「高度プロ」の陰に隠れた「本当のリスク」 年収制限なし、労基署も手が出せない、「裁量労働制」の拡大
「高プロ」より恐ろしい、「裁量労働制の拡大」
「高度プロフェッショナル制度」をめぐる議論が過熱している。労基法改正案として、残業時間の上限規制などの「働き方改革」と抱き合わせで、一部の労働者に対して残業規制の適用を除外する高度プロフェッショナル制度を導入するという。
「残業代ゼロ」「定額働かせ放題」と批判される高度プロフェッショナル制度。過労死対策や働き方改革の動きに逆行し、過労死や長時間労働を促す制度であることは疑いようがない。だが、今回の労基法改正案で新設が目論まれている「残業代ゼロ」「定額働かせ放題」の制度は、高度プロフェッショナル制度だけではない。高度プロフェッショナル制度の陰で、「裁量労働制の適用拡大」が盛り込まれているのである。
実は、高度プロフェッショナル制度よりも、この裁量労働制の拡大の方が、はるかに多くの労働者に適用され、長時間労働を促進することが予想されている。労基法改正案の最大の争点が高度プロフェッショナル制度であるかのようなマスコミ報道は、ミスリードであると言っても良いだろう。
裁量労働制には、高度プロフェッショナルと異なり、そもそも年収要件がない。今回拡大が検討されている企画業務型裁量労働制に至っては、対象となる業務も非常にあいまいだ。このため、会社がいくらでも都合よく拡大解釈して、労働者に「適用」することが実質的に可能である。
そして、その被害はすでに現実のものとなっている。私たちに寄せられる労働相談にも、裁量などないに等しいのに「うちは裁量労働制だから」と言われ、長時間労働と残業代不払いに悩まされているという事例が相次いでいる。
さらに深刻なのは、裁量労働制は不適切な「適用」をされていても、制度設計上、労働基準監督署が会社を取り締まることが非常に難しい制度であるということだ。加えて、裁判所の判例も極めて少ない。それも、「裁判での権利主張は難しい」と多くの弁護士が思っているからだ(「弁護士に見放された」という相談も多数ある)。
本記事では、先駆的に導入された「残業代ゼロ」「定額働かせ放題」制度である裁量労働制の悪用の実態を紹介しつつ、今回の労基法改正案が労働現場にもたらす被害について、警鐘を鳴らしたい。
すでにある、残業代をゼロにする方法
現行法でも、労基法の時間外労働規制の例外として、労働者を「残業代ゼロ」にする「合法的」な方法はいくつかある。ここでは代表的な3つを紹介しよう。
まずは、(1)「管理職監督者制度」。労働条件の決定などの労務管理について「経営者と一体的な立場」にある場合に適用される。とは言っても、「あなたは店長だから」「管理職になったから」と会社から言われただけで、残業代不払いが合法になるわけではない。この制度の適用対象者かどうかは、自分の労働時間や、部下の労働条件を自由に決めることができるなど、業務内容や権限、待遇などによって判断される。
次に、(2)「事業場外みなし労働時間制」。出張や外回りの営業職など、事業場(店舗)外でなされる業務について、会社の管理が及ばず、実際の労働時間の算定が難しい場合に適用され、実際の労働時間にかかわらず、一定の労働時間を働いたものと「みなす」制度である。詳細は以下を参照してほしい。
そして、(3)裁量労働制だ。業務の遂行方法が大幅に労働者の裁量に委ねられる労働者について、業務を限定して適用される制度である。これも、実際の労働時間ではなく、あらかじめ決めた「みなし労働時間」を働いたものと扱われる。たとえば、1日13時間働いても、みなし労働時間を7時間にしていれば、残業代は全く払われなくなる。
労働弁護士や労働組合の長年にわたる取り組みのおかげで、(1)の管理監督者や(2)の事業場外みなし労働制については、判例が積み重なり、裁判所や労基署で適用が厳格に判断されるようになってきた。
大して権限がなかったり、会社が出勤時間を命令していたりすれば、いずれもアウトだ。制度の適用が無効であるとされ、過去2年分の残業代を払わせることになった事件は多い。このように、「合法的」に残業代を払わずに長時間労働をさせたい企業は、法的に追い詰められてきたと言える。
残された「フロンティア」としての裁量労働制
ところが、裁量労働制については、そうとは言えない。確かに裁量労働制も、仕事の遂行方法に裁量がないのに適用してはいけないことになっており、争う余地は多く残されている。実際に無効と判断され、残業代が支払われることになったケースもある。
しかし、現時点では、裁量労働制について裁判所の判例は非常に少ない。いわば裁量労働制は、労基法の規制にとらわれず、残業代を払わずに労働者を働かせ放題にすることが事実上可能な、最後の「フロンティア」なのである。
