トヨタの「裁量労働制」は違法か? 違法な裁量労働制を見極めるポイント
「事務職や技術職」に、裁量労働制を拡大したら違法!
先日、「トヨタ自動車が裁量労働制を拡大」すると、マスコミ各社が報道した。
トヨタ、裁量労働を実質拡大 一定の「残業代」保証 (日本経済新聞)
非常に問題点が多く、誤解を招くニュースである。すでに多くの労働弁護士からネット上で批判がなされているように、残業代をあらかじめ45時間分払うというのだが、これは単なる「固定残業代」であり、裁量労働制とは関係がない。誤報のレベルだ。
さらに驚くべきことに、この日経新聞の記事の冒頭には次のように書いてあった。
「トヨタ自動車は自由な働き方を認める裁量労働の対象を広げる方針を決めた。法律が定める裁量労働制の業務よりも幅広い事務職や技術職の係長クラスを対象とする」
読者はこれを読んで、「トヨタが法律の枠を超えて裁量労働制を拡大した」と理解してしまうだろう。
その結果、次のような誤解が生じる。
「裁量労働制は、法律で定めているものよりも広く適用できるのだ」、「法律が定めていない「事務職や技術職」にも導入することができるだ」と。
経営者であれば「我が社もトヨタにならおう」と決定するかもしれない。
結論から言うと、そのような「裁量労働制」を導入すれば、違法である。その会社は賃金未払いの扱いになり、労基署の是正勧告や書類送検、最悪の場合、懲役刑や罰金刑に至ってしまう。特にこの日経の記事は、企業の違法行為を誘発しかねない危険な誤報である。
法律上の裁量労働制は、企業による悪用を防止するため、要件は形式上、かなり厳格に定められている。特に専門業務型裁量労働制については、対象業務は19種類に限られている。例示ではなく、それ以外は禁止されているのである。日経新聞の文章のように、トヨタの一存で、法律よりも幅広い対象業務に「裁量労働制」を適用するのであれば、トヨタは労基法を破ると宣言しているようなものだ(実際は前述のように、トヨタの制度は裁量労働制とは関係なく、「裁量労働制の拡大」は誤報である)。
しかし、実際には裁量労働制の条件を満たしていないにもかかわらず、「うちは裁量労働制だから、残業代は払わない」と言い張る会社は後を絶たない。
そこで本記事では、違法な裁量労働制を見極める基本的なポイントを紹介したい。なお、裁量労働制には、専門業務型と企画業務型の二つがあるが、今回は論点をわかりやすくするため、専門業務型に絞って見ていきたい。
違法な裁量労働制で月100時間残業、2610万円を支払う判決
そもそも、裁量労働制とはなんだろうか。1日あたりの「みなし労働時間」を定め、実際に働いた労働時間にかかわらず、「みなし労働時間」の分だけ働いたことにする制度だ。1日5分しか勤務していなくても、みなし労働時間が8時間なら、毎日8時間分の賃金が支払われる。労働者が決められた労働時間に縛られることなく、自分で自由に労働時間を決めることのできる働き方とされている。
一方で、みなし労働時間が決められてしまえば、何時間でも追加で残業代を支払わず、36協定にもとらわれずに、働かせることが可能になってしまう。
最近、裁量労働制の悪用に対して、裁判所の判決が出された事件を紹介しよう。寺社における絵画の制作、彫刻の修復などをおこなう京都の業者で起きた労働問題だ。従業員たちはおもに色を塗る作業を担当していた。専門業務型裁量労働制が適用されると伝えられ、みなし労働時間は1日7時間だった。
ところが、実態は午前9時には絵筆を持っているよう言われ、午後10時まで働かされることが多かったという。出勤時間も事実上強制で、遅刻や早退をすると給料が差し引かれる。月100時間以上の残業をさせられることもあった。過労などから精神疾患になった従業員もいた。もちろん残業代は支払われていない。
結局、従業員4名が会社を相手取って提訴したところ、裁量労働制が無効であると判断され、今年4月に未払い残業代や慰謝料など約2610万円を取り返している。いかに使用者側が、裁量労働制で残業代を節約していたかがわかる。
このように裁量労働制は、残業代を一定額しか払わないで労働者を長時間働かせることのできる、「定額働かせ放題」の制度になっているのである。
裁量労働制が違法になる「業務内容」
では、違法な裁量労働制を見極めるポイントに移ろう。裁量労働制が無効かどうかを判断するための焦点は、大きくは「業務内容」と「手続き」の二つに分かれる。まずは、トヨタの報道で日経新聞も誤解していた、「業務内容」から見ていこう。
(1)19の対象業務でなければ無効
専門業務型裁量労働制が適用できる19の業務は、以下の通りだ。
- 新商品や新技術の研究開発、人文・自然科学に関する研究
- 情報処理システムの分析又は設計
- 新聞・出版事業における記事取材・編集、放送番組の制作のための取材・編集
- 衣服、室内装飾、工業製品、広告等の新たなデザインの考案
- 放送番組、映画等の制作のプロデューサー・ディレクター
