内事情
次の反対の理由は、ドイツ内部の政治事情である。
ドイツの政権党は、中道右派のCDU/CSUである。これは北ドイツのCDU=キリスト教民主同盟と、南ドイツのCSU=キリスト教社会同盟の合体である。実質的には、南ドイツのCSUはCDUの支部と言われる。
現在、中道右派のCDU/CSUは、中道左派の社会民主党は大連立を組んでいるが、デア・ライエンの指名により、元々弱かったこの連立が壊れそうになっている。
おまけに、マンフレート・ヴェーバー氏は南ドイツのバイエルン州議会議員の出身で、彼が外されたことで、南ドイツのCSU)と、北ドイツのCDUの関係にもヒビが入ってきている。加えて、勢力を更に延ばしてきている緑の党がある。
彼らは全員でもめている。ドイツ国内の政治紛争であり権力闘争であるが、欧州単位で見れば内ゲバともいえる。
でもメルケル首相は、国内事情に配慮して、欧州首脳が集まって決めた採決の場では、唯一棄権したのであった。
3,軍事に対する不安
しかし何と言っても、欧州全体の話で見るならば、一番大きな理由は軍事に対する不安だと思う。
フォン・デア・ライエン氏は、ドイツの国防大臣である。
まずドイツ人であること。今までドイツから委員長を出さないのは、暗黙の了解のようなものだったのに。
しかも、中道ではあるが左派ではなく右派である。左派ならまだいいのだが。
その上更に国防大臣であること。彼女のEU軍やNATO(北大西洋条約機構)に対する発言が不安をもたらすこと。
――これらが理由である。
彼女が選ばれた瞬間にこれらの不安が、特に左派の人々にもたらされたことを理解する必要があるのではないだろうか。
それでも、この不安に関して明確なわかりやすい形でライエン氏批判の声が上がらないのは、理由は2つあると思う。
まず、彼女の信条や思想がよくわからないことだ。首相経験がないせいもあり、ドイツ以外の国の人にとっては一層わからない。せめて外務大臣経験があれば違ったのだが。
彼女は以前、家族大臣を務めていた。ドイツは日本と同じように少子化で、母親の家庭での役割を重視する傾向がある。彼女は保育所を増設するなどして、当時は人気が高かった。そのため、社会福祉方面では悪くなさそうな印象を与えている。しかし、国防大臣になってからは人気がガタ落ちになった。
わかりにくいのには、ドイツには政権交代が14年もないせいもある。メルケル首相の政権が14年も続いているのだ。安倍政権と似ている所がある
政権交代があると、荒波にもまれることを強いられる政治家は、自分の信条や政策を市民に示す必要が出てくるし、市民は荒波の中で有名政治家が実際にどのような行動をとるかをウオッチしている。
でもフォン・デア・ライエン氏は、CDU/CSUの長期政権のもと、言わばぬるま湯のなかで、首相お気に入りの優等生として遇されてきた。しかも、州首相の娘というだけではなく、ブルジョワどころか貴族臭が漂う毛並みの良さゆえに、恵まれた経歴を歩んできた。
頭が良くて強いのは間違いなさそうだが、彼女自身の理念や信条がどうなのか、今ひとつよくわからない。といって、若くて未知数というのではない(彼女は60歳)。どうにも判断に困るのだ。
もう一つの理由は、ヨーロッパ人が「EUの軍事をどうしたいのか」という問いに、明確に答えられないからだ。
日本人と似ているところがある。日本も欧州も、戦後ずっとアメリカに守られてきた。近隣におこる新たな脅威を前に、軍拡したいのか・したくないのか、アメリカにもっと頼るのか、逆に独立性を高めたいのか。はっきりと答えられる人は、欧州でも日本でも、多くはないと思う。
軍事費増加とNATO賛美
国防大臣としての彼女をどのように評価するかによって、彼女に対する批判は異なってくる。
まず問題となるのは、彼女が国防大臣を務めている期間における、ドイツの軍事費の増加である。ドイツの防衛費は今年とうとうフランスを抜き、400億ドル単位を初めて超え、約540億ドル(約6兆8000億円)になるとみなされている(NATO資料)。
ただし、軍事費増加はトランプ大統領の要請に沿うものだ。「NATOにアメリカばかりが支払っている。GDPの2%を払え」と欧州各国に要請し、去年はドイツを名指しで少なすぎると批判している。
そしてフォン・デア・ライエン氏は、ドイツの軍事費の高まりとNATOへの貢献を誇りにしている。
このことは、今年の1月18日ニューヨーク・タイムズ紙に発表された彼女の寄稿を読むと、よくわかる。
いわくーー
東ヨーロッパでのロシアの侵略、南シナ海での中国の主張、中東からヨーロッパの首都まで広がるイスラム国のテロ、核兵器を開発する権威主義体制は、第二次世界大戦以来の民主主義と繁栄の時代の基礎となったルールを脅かしている。
今日のドイツの国防予算は、私が2013年末に就任したときと比較して36%増加している。ドイツはNATOの第2位の部隊として、NATOの非常に即応性の高い合同タスクフォースを率いていることを誇りにしている。
また、NATOは東ヨーロッパでの存在感を高め、イラク治安部隊の訓練やイスラム国との闘いの監視に貢献し、アフガニスタン政府を支援し続け、オーストラリアや日本などの心を同じくするパートナーとの関係を発展させる。
ドイツ人にとっては、ベルリンの壁崩壊のイメージは同盟と密接に関連しており、私の国は何十年もの間NATOが提供してきた安全保障と機会に感謝している。
ーーというアメリカとNATOの賛美である。
このようなドイツの軍事費の増加と、NATO+アメリカへの賛美は、ヨーロッパ人にとって好ましいのか。支持したいものなのか。
現在、欧州合同軍(Eurocoprs/10カ国が参加)のトップは、ドイツ人のJurgen Weigt将軍が務めるなど、ますます軍事面でのドイツの大きさが際立ってきている。これは、トランプ大統領の要請だけではなく、ロシアによるクリミア併合の影響が大きい。EUの軍事が自立の道をたどろうとする動きがあることも、以前の記事で書いてきた。
参照記事:「欧」と「米」は分離してゆくのか 前編:欧州独自の軍事路線「欧州介入イニシアチブ」にトランプの反応は
これらすべてを、ヨーロッパ人はどう考えるのか。
少なくとも「欧州緑グループ・欧州自由連盟」は、彼女を支援しないことを説明した文書のなかで、「我々はフォン・デア・ライエンが提案しているEUの軍事化について懸念している」とはっきりと述べている。
ドイツ社会民主党の党員による批判文書
ドイツの社会民主党の人たちが、彼女を批判するペーパーを各政党に配布した。
そこでは、彼女が国防大臣としていかに政策とリーダーシップの点で失敗したかの、社会民主党による詳細な分析が書かれていたという。
ある将校と部下たちが難民への人種差別的な攻撃を計画している疑いで逮捕された後、いかに彼女の指導力が弱かったか。そして軍隊内の彼女に対する批判を落ち着かせるのには数週間かかり、高いランクの兵士たちは怖がっていた、という。
また、依然として軍の装備や即戦力が「ぼろぼろの状態」にあることも批判している(これは最近よく指摘されている。飛行機が飛ばないとか、潜水艦が動かないとか、船舶学校の費用が15倍に膨れ上がったが失敗、など)。
そして「彼女は自分を過剰評価している」とみなしているということだ。
ただしこのあたりは、ドイツの社会と軍事の状況に詳しい、ドイツ語のわかる人に解説してもらう必要がある。軍隊に女性の大臣が就いただけで、相当な反感をかっていることは間違いない。不当な批判も多いのではないか。
もし男の国防大臣がこれらの軍拡をやっていたら、国内のみならず近隣国の反発はもっと猛烈だったはずだ。女をもってきたメルケル首相もすごいが、引き受けたライエン氏も度胸があると思う。どこまでが正当な批判なのかは、冷静な検証が必要だろう。
間違いないのは、軍隊と彼女との間には、かなり距離があるということだ。前任者たちは、軍事費は削減されるが、兵士たちを喜ばせる言葉や態度には不自由しなかった。彼女の場合、軍事費は格段に増大させ、軍のプレゼンスは高めたのに、兵士たちを喜ばせる言動には不足しているということのようだ。
人権を語る資格があるか
欧州のほとんどの人たちは、軍隊がなくてよいなどという非現実的な考えは、もちろん持っていない。でも、軍をどうするべきかというのは、日本人と同じように、明確な答えが出せないでいる。
ただ、軍事に批判的な左派の人たちでも、日本人の多くが自衛隊がPKO(平和維持活動)で海外に行くのはよいと考えるように、軍隊が人道支援のために働くのは良いと考えているのが一般的だ。
だからせめてフォン・デア・ライエン氏から、ヒューマニズム(人道)のために、移民を守る活動を支援するという力強い言葉を聞きたかったのだと思う。そうすれば、一応の信頼はおけると思えるから。
でも、そのような言葉は聞けなかった。彼女は委員長に指名されたあと、いくつかの政党との会合をもった。自分の方針を説明し、各党所属議員の質問に答える場である。緑の党系の左派の人たちは書いている。「地中海での恥ずべき死を終わらせなくてはならないという、信頼できる提案はなかった」ーーと。彼らはこの点を大変厳しく批判しているのだ。
やはり移民問題は「あなたは人権を語る資格があるか」という踏み絵になっている。
「あなたは人権とか、ヒューマニズムとか、人間は平等とか言っている。本当にそう言えるか。あの移民の大群を目の前にして、自分の街に、言葉も通じない宗教も文化も衛生観念も異なる貧しい人たちをあちこちに目にするようになってーーーそれでも人権を唱えられるか、ヒューマニズム(人道)を語れるか、同じ人間として彼らを助けられるか」という、人間としての深刻な問いである。重い、とても重い問いである。
人権を語る資格がないと思える者に、欧州の軍のあり方や構想を考え決めさせることはできない、欧州の指導者の地位を任せることはできない。
これが、フォン・デア・ライエン氏に投票しないことを決めた社会党系の左派の人たち、そして党全体として不支持を決めた、緑の党が中心に集まる左派政党「欧州緑グループ・欧州自由連盟」の思いだったのではないだろうか。