実際、裁量のない労働者に対する悪用はかなり蔓延している。
「新卒入社と同時に裁量労働制を適用され、多大なノルマを課された上、みなし時間を大幅に超える不払い残業を強いられて精神疾患を患う」といった相談もある。
そうした相談を詳しく調べてみると、裁量労働制が適用できる法的要件を満たしていないことがほとんどだ。
そもそも裁量労働制には2種類あり、対象となる労働者は二種類に限定されている。専門的な19の限定的な職種の労働者を対象とした「専門業務型」と、経営の中枢部門で企画・立案・調査・分析業務に従事する労働者を対象とした「企画業務型」である。
ただ、専門職種ではない労働者に「専門業務型」の裁量労働制を適用している企業の相談は後を絶たないし、企画業務型については、労基法上の定義自体が非常にあいまいで、かなり「適当に」運用されているのが実態だ。
今年春には、損保ジャパン日本興亜が、企画業務型裁量労働制を支社・支店の一般営業職に適用していたことが国会で問題となった。さすがに一般営業を「経営の中枢部門で企画・立案・調査・分析業務に従事」というのには無理がある。しかし、これほどの大企業ですら平然と不適切に裁量労働制を「適用」していたことは、違法な裁量労働制が野放しになっている現状をわかりやすく示している。
ところが、現役の労働基準監督官に聞いてみると、企画業務型について、運用の実態を見て無効性を判断した経験はないという。定義が曖昧であるために、厳密さが求められる監督官には手が出しにくい制度だというのだ。
労基署がダメなら、裁判所はどうか。結論から言うと、企画業務型裁量労働制を無効とした判例はまだ一つもない。裁量労働制の判例に詳しい労働弁護士に聞いてみたが、過去に一つも見つけられなかったという。それほどに抽象的で、争いづらい制度設計なのだ。
このように、不適法な適用が横行しているため、裁量労働制を適用された労働者は、「労働時間に裁量がある」はずなのに、概して一般の労働者よりも労働時間が長いという調査結果も示されている。
裁量労働制の拡大で、管理職と営業職も残業代ゼロに
今回の労基法改正では、この企画業務型裁量労働制を大幅に拡大するという。具体的な拡大対象にされる業務は、「事業の運営に関する事項の実施管理評価業務」(「実施管理評価業務」)と「法人提案型営業」である。
「実施管理表化業務」の定義は
「事業の運営に関する事項について繰り返し、企画、立案、調査及び分析を行い、かつ、これらの成果を活用し、当該事項の実施を管理するとともにその実施状況の評価を行う業務」、
「法人営業業務」の定義は
「法人である顧客の事業の運営に関する事項についての企画、立案、調査及び分析を行い、かつ、これらの成果を活用した商品の販売又は役務の提供にかかる当該顧客との契約の締結の勧誘又は締結を行う業務」とされている。
すでにかなり抽象的だが、簡単に言えば、前者は管理職の業務である。後者は、法人に関係する提案型の営業であり、単純な店頭販売や飛び込みの顧客訪問販売など以外の、営業職のほとんどが対象になりえる。
要するに、管理職と営業職のかなりの部分で「残業代ゼロ」「定額働かせ放題」が事実上容認されようとしている。
しかも、この対象拡大は、計画的なものだ。日本労働弁護団の棗一郎弁護士によれば、前者は(2)「事業場外みなし労働時間制」に、後者は(1)「管理監督者」に対応しているという。
つまり、判例が厳格化して利用しづらくなった二つの制度の「受け皿」として、争いづらい裁量労働制が選ばれ、追い詰められた企業がそこに逃げ込もうとしているというわけだ。
「高プロ」の要件は現場で守られるのか?
ここまで、裁量労働制が非常に曖昧な制度であり、容易に逸脱が可能で、残業代不払い・長時間労働を促進する制度であることを説明してきた。ただし、これは高度プロフェッショナル制度にも言えることだろう。
現時点で高度プロフェッショナル制度は、「年収1075万円」「高度な専門職」などに限定するとされているが、その限定自体が法的に緩和される可能性に加えて、そもそも現場でルールが守られないケースが大いに予想される。要件を厳格に満たしていなくても、「うちは高プロだから」と会社に言われてしまえば、声をあげられない人は多いだろう。
裁量労働制は、それ自体が危険な制度であるとともに、「高プロ」が何をもたらすのかを教えてくれる、現在進行形の「実験結果」でもあるのだ。
ぜひ報道関係者は、現在の裁量労働制の実態に目を向けてほしい。
(尚、現在不法な裁量労働制で働いている方には、下記の無料相談窓口の利用をお勧めする)
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