- コピーライター
- システムコンサルタント
- インテリアコーディネーター
- ゲーム用ソフトウェアの創作の業務
- 証券アナリスト
- 金融工学等の知識を用いて行う金融商品の開発
- 大学における教授研究
- 公認会計士
- 弁護士
- 一級建築士、二級建築士及び木造建築士
- 不動産鑑定士
- 弁理士
- 税理士
- 中小企業診断士
上記の業務の限定は非常に厳格である。例えば、開発・研究については、「助手」のように、付随業務や補助業務であっても対象外だ。IT企業で働いていても、プログラマーには裁量労働制は適用されない。デザイナーも誰かが考案したデザインに基づいて作業しているのなら、裁量労働制は適用できない。
「対象業務が同じ企業だから」「対象業務と似ているから」では通用しない。19業務それぞれについての詳細な条件は、下記の資料の3〜6ページがわかりやすいので、確認してみてほしい。
(2)仕事の方法や、時間配分を指示されていたら無効
裁量労働制では、勤務実態についても条件がある。
会社や上司が、労働者に具体的な指揮命令をしていたら、裁量労働制は無効だ。就業規則で離席規制等の細かい服務規律があってもいけない。業務遂行のための時間配分や遂行方法を指示していても無効になる。また、対象業務をしていたとしても、対象業務以外の業務に恒常的に就かせていた場合は、やはり無効となる。
例えば、タイトな納期を設定されていたこと、厳しいノルマを設定されていたこと、対象業務以外に営業活動までさせられていたことを理由として、システムエンジニアが専門業務型裁量労働制を無効とされた判決がある。
これ以外にも、みなし労働時間と比較して実際の労働時間が長すぎる場合も、無効になると考えられている。
裁量労働制が違法になる「手続き」
業務内容以前に、手続きの段階で裁量労働制がアウトになる場合も多い。
専門業務型裁量労働制の導入には、労働者の代表が経営者と「労使協定」を結ばなくてはならない。この協定が職場にないのなら、「裁量労働制が適用される」と契約書に書いてあろうが、それにサインしていようが、就業規則に書いてあろうがアウトだ。
また、協定は「事業場単位」、つまり店舗や支社、支店などで逐一結ばなければならない。「協定は本社にある」は無効だ。さらに、労使協定を結ぶためには、労働者が対象となる労働者の過半数代表を選ばなければならない。
そして、協定を結んでいたとしても、就業規則にその具体的な内容が書いていなければ、やはり無効だ。その就業規則が周知されていなくてもアウトだ。
先の京都の事件の裁判では、協定締結の代表選出について選挙が行われず、会社側も事務担当者に任せていたと証言した。さらに、就業規則については具体的な説明がなく、閲覧もできない状態だった。これらが決め手となり、裁量労働制が無効との判決が出されている。
以上のすべての条件を満たしていなければ、専門業務型裁量労働制は無効となる。自分の会社の裁量労働制が疑わしければ、ぜひ弁護士やユニオン、NPOなどの専門家に相談してほしい。残業代を取り返し、長時間労働を改善できる可能性がある(末尾に相談窓口を列挙した)。
法改正と今回の報道の関係について
最後に、もう一つ付け加えておきたい。それは、秋に予定されている法改正との関係だ。
秋の臨時国会で議論される労基法改正案には、残業時間の上限規制とセットで、高度プロフェッショナル制度の新設、そして裁量労働制の適用対象の拡大が盛り込まれている。裁量労働制が導入されれば、上限規制は意味をなさない。それに、ただでさえ悪用されやすい裁量労働制の拡大となれば、改正が危険であることは明らかだろう。詳しくは以下の記事も参照してほしい。
「高度プロ」の陰に隠れた「本当のリスク」 年収制限なし、労基署も手が出せない、「裁量労働制」の拡大
実は、冒頭のトヨタの事例事態が、この法改正が必要ないことを証明している。トヨタがいう「裁量労働制」は法律上の裁量労働制ではなく、ただ従業員に「裁量を与える」だけの制度だと考えられる。現在の労基法を守りながら、「裁量」を与えるとは、つまり、労働者に裁量を与えながら、労働時間は適切に管理し、法律通りに賃金を支払うということだ。
これができるのなら「裁量を与えて効率的に働くために高プロや、裁量労働制が必要だ」や、「成果で評価されるために高プロが必要だ」という国の主張はひっくり返ることになる。
なぜならトヨタのように、今の法律でも人事制度としての「裁量労働」や「成果主義」は可能になるということだからだ(尚、私はこれまでずっとこのことを主張してきた)。
今回の法改正は、「残業代ゼロ」を実現するだけで、決して平等な処遇や効率的な働き方を企業に義務付けるものではない。むしろ「残業代ゼロ」になることで、企業は無駄な長時間労働を社員に命じる危険が増えるのだ。この点にぜひ、注意してほしい。